2024年現在、日本のBtoBのデジタルマーケティングでは「Web上のフォームを通じて獲得した顧客情報を活用してアプローチする」手法が定着しつつあります。
ターゲット企業と深く長く関係性を築くことを目指すBtoBビジネスでは、関係構築のきっかけとなるデータ(顧客情報)の獲得手段として、「フォーム」の活用が一般的な手段の1つとなっています。
しかし、フォームは「ただ設置するだけ」で、自社サイトへの訪問ユーザーを見込み顧客へと転換してくれる万能なツールではありません。
戦略的な視点を持って設置しなければ、一向にデータが増えない。あるいは、汚いデータばかりが溜まっていく状況に陥ります。
本来、BtoBのデジタルマーケティングにおいてフォームとは、顧客に価値を提供し、それと交換して得たデータによって自社のビジネスをスケールさせる戦略の核となるものです。
それを踏まえると、「フォーム活用をいかにして設計するか」についても戦略眼を持つべきといえます。本稿では、戦略的なフォーム活用を実現する「Form Strategy」の概念と、実現に向けたマイルストーンを解説します。
目次
Form Strategyとは
「Form Strategy」とは、「質・量の伴ったデータを獲得できるフォーム」を企画・設計するための戦略を指します。
海外のマーケティングシーンでも同様の概念がありますが、本稿で紹介するのは当社マーケットワン・ジャパンが、顧客企業への戦略・戦術策定の支援を行うなかで培ってきた考え方です。
その大目的は、「①:より多くのコンバージョンを獲得すること」「②:自社にとって“重要度の高い”見込み顧客のデータを集めること」にあります。
日本のBtoBのデジタルマーケティングにおいて「フォームの設計」といえば、EFO (Entry Form Optimization;入力フォーム最適化) に代表されるように「いかにユーザーにフォームを入力しやすくするか?」が論点となりがちです。
しかし、BtoB企業におけるインサイドセールスのあるべき役割とは?でも解説したように、本来見込み顧客から「情報をいただく」という行為は、何かしらの価値との「等価交換」でなければなりません。
フォームについても同様であり、本来の役割は「自社と見込み顧客が互いの情報を有益な対価として“交換し合う”こと」にあるといえるでしょう。
それを踏まえて、Form Strategyでは以下のような考え方を基本軸としています。
- 自社が提供する価値は、見込み顧客が情報を提供してまで欲しいものなのか?
- そのフォームで自社が本当に必要な情報は取得できるのか?
- 取得したデータは適切に活用・管理できる形式なのか?
Form Strategyに則ってフォームを実装すると、リードジェネレーションにおけるCVの数・率ともに向上し、その後のナーチャリングやセグメンテーション、営業活動で活きるデータを取得できます。
Form Strategyで考えるべき4つの観点
情報の等価交換という軸で考えると、フォームを媒介として「見込み顧客×自社」という2つの主体に対し「それぞれに有益な情報が提供されているか」という見方もできます。
そのため、Form Strategyで重要なのが「それぞれの立場での有益な情報は『何』か?」「それは、『どのように』提供・供給されるべきか?」です。
そのため、当社ではForm Strategyを策定する際に、以下4つの観点に切り分けて戦略設計を行っています。
- ①-1:ゲート戦略 (顧客に「何を」提供するか?)
- ①-2:UI/UX(顧客に「どのように」提供するか?)
- ②-1:リードプロファイリング(自社に「何を」供給するか?)
- ②-2:データマネジメント(自社に「どのように」供給するか?)
それぞれ個別に解説します。
①-1:ゲート戦略 (顧客に「何を」提供するか?)
一般に、ブログ記事やホワイトペーパー、ウェビナー動画といった自社が見込み顧客に提供する情報資産は「コンテンツ」とも呼ばれます。そこにフォームを設置するというのは、見込み顧客がコンテンツの取得に至るまでの経路に「ゲート(通過すべき入り口)」を設けることでもあります。
ゲートがあるというのは、自由にコンテンツにアクセスできないという意味で顧客にとってハードルとなるため、「コンテンツの価値に見合ったものなのか?」「そもそもゲートを設置するのが適切なコンテンツなのか?」から考えなければなりません。
このように、個々のコンテンツの本来的な価値と照らし合わせてゲートを設置することの必要性を検討し、見込み顧客に“通過”してもらえるよう目指す戦略は「ゲート戦略(Gating Strategy)」と呼ばれます。
一般的には、以下図のようにコンテンツごとに「ゲートの設けやすさ」に違いがあります。
しかし、Form Strategyで重要なのは「どのコンテンツ形式にするのか」ではなく「コンテンツの中身はどのようなものなのか」です。ユーザーに対して価値のある情報を届けなければ、その対価としてのフォーム入力は望めないでしょう。
そこで当社では、ゲート戦略を考える際に以下のような「ディシジョンツリー」を用いています。
上記ツリーのように「Yes/No」の質問をあらかじめ設けておくことで、コンテンツにゲートを設けるべきか否かの判断を型化できます。
コンテンツにゲートを設置するかどうかは「そのユーザーが購買ステージのどこに位置しているか?」という観点を考慮することもあります。一般的に、認知・関心といった購買行動の初期段階に位置するユーザーを対象としたコンテンツにはゲートを設けず、ストレスなく自社への理解や興味を高めてもらうことが得策です。
加えて、360度アプローチが顧客中心のマーケティングを実現させる理由とは?で解説した「コンテンツマッピング」もゲート戦略では役立ちます。
コンテンツマッピングとは、購買ステージの各段階で「自社が現在保有しているコンテンツ」「今後必要となるコンテンツ」を一覧化・類型化して統合管理する手法です。
このようにゲート戦略を効果的に行う手法はさまざまなものがあります。
その軸として、購買ステージの段階ごとにおける見込み顧客の「期待値」「温度感」「自社が提供できる情報資産」全体を俯瞰し、「どのコンテンツにゲートを設けるか」を戦略的に考えていくことが重要です。
①-2:UI/UX(顧客に「どのように」提供するか?)
ただし、コンテンツという「フォーム入力のインセンティブ」を用意したとしても、フォームそのものの使い勝手が悪ければ、ユーザーの情報入力を妨げてしまいます。
そこで考慮するべきなのがUI/UX(ユーザー・インターフェース / ユーザー・エクスペリエンス)の観点であり、その最適化の考え方は前述のとおりEFOという用語でも知られています。
BtoBランディングページの効果を最大化させる重要な着眼点とは?でも述べていますが、フォームの「設計レベル」でもコンバージョン率を向上させるベストプラクティスは多く存在します。
さらに、Form StrategyにおけるUI/UX設計では、MAを使って以下のような「システムレベル」での戦略を採ることもあります。
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1.フォーム事前入力(フィールド・プリポピュレーション)
ユーザーの訪問時に、ブラウザークッキー等の個人識別子からMA上に登録されているユーザーを特定し、特定のフォーム項目のデータを事前入力させる手法。ユーザーが自身で入力しなければならない項目数を減らし、コンバージョン率の向上が期待できる。
2.企業情報自動ルックアップ
フォーム項目のうち会社名など一部の企業データを先にユーザーに入力してもらうことで、それをキーとして残りの企業データを自動で企業データベース(専用のサードパーティ・ツールとMAを連携させて用いることが多い)からルックアップし、フォームに自動入力させる方法。フォーム入力の手間を省くことでフォーム体験を向上させられる。
UI/UX以外にも、自社のデータマネジメントの観点でも有効であり、MAなどの顧客データベースに流入するユーザーの企業データを正規化することで、セグメンテーションやクオリフィケーション(見込み顧客の有望度の判定)といったマーケティング活動において格段にデータを扱いやすくなる。
3.ブラインド・フォーム・サブミッション
ブラインド・フォーム・サブミッションとは、ユーザーが実際にはフォーム入力をしなくても、クリックやアクセスなどの任意のトリガーをもとにデータ上はフォーム提出を記録するMA上の技法。
当社のリソースセンターではこれを応用し、ブラウザークッキーを用いて過去にコンテンツをダウンロードしたことのあると判定できたユーザーには、以降はコンテンツのクリックと同時にフォーム入力ページを経由せずにコンテンツを直接表示させている。一方で、MA上ではフォーム提出者の特定とデータ処理も行いたいため、バックエンドではフォーム提出を記録し、UXの向上とデータマネジメントを両立させている。
この手法により、クリックと同時にフォーム提出としてデータが記録されるため、営業担当にアラートを出し、リード・スコアリング行動や属性にもとづいて見込み顧客の有望度をスコアづけする方法論)で行動を評価するといったことが可能となる。
4.プログレッシブ・プロファイリング
複数回のフォーム提出によって段階的にデータを取得する手法。一度にすべてのデータを求めようとすると、往々にしてコンバージョン率の低下や提出されるデータ品質の低下を招く傾向にあるため、複数回のフォーム提出によって少しずつ追加的なデータを取得することで、ユーザーの負担を軽減しつつ質の高いデータを獲得できる。
例えば、初回訪問時には名前とメールアドレスのみを尋ね、以降のフォーム訪問時に、会社名や役職、興味のある製品カテゴリなど、より詳細なデータを収集していく。
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以上のような手法を活用することで、ユーザーはストレスなく必要とする情報にアクセスできます。自社としても顧客からのイメージを維持・向上させつつ、コンバージョン率を高めることが可能です。また、UI/UXの向上を考える際には、データ品質を担保しつつそのデータをうまく活用するなど、Data Managementの観点も同時に考慮することが重要です。
➁-1:リードプロファイリング(自社に「何を」供給するか?)
フォームを通してユーザーにデータを入力してもらえても、それらが自社にとって有益な情報でなければ意味がありません。
そのため、フォーム設計をする際には「そもそも自社にとって本当に必要な情報は何か?」を考える必要があります。そこで求められるのが「リードプロファイリング」です。
BtoBマーケティングでデータ活用の起点となる「リードプロファイリング」の概念を解説でも述べているように、リードプロファイリングとは、「自社にとって有望なリードかどうかを判断するため、どのような情報/データが有益かを定義したもの」です。
リードプロファイリングはマーケティング部門がリード獲得後にどのような施策を展開したいかだけではなく、営業部門の経験・知恵・ニーズも結集して企画するものです。営業部門が関与することで、必要な情報の定義の解像度が上がり、また営業担当自身がフォローアップする際のコミットメントも期待できます。
また、リードプロファイリングを策定するなかで必要な見込み顧客の情報がわかってくれば、一部は必ずしもフォーム提出によって獲得しなければならないわけでもないことに気づけるでしょう。
例えば企業規模や業界といったアカウントレベルのデータは、前述したようなサードパーティの企業データベースを活用すれば、たとえMAの後工程にあたるCRM側でも付加することができます(データ・エンリッチメントともいう)。
また、BtoBにおける「明示的(Explicit)・暗示的(Implicit)データ」の活用方法とは?でも紹介したように、「見込み顧客の関心事」に関する情報は、フォームを介さずともオンラインアクティビティなどの暗示的データを収集・整理することでも補完できる場合もあります。
重要なのは、フォーム設計をする際には「そもそも自社にとって本当に必要な情報は何か?」を考え、逆説的ですが「それは本当にフォームで獲得すべきものなのか?」を吟味することです。
②-2:データマネジメント(自社に「どのように」供給するか?)
フォームを通じてデータを収集する際、単に情報を集めるだけなく、フォームの設計段階から「集めたデータをどのように保存し、整理するか」のデータマネジメントを定義する必要があります。
代表的なのは「データの保管場所」に関する取り決めです。MAやCRMでは、データは「オブジェクト」と呼ばれる単位で管理され、代表的なものとしてコンタクト(人単位)、アカウント(企業単位)といったものがあります。
よくある失敗として、データを最適ではないオブジェクトに保存してしまうケースが存在します。例えば特定のセミナーの参加申込フォームで獲得した特殊性の高いデータ(質問例:このセミナーで期待することは何ですか?)を格納するために、コンタクトオブジェクトにカスタムのデータ項目を乱立させてしまうことがあります。
これにより、システムの制約によりコンタクトオブジェクトで保持することができるデータ項目数をすぐに上限まで使いきってしまう、特殊文脈に依存する一時的なデータと、中長期にわたって有用でありプロファイリング上も重要なデータが同じオブジェクト内に混在して収拾がつかなくなるといったケースが起こりうるのです。
このような事態を避ける上では、自社で扱うデータの種類を整理し、それぞれに適したオブジェクトを選択/作成することが必要です。
Form Strategyにおけるデータマネジメントでは、フォームで集めたデータを整理し、使いやすい形に変換する「名寄せ」の作業も求められます。例えば、似たような回答をまとめたり、表記ゆれを統一したりすることで、より価値のある情報に変えられます。
また、フォームを作る段階から、将来的な使いやすさや管理のしやすさを考慮して設計することも大切です。
これらの作業には確かに専門的な知識や技術が必要ですが「自社にとって役立つ情報を収集する」というフォームの本来目的を踏まえると、避けては通れない作業です。
Form Strategy発展の3段階のマイルストーン
最後に、ここまで紹介したForm Strategyの考え方を実践・発展していくためのマイルストーンの例をご紹介します。
BtoB企業にとっては、以下のようにMAの導入初期段階から3段階に分けて、自社のマーケティング戦略とともに発展させていくのが有効です。
- 【MA導入初期】 ユニバーサル・フォームの設置
- 【コンテンツ拡充段階】コンテンツタイプ別フォームの導入
- 【顧客体験のパーソナライズ段階】プログレッシブ・プロファイリング フォームへの進化
次項より、詳しく解説します。
【MA導入初期】 ユニバーサル・フォームの設置
Webサイトやソリューションサイトを立ち上げたばかりの企業にとっては、第一段階として「ユニバーサル・フォーム」を設置するのが有効です。
ユニバーサル・フォームは、Web上の全てのフォームに対して必要最小限の統一的な入力項目を設けることを指します。
サイト運営を含むMA導入の最初期では、見込み顧客の獲得とビジネス創出へ向けてやるべきことが非常に多岐にわたります。
そもそも提供できるコンテンツ自体も少ないため、はじめから発展的なフォームを導入するよりも、「小さなスタート」を切るべきなのです。
ただし、単に項目を画一化するのではなく、営業をはじめとする各部門と共同で作成したリードプロファイリングの考え方に基づいて入力項目を選定し、その上で、最低限のUI/UX上の設計や、データ活用の道筋も踏まえた上で実装する必要があります。
【コンテンツ拡充段階】コンテンツタイプ別フォームの導入
マーケティング活動を続けていくと、必然的にコンテンツの種類・数が増えていきます。それに伴い、コンテンツタイプに応じた最適なフォームのあり方を見直す段階に入ります。
この段階では「既存のユニバーサル・フォームの改修」「新規フォームの作成」も含めて、コンテンツタイプに応じたフォームを用意することが必要です。
例えば、ブログ記事など顧客の「認知」ステージに対応するコンテンツに対して新たに「メルマガの購読フォーム」を設置して入力を促すとします。
このステージにいる見込み顧客に対しては、まずはできるだけハードルを低く提示したいため「メールアドレス(+企業からの情報配信の意思確認項目)」の項目のみを設置することが有効です。
例)マーケットワンのメルマガ登録フォーム
一方で、ホワイトペーパーなどの「興味関心」ステージにあたるコンテンツのフォームであれば、会社名や部署・役職などの基本的なプロファイリング情報の取得を目指します。
さらに購買ステージが進んで、デモリクエストやサンプルリクエストといった「比較検討」の段階であれば、より見込み顧客の購買意図を精査できる項目の設置が求められます。
一般的に、ユーザーは顧客ステージを進むにつれて製品やサービスへの関心が高まり、自身が得たい情報のためであればフォーム入力を躊躇わなくなっていきます。
そのため、購買ステージに対応して、フォーム入力にかかるハードルも段階的に上げていくことが有効なのです。
【顧客体験のパーソナライズ段階】プログレッシブ・プロファイリング フォームへの進化
現代のBtoBマーケティングでは、ユーザーとのタッチポイントをより戦略的に設計し、パーソナライズすることで顧客体験を最大化する手法も採られるようになっています。
Form Strategyでもこれに対応し、コンテンツタイプ別フォームが定着・機能している企業ではさらなる発展形として、UI/UXの項目で言及したプログレッシブ・プロファイリングの導入も検討されます。
具体的には、コンテンツタイプに応じた入力項目を表示する機能は残しつつ、すでに回答済みの項目については、次回以降の接点では「未回答の追加項目」を動的に表示させるという形です。
もちろん、プログレッシブ・プロファイリング自体はすべてのフォームに画一的に適用することも可能ですが、前述の「メルマガの購読フォーム」のようにあえて必要ないものもあるでしょう。そのため、コンテンツタイプ別のデータ獲得と組み合わせて考えることで、より見込み顧客との状態や関心度合いにマッチし、自社のコンバージョン効果の観点でも有効なフォーム設計を実現できるでしょう。
フォームを単なる「リード獲得手段」ではなく、「自社と顧客の関係構築の起点」としてとらえる
フォームとは、自社が顧客と「情報という価値」を等価交換する媒介であるからこそ「その情報がどういうものか?」「自社と顧客にどのように提供されるべきなのか?」を考える必要があります。その意味で、本稿で紹介したForm Strategyの4つの観点を考慮することで、自社のフォームに対するより具体的で有効な改善ポイントを見つけることができると考えます。
BtoBのデジタルマーケティングにおけるフォームとは、単なるリード獲得のためのタクティカルな存在ではなく、見込み顧客情報/コンテンツをゲートするという性質のもと自社と顧客の関係構築の起点となるものとして戦略的にとらえることが重要なのです。