2023年を迎えた日本のBtoBマーケティング市場では、営業・マーケティングプロセスを分解し再定義した「分業制」を突き詰める流れが見受けられます。
「分業」の定義については諸説ありますが「これまで誰かがやっていたことを切り分ける」意味合いが多い印象です。マーケティング・インサイドセールス・営業、カスタマーサクセスなど、かつて営業を中心に完結していたものを複数部門に分割していくことがその多くを占めています。
しかし、その弊害として「マーケティング活動をしても案件化につながらない」「リードを営業がフォローしない」事象が頻繁に発生しています。
こういった事態を避けつつ、分業制を進めていくために重要な概念の1つが「SLA(サービスレベルアグリーメント)」です。
今回の記事では、「SLAとは何か」「分業プロセスによってどのように有効に働くか」について論考します。
なお、分業制の概要に関しては、国富論から紐解く「分業制」の本質的な機能の記事で解説していますので、合わせてご参照ください。
目次
営業・マーケティングの「SLA」とは何か?
SLA(Service Level Agreement)とは、日本語では「サービスレベル合意書」とも訳され、サービス提供者・顧客との間で、サービス内容とその品質レベルを合意・明文化した文書を指します。
SLAが生まれた背景として、1980年代以降の通信・ITサービスの発展があります。
通信サービスやサーバー運用といった複雑な無形商材が扱われるようになるにつれ、サービス提供者・顧客間で、製品内容や相互の責任範囲、品質保証内容を明確化することが重視されるようになりました。
そのため、IT分野やサービス業界においては「システムの稼働率」「応答時間」「サポート対応の速度」など、特定のサービス品質を保証するための基準を示すのが一般的です。
契約文化が根付いている欧米では、SLAはサービス提供者と顧客という関係性の枠を超えて、「社内組織間の連携」「自社と協力会社間」のコミットメントを規定するためにも活用されるようになりました。とりわけ、欧米のBtoBマーケティングでは頻繁にSLAが活用されています。
ここで登場するのが「営業・マーケティングのSLA」の考え方です。具体的には、営業チームとマーケティングチーム両者の業務における「アウトプットへの期待値」「業務遂行プロセス」に関する合意を指します。
自社内で用いるSLAには、双方のチームが協力し、組織の成長をサポートするための基準や期待値を明確にする役割があります。例えば、マーケティングチームが生成するリード(潜在的な顧客)に対して「営業チームがどのように、どれだけの時間内に対応すべきか」といった取り決めなどです。
営業・マーケティングのSLAに含まれる要素とその効果
では、SLAではどのような内容について合意形成されるのでしょうか。具体例をあげると、以下のとおりです。
- 営業が受け取るリードの定義は何か?
- 定義化されたリードに対してマーケティングチームは月に何件のリードを提供するか?
- インサイドセールスや営業チームがそれを受け取った際に、どれくらいの時間で対応するか?
- また、各フォローのアクションにおいては、具体的にどのように行うのか(メール・電話など)?
SLAに期待される効果として一般的なものは、次のようなものが挙げられます。
- 明確な期待値の設定:両チームがどのような役割を果たすべきかを明確にすることで、ミスコミュニケーションを減少させる。
- アラインメントの強化:営業とマーケティングの間の協力を強化し、組織全体の目標達成に向けて一緒に取り組む文化を醸成する。
- パフォーマンスの測定:明確な基準があることで、パフォーマンスの追跡や改善点の識別が容易になる。
分業時には、各部門のゴール・業務遂行プロセスを定義化する必要があります。そのため、部門間で目標や期待値をすり合わせることにより、連携が強化され、PDCAを回しやすい座組が実現するのです。
大企業が営業・マーケティングSLA構築までに事前準備すべきポイント
一方で、日本企業でセールスマーケティングアライメントが浸透しづらい理由とその解決策は?の記事でも述べているとおり、日本の伝統的大企業には「営業とマーケティングの連携がとりづらい」構造的な要因が存在します。
その上で、大企業が営業・マーケティングのSLAを構築する際の前提として、押さえておきたいポイントが以下2つです。
- ポイント1:ステージの定義化
- ポイント2:各ステージにおけるアクションの明確化
次項より、個別にみていきましょう。
ポイント1:ステージの定義化
ステージの定義とは、マーケティングや営業プロセスの定義化と、それに伴うステージ管理です。営業強化やイネーブルメントに取り組んでいる企業は、「営業プロセスに関する取り決め」「SFA商談(オポチュニティ)の定義化」を推進しているケースも多いでしょう。
SFAの商談ステージでは、受注タイミングでバックキャスティングし「何があれば次のスペースに進むのか」「それがどのように収益に結びつくのか」を定める必要があります。
あらかじめ各フェーズを定義した上で、受注確率(プロバビリティ)も勘案することで「パイプライン管理」といわれる収益の管理モデルを構築できます。これにより、より売り上げ見込み(フォーキャスト)の正確性を高めることが可能です。
一方で、これは「営業を中心として」組まれているステージ設計です。営業・マーケティングの連携を強化する上では、商談プロセスだけではなく、営業・インサイドセールを含めたファネル全体を考慮しなければなりません。
ただし、営業・マーケティング全体を考慮した、受注に結びつくまでのマーケティングや営業活動の定義化はより複雑で難しくなるでしょう。
その中でBtoBのマーケティングプロセス全体の設計については、海外ではフレームワーク化が進んでいます。日本でも、その知見を活用して、MQLやSQLなどの用語を取り入れるケースも増加しています。
その代表格の<前編> シリウスディシジョンズ・デマンドウォーターフォール(SiriusDecisions Demand Waterfall)モデル徹底解説などでたびたび紹介しているデマンドウォーターフォールモデルです。
このようなフレームワークなどを取り入れながら、ステージを定義していくことが求められるのです。
ポイント2:各ステージにおけるアクションの明確化
フレームワークを用いて全体設計をしたとしても、ステージ管理をする際に異なる人間によって定義が揺らいでしまうと、ミスマッチが生じる可能性があります。
それを想定して「MQLやSQLとは何か」「何をもってそのステージと認定するのか」について、事前に目線合わせをしておかなければなりません。つまり、各要件・ステージを定義するだけではなく、「誰が何をするか」をアクションとして明確化しておくことが重要なのです。
例えば、「マーケティングリードとは何か」について、「フォームの提出や問い合わせ」であると定めたとしましょう。この場合、「その問い合わせに対してインサイドセールスが何日以内にどのようなアクションをとるか」「どのようにフォローを行うかなど」を明確に規定する必要があります。
インサイドセールス側も、フォロー内容などを改めて事前に構築し、設計していくことが求められるでしょう。
ただし、リードの「質」と「量」のバランスに関しては、多くの場合反比例する傾向がある点には留意が必要です。マーケティング活動量がある程度一定であれば、見込まれるリード数が劇的に増えることはありません。この際、営業が質を求めているのであれば、当然営業に渡すリードの数は減ってしまいます。
逆に、量が求められているのであれば、これまで渡していなかったリードも渡すことになるため、質は当然落ちるでしょう。その時、営業のヘッドカウント、リソース、売上状況など、様々な要因から決定されます。
リードスコアリングとは何か?基礎知識や方法論を解説の記事では、リード評価における整理の基本は「プロファイル」「エンゲージメント」の2軸であると述べました。
例えば、ターゲット企業群や役職、職種などの「営業が攻めたいプロファイル条件」が整っていても、全く興味を示さないリードに対しては、営業フォローは難しくなるでしょう。プロファイルはあるものの、自社とのつながり(エンゲージメント)が薄い状態です。
反対に、問い合わせが来るなどして、顧客側から関心を示していても、自社の営業戦略に入らなければ営業のフォローが行われない可能性が高くなります。営業のリソースの関係上、大手のフォローしかしないとの取り決めがあると、中小企業から問い合わせがあっても、そちらにリソースをかけることは難しくなるのです。
「どのプロセスで、どういったアクションをとるのか」を検討しながら、なるべく顧客が「ホット」である、ライトタイミングを狙って対応していくことが組織的に求められます。
結局は「各部門のゴール × 戦略の一貫性」が重要
全体ステージや各プロセスにおけるアクションを定義する際に留意しておきたいのが、「小手先で定義化するだけ」では十分ではない点です。「どのステージで、何をするのか」まで明確になれば、各部門との合意形成が必要で、最終的な形を「SLA」として取りまとめる必要があります。
SLAを規定する際は、戦略の一貫性を担保し、最終ゴールである受注から逆算して「営業・マーケティング・セールスのプロセス」をしっかりと規定する必要があります。
「具体的にどのような要件定義なのか」「どのようなアクションとして落とし込まれるか」を明確にして、それらを最適な期間でフォローする方法を、顧客・自社リソース双方の視点から総合的に検討・調整していくことが求められます。
SLAを形成するまでのプロセスとしては、以下のように全体戦略の上位から設計していくのが常です。
- STEP1:事業全体としてのゴールの設定
- STEP2:各ステークホルダーでのコミュニケーションをとったうえでの共通目標の設定
- STEP3:目標達成に向けた戦略策定
- STEP4:プロセス・アクションなどの定義とKPI化
この際、ゴールとは逆にプロセスから着手すると全体像を見失うため注意が必要です。
米HubSpot社の記事によると「有効なSLAが存在する企業では、そうでない企業と比較し、前年からROIが向上する可能性が34%ほど高かった」と述べられています1。
このような議論をみると「SLAがあるから収益が上がる」と見えますが、本質的には「SLAを取り入れるまでにしっかりとした議論が各部門間で行われているから」結果が出るともいえるのではないでしょうか。
大切なのは「分業とは何か」を突き詰めて考え「どういうアプローチが正しいか」を模索しながら進めていくと、最終的に「SLA」に結びつくということです。
究極的には、そこに至るまでに理路整然とした議論がなされていれば、極論「SLAがなくても成果は出る」とも考えられます。
日本のBtoB領域において、深く突き詰めた議論を行っているかどうかは、2020年代以降の分業制の成否や業務の質を分ける、重要なファクターとなるでしょう。
- HubSpot「How to Create an Effective Sales and Marketing SLA」 https://blog.hubspot.com/marketing/how-to-align-create-an-effective-sla [↩]