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重要顧客の攻略である「1to1 ABM」を進める意義とは何か

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短期のみならず中長期目線で売上げや利益を拡大していく上では、重要顧客に対する関係性強化、それに伴う収益拡大は必須といえます。 

営業分野における重要顧客に対する戦略的なアプローチは「KAM(キーアカウントマネジメント)」といい、海外でも重要視されています。 

KAMは営業を中心とした取り組みですが、マーケティングにおいてもその活動に連動した動きが求められます。

具体的には、これまでのマスマーケティングから脱却しつつ、各顧客を“市場”に見立てた上での特定顧客に向けてパーソナライズされたアプローチの実施です。 

これは「ABM(アカウントベースマーケティング)」と呼ばれ、2024年現在は日本でも注目を浴びています。 

ABM(Account Based Marketing)の推進に必要な正しい考え方と前提条件とは?では「ABMにおいて重要顧客を一律に扱うのではなく、顧客をセグメントした上で重要度合いに応じて対応していく必要がある」と述べました。 

本稿では、ABMでも特に重要な顧客に対する攻略アプローチである「1to1 ABMについて論考します。 

なぜ重要顧客への対応が大切なのか? 

ABMに関してよくある誤解の1つに、「ターゲットリストを作成し、一律にコールドコールを行うことがABMの全てである」というものが挙げられます。 

確かに、新規性の高い企業に対するアプローチは重要ですが、マーケティングにおける新規性という軸で考えると、企業に対するドアノックも不可欠です。 

加えて、既に営業部門を含めて攻略できている企業においても深掘りをすることが不可欠であり、3つのコンセプトで考えるBtoBマーケティングのペルソナ設計でも解説した「DMU(意思決定単位)」レベルでの攻略を採っていかなければなりません。 

営業の文脈では、「ホワイトスペース」と呼ばれる企業領域、つまり「既存顧客の中でもまだ営業がアプローチできていない領域」に対して攻略していくことが、マーケティングがABMを実施する際に求められる成果です。 

その意味合いでは、重要顧客に「1to1 ABM」を実施すれば、まだ自社が接点を持てていない事業単位・関連会社と関係構築できるため、非常に意義深いとえます。 

大企業で「1to1 ABM」が有効なケース 

重点顧客攻略は、特に大企業ほど恩恵を受けやすいのが特徴です。 

パレートの法則にあるように、「上位20%の企業で80%の売上や利益を上げる」という構図は、多くの企業や事業体でみられます。 

そのため、重要顧客を広く捉えるよりも、既に売上が出ている特定企業との関係性を評価し、深めていくことが効率的な収益拡大を図る上では大切です。 

例えば、自社製品が特定業界に特化しているとしましょう。その場合、自社製品が特定の用途を持つものであれば、トップシェア企業は他事業も展開している可能性があり、市場の幅が広がる可能性が高いため、多面的なアプローチが有効になります。 

とはいえ、日本企業の大企業は、1企業のなかで複数の事業体を持つことも多く、一企業グループでも別会社のような組織体が存在するケースは珍しくありません。 

そういった場合は、各グループ会社や事業体に対しても、別企業のように関係性や社内のキーパーソンを明確にしてアプローチする必要があります。 

近年はオープンイノベーションの動きが活発化しており、企業同士の関係性強化も多く図られています。同一企業であっても、サイロ化された組織であるパターンが増えてきているのです。 

そのような市場傾向下で、なんとかして関係を構築していきたい自社視点でも、「事業ごとに同一企業に対する営業が立つ」といった形で、社内で横の連携ができていないケースがあります。 

このように「アプローチしたい市場・企業が複雑化している」「自社内でも重要顧客1社に対して複数の担当者がいる」という状況でこそ、「1to1 ABM」を行う意義があります。 

マーケティングとしても、同一企業を攻略する目的を持って社内連携を深められれば、複数のステークホルダーを束ね、各施策における目標設定がより明確になるでしょう。 

ターゲット企業リストやセールスシナリオ、顧客側のフォロー条件など、考える要素が多くなりますが、まずはターゲット企業を固定する。その上で、マーケティングとしての思考の枠を狭めることで、より効果的な活動を生み出していけます。 

企業組織における「型化」は何を意味するのかでも述べたとおり、思考の制約を増やすことでイノベーションの活発化にも繋がります。 

スタートアップや新規事業における「1to1 ABM」の有効性 

重要企業の攻略は成熟した大企業のみならず、スタートアップ企業や新規事業を行う際にも大切です。 

例えば、スタートアップが重要顧客との関係性強化や受注を獲得することは、非常に大きな意味を持ちます。

これは「ロゴの獲得」とも言われ、自社のサービスを活用する企業を増やしていくことです。

特に設立したばかりの企業は、まだ業界や市場からの認知が低いことが多く、見込み顧客からの信頼を得るのは難しいことが多いため、利用しているユーザーを明示することは有効な戦略といえます。 

まだ走り出したばかりの事業であっても、日本を代表する企業が顧客であることを示すことで、「他の企業もその商品・サービスを利用している」という安心感を顧客に与えられます。 

顧客は自社のプロジェクトを成功に導きたいと思っています。一方で、経済学のプロスペクト理論にもとづけば、人は不確実性における意思決定では「損失を避ける傾向」があると明らかにされています。 

特に成熟した企業ほど、失敗を避けたいという感性が強く働きます。 

そのため、「他社での導入状況」や、「競合企業を含む他社がどのようにその製品やサービスを活用しているか」が気になるのです。 

スタートアップ企業や日本に進出したての外資系企業などがこれから認知を高めていく段階では、足がかりとなる重要顧客の攻略が今後の成長を左右するでしょう。 

重要顧客への攻略は、営業担当者が単独で対応するのではなく、企業のマネジメント層以上が音頭をとって「トップ営業」をしながら進めることが一般的です。 

「最初の重要顧客」をうまく攻略することで、自社の認知度と信頼性を大きく向上させられ、それが今後の成長の起爆剤となります。 

製品開発における「1to1 ABM」の位置付け 

製品開発の視点でも、重要顧客の攻略過程で得られる情報はとても大切です。 

製造業は顧客の「潜在ニーズ」をどうやって新規事業・研究開発に活かすべきか?も述べたように、イノベーションを生み出し、新規製品を開発する過程では、自社だけで考えるのではなく、顧客フィードバックを受けながら改善していく「MVPMinimum Viable Product)」の取り組みが求められます。 

しかし、「顧客の数(=n数)」が増えると、得られるフィードバックも多種多様になります。製品開発や製品担当者のジレンマとして、どの顧客の声やニーズに対応するべきかの見極めが難しくなるでしょう。 

そこで重点顧客として業界のトップリーダーである企業に狙いを定めることで、短期的な成果だけでなく、将来的な市場トレンドを理解し、どのような取り組みが行われているかを確認できます。 

業界を牽引する企業からのフィードバックは、他の顧客の声に比べて信頼性が高く、業界全体の動向を反映したものです。 

そのため、こうした企業の意見を重視しながら製品開発を進めることで、より市場に適した製品を生み出せます。結果的に、自社の製品が市場での競争力を持ち続けられます。 

このプロセスを通じて、自社の製品やサービスが市場のニーズに応えるものとなっていき、さらにイノベーションの創出に繋げられるのです。 

1to1 ABM」では重点顧客に対する自社の価値を考えることが特に大切 

重要顧客の攻略は、ABM、とりわけリソースを多く割くことになる「1to1 ABM」においては、自社視点のみで重要顧客の攻略を語るのではなく、顧客視点で「なぜ自社が顧客にとって重要なパートナーとなり得るか」を慎重に勘案しなければなりません。 

その上では、特定の重要顧客に対して「自社が何を提供できるのか」「顧客にとっての課題は何か」についての仮説を持ちつつ深掘りし、戦略を考えるプロセスが必要です。 

この過程で、1社あたりにかける工数は必然的に増えていくため、社内リソースの調整が必要になります。アプローチ対象の重要性やインパクトを考慮しながら、自社のリソース配分を行うことで、全社的な取り組みを行なっていかなければなりません。 

顧客視点での価値を考える際には、以下の要素を勘案します。 

  1. 顧客が直面している具体的な問題や課題を深く理解し、その解決策を提供する。 
  2. 自社の製品やサービスが顧客の課題をどのように解決し、どのような価値を提供するかを明確に伝える。 
  3. 顧客との長期的な関係を築き、信頼を得ることを目指す。 
  4. 顧客からのフィードバックを積極的に取り入れ、製品やサービスの改善に役立てる。 

1to1 ABM」では特に、重要顧客に対する仮説立てと、パーソナライズされた戦略的アプローチを通じた、顧客にとって「重要なパートナー」となることがゴールになるのです。 

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