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ペルソナの概念は複数のニュアンスが混在して用いられるケースも多い
公私を問わず、人に何かを伝えようとした際、相手によって伝え方を変える方は多いのではないでしょうか。ビジネスシーンにおいては、情報を伝える相手の人物像に合わせた伝え方を行うのは非常に重要です。
コンサルティング業務に従事する筆者は、成果物資料や会議資料などを作成しプレゼンテーションをする機会が多くあります。そういった資料は“伝えたい相手の顔が見えている状態”ですので「どのような内容をどのように伝えれば、相手を動かせるか?」を想像するのが容易です。
一方、不特定多数ユーザーがアクセスするブログ記事のようなコンテンツ作成では、途中で「誰に向けて書いているのか?」とのターゲット設定がぶれてしまうこともしばしばあるでしょう。
スタジオジブリ取締役プロデューサーでほぼすべての劇場作品のプロデュースに関わる鈴木敏夫氏は、このような状況を避けるために以下のような編集方針を採っています。
「不特定多数の人に向けて書いている記事には説得力がない。この人に読ませたいという誰かを想定すれば書きやすくなるし、説得力も出る」
ALL ABOUT TOSHIO SUZUKIより引用
つまり「想定した1人を説得できれば、他の読者にも伝わり、結果的に普遍性を持ったコンテンツになる」ということです。
ビジネスにおけるターゲット選定では「ペルソナ」の概念が用いられるのが一般的です。ペルソナとは、自社がこれから売り込みたい顧客像について、架空の人物設定を行なったものとなります。ペルソナについて論じた記事・論文は多数存在しますが、主にBtoC向けの内容が多く、「BtoBに関してはどのように詰めていけばいいかわからない」と悩まれる方は多いのではないでしょうか。
BtoCでペルソナを考える際には、個人レベルの興味関心や性別などから理想像を紐解くのが一般的です。しかし、BtoBにおける「理想の個人」の前提は自社のターゲット企業に勤務し、その企業内で特定の部門に所属している個人像となりますので、この認識がずれていると関係者内で混乱が生まれてしまいます。
筆者自身、日系企業のマーケティング幹部の方から、「”ペルソナ”という言葉を使うと、それぞれの話者が異なる認識を持っているため、ターゲット企業の話と個人の話などが混ざってしまい、関係者内で会話が噛み合わないことがある」と伺った経験があります。
本稿ではBtoBビジネスで「ペルソナ」について議論する前提として知っておくべき3つの概念を紹介していきます。
ICP (Ideal Customer Profile)
まずは企業版のペルソナとも言える「ICP (Ideal Customer Profile)」です。マーケティングテクノロジーを提供するハブスポット(Hubspot)社によるとICPは以下のように定義されています。
An ideal customer profile (ICP), commonly referred to as an ideal buyer profile, defines the perfect customer for what your organization solves for. This is a fictitious company that has all of the qualities that would make them the best fit for the solutions you provide.
(訳) Ideal Customer Profile (ICP)とは、一般的に自社にとって理想的な顧客プロファイルのことで、自社の商品・サービスの親和性が一番高い企業と定義されます。自社が提供するソリューションが合致する全ての条件をあわせ持つ架空の企業のことを言います。(本文はこちら)
「架空の企業(fictitious company)」とあるように、ICPの概念としては「企業レベル」とされるのが通例となります。特にBtoBビジネスは企業間取引であることから売上はターゲット企業に紐づきますので、最初に検討すべき項目です。
ICP検討の際には「自社製品を活用できるスイートスポットの企業はどこか?」「その企業はどのような特徴を持っているか?」に着目することが重要になります。例えば、企業内で使用するPCで考えてみると、各従業員が保有するため必然的に従業員数と売上ポテンシャルが比例する関係になりますので、その場合は従業員数がキーとなるでしょう。
一方、製造業などでは「BtoBtoBto…」と、自社商材が最終製品ではなく何かの製品に組み込まれる部品や、素材である場合も多くあります。
自動車業界を例に取ると、自動車を最終完成品とし「自動車メーカーに直接納入する一次サプライヤーTier1→Tier1企業に部品を納入するTier2→Tier2が顧客になるTier3…」というピラミッド構造になっています。
その場合は、自社製品がどの用途やアプリケーションに使われるかによって、理想の顧客が決まります。例えば、自社がエンジンに使われる部品の製造をしているとしたら、エンジンを製造しているメーカーがターゲット企業です。
ただし、実際にはこれほど自社製品の仕様用途が明確でなかったり、「新しく用途を開拓したい」との新規開拓が求められたりするケースも想定されます。その際は「特定の業界→特定の用途にかかわる企業…」と絞り込んでいき、具体的な企業名などを挙げながらICPを決定することとなります。
このように特定のセグメントから具体的な企業(アカウント)名をターゲティングし、営業と連動しながら行うマーケティング施策が、ABM(アカントベースドマーケティング)です。
ICPを定義する上では、営業から十分なインサイトをもらうことも重要です。その過程で営業とマーケティングとの目線合わせができますので、マーケティングの最初の段階で取り組むのがおすすめです。
営業・マーケティングの部門間連携を効率的に進めるためには、まずはワークショップ形式でのセッションの開催が適しています。マーケットワンでは部門関連携を目的としたワークショップ開催のサポートも行っていますので、詳しくはこちらをご参照ください。
さらに、新規事業においては、社内にICP像を描ける人材がいないことが課題となる事態も多く発生します。ターゲティングはマーケティング戦略における最優先課題であり、マーケットワンでもコンサルティングのご依頼を多くいただいてきました。
そのため、現在は企業データを販売している東京商工リサーチ社とのサービス提携も行い、企業データを活用しながらターゲット企業の絞り込みを実施しています。
DMU (Decision-Making Unit) /Buying Center
企業内には様々な部門があり、社内で実現したいことや現状の課題に基づくプロジェクトが動いている中で、必要な製品・ソリューションが発生した場合はベンダーから購入する構図がBtoBでは一般的です。
前述のICPで「理想的な顧客」策定を行う際にも、顧客企業が巨大であればあるほど、自社商材が各担当のミッションには直接関係ないものである可能性が高くなるでしょう。そのため、自社商材が価値提供できる顧客企業内のキーマンと接点を持つことが重要です。
多くの場合、個人のミッションは、全社戦略そのものではなく、自部門のミッションに紐づきますので、顧客企業が部門ごとにどのような役割を持っているかを把握しておく必要があります。
これらを説明する概念が「DMU (Decision-Making Unit)」/「Buying Center」です。コトラー&ケラー(Kotler, Keller)著のマーケティング・マネジメント(Marketing Management)では、以下のように記載されています。
Webster and Wind call the decision-making unit of a buying organization the buying center. It consists of “All those individuals and groups who participate in the purchasing decision-making process, who share some common goals and the risks arising from the decisions”.
(訳) (Decison-making unitを提唱した) WebsterとWindは購買組織におけるdecision-making unitをBuying Centerと呼んでいます。Buying Centerとは、意思決定時のゴールやリスクを共にする、購買の意思決定のプロセスに関わるメンバーや部門の集まりのことを言います。
参考文献:Kotler / Keller 著 Marketing Management 第14版より
IT商材の例にすると「昨今のDXブームでIT部門のトップが最終決定権を持ち、IT部門で製品導入の検討をする→しかし意思決定の際には実際に使用するユーザー部門の声が大きい」という状況は想定しやすいのではないでしょうか。
さらに、前述の自動車業界の部品メーカーを例に、自社がTier2のポジションで、Tier1の部品メーカーが主要顧客と想定すると、「従来車の部品を作る部門と、次世代モビリティを扱う部門では部品の使用用途・持っている課題が変わる」「購買決定権が本社・各拠点で分かれていたり、部門としても各設計部門・購買部門で選定権があったりする」と企業ごとにそれぞれ事情が異なることが考えられます。
同ブログ内のシリウスディシジョンズ (SiriusDecisions)のデマンドウォーターフォール(Demand Waterfall)を解説した記事で「2017年に最新版に改定されてデマンド・“ユニット”・ウォーターフォール(Demand Unit Waterfall)に生まれ変わった」と記載しました。
これはBuying Centerと、そこからさらに細分化した「Buying Group」を詳細に分析し、想定ニーズを当てはめた(マッピングした)結果判明する、自社商材が求められている「デマンドユニット」を分析・攻略するフレームワークです。
このような構造の2017年版が誕生した影響により、DMU/ Buying Centerがさらに重要視されるようになったと言えます。
Buying Groupやデマンドユニットは企業によって組織構造・組織名・役職などが違うため、組織図だけを見ても判断がつかない場合も多くあります。その場合は、組織情報や取り組んでいるプロジェクト等の情報の収集と集約を進めることで初めて判断できます。
こういった事情を踏まえ、特定の企業情報の解像度をさらに上げるためにはABMのアプローチが有効になります。
個人レベルでのペルソナ分析
最後に改めて「ペルソナ」について解説していきます。前述のマーケティング・マネジメントより引用すると以下のように記載があります。
“Personas are detailed profiles of one, or perhaps a few, hypothetical target consumers, imagined in terms of demographic, psychographic, geographic, or other descriptive attitudinal or behavioural information”
(訳 ) ペルソナは、統計的・心理的・地理的な属性に加え、言語化できうる個人の思想や行動に関わる情報から想起された、架空の顧客に関する詳細なプロファイルのことを言います。
実際に、前述した2つのポイントを踏まえて、架空の人物像を作っていきます。一般的にペルソナ作成時は以下2つの構成要素を考慮します。
- デモグラフィック:統計学的な属性 – 居住地・性別・年収・家族構成などの国勢調査に代表される要素
- サイコグラフィック:心理学的な属性 – 性格・ライフスタイルなどの価値観に関わる要素
顧客企業が巨大であったとしても、組織のミッションを叶えるのは各従業員となりますので、個人レベルまで掘り下げていくことも重要です。例えば、過去の記事でもご説明しましたが、マーケティングにおいては情報交換に伴う活動が主軸になるため、情報収集の手段などを掘り下げてみると、効果的なマーケティングチャネルが浮かび上がってきます。
また、従業員には組織人であるがゆえの“本音と建前”も持ち合わせているはずです。「プロジェクトを成功させたい」との感情の裏にある「出世頭になりたい」などのサイコグラフィックの要素などを議論してみるのも良いでしょう。
ペルソナは自社戦略に応じて適切な単位で設定する
このように、BtoBにおける「顧客」の全体像は「業界→業界に属する企業→企業内の部門→部門に所属する個人」と細分化されていきます。冒頭でも述べた通り「ペルソナ」という言葉が用いられる際には、多くの意味を内包する場合も多いでしょう。
ペルソナはマーケティングや営業活動において出現度の高い用語ですが、建設的な議論を進めるためには、議論の中で「ペルソナが何を指しているか」を整理しておく必要があります。
特に高単価の商材や、購買プロセス内で検証用のサンプル提供が必要な部品メーカーなどは営業行程が長くなります。その場合は、より効率的なターゲット選定が求められるため、ICPの選定が重要です。
一方で、BtoB商材でも低単価で意思決定までのハードルが低い商材や、日本に約350万社ある中小企業すべてがターゲットとなる汎用品などは企業属性を選ばないため、顧客企業内の担当者単位でペルソナ設定を行うケースが多いでしょう。(その場合も大手企業事例を作るためにICPに注力することもあります)
「ターゲット」に求められる要素はビジネスモデルによって異なるため、ペルソナ設定については自社戦略から紐解きつつ議論を進めることが重要です。