日本企業が抱えがちな「営業の分業制」に対する誤解
近年、BtoBのビジネスシーンでは、「営業の分業制」に取り組む企業が増えはじめています。
従来の日本の伝統的な営業スタイルは、新規顧客のドアノックからクロージング、受注後の顧客の対応まで含めて営業が対応する……、というものです。筆者自身も、かつて営業に従事していた時代はすべてのフェーズに対応していました。
対して、分業型営業では「見込み顧客獲得→顧客の案件化→案件のクロージング→受注顧客への対応など」の役割に対して、マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスなど、フェーズごとの機能を各部門が果たす形を採ります。
特に「インサイドセールス」にあたる組織が日本において盛んになったのはここ最近ですが、マーケットワンでは国内で15年以上その機能提供をしていたこともあり、多くの問い合わせをいただいています。
当社が抱えるインサイドセールスに関する知見は、「成功する」インサイドセールス体制の構築には何が必要?などの記事により、たびたび解説してきました。
さて、日本における分業制の営業体制の動きについてですが、福田康隆氏の著作『ザ・モデル』が出版されたことにより、加速していったように思えます1。ただし、筆者は日本では「分業」というと仕組みやプロセスの議論が先行している傾向が強いと感じています。
その結果として、これまでBtoBのデマンドセンターとは?今こそ顧客志向の仕組みづくりが必要な理由で論考してきたとおり、分業制の本質は「顧客体験とそれに伴う社内業務効率の最大化」であるのにも関わらず、分業という“手段”にだけ目が向いて、目的を見失っているような気がしてなりません。
前述のザ・モデル内でも「プロセスを動かすのは、最終的には人間」という文言が出てきます。同ブログのマーケティング変革を加速させるために必要な「7Sモデル」とは?の記事でも述べているように、ハードの仕組みだけでなくソフトの組織風土まで考える必要があるにも関わらず……です。
分業による利点も数多くありますが、盲目的に突き進んでもうまくはいきません。こういった前提条件を踏まえたうえで、分業制の本質を突き詰めて考える必要があります。
分業制の“本質”とは?
そもそもとして「分業」の概念が広く紹介されたのは、18世紀に出版されたアダム・スミスの『国富論』です。
アダム・スミスは経済学の父ともいわれ、国富論内で述べられた、自己の利益を追求すれば、結果として社会全体で適切な資源配分が達成されることを表現した「神の見えざる手」はあまりにも有名です。
その国富論ですが、第一章は「分業について」との題目から始まります。その冒頭(講談社学術文庫)には以下の記載があります2。
“労働の生産力における最大の改善、つまり、労働を管理したり利用したりする際の技能、技量や判断力の大部分は、分業、つまり労働を細分化することによって実現されたように思われる”
前項のとおり、近年は分業型の営業を取り入れることで生産性を高めようという動きがホットですが、そもそも生産力における改善に分業に取り入れる思想は18世紀からあったのです。
加えて、国富論では以下のようにも述べられています。
“導入が可能であれば、分業はどの職業でも労働生産力の比例的な増大を引き起こす。さまざまな種類の事業や仕事がそれぞれ分離・独立していく理由は、このような利点があるからでもある”
つまり、生産性を高めるうえでは、問題となるボトルネックの解決が重要になるということです。これは工場の業務改善を描いたエリヤフ・ゴールドラット(Eliyahu Moshe Goldratt)著の『ザ・ゴール』でも述べられており、全体を俯瞰した際のボトルネック解消の重要性が説かれています3。
福田氏のザ・モデルの中でも、ザ・ゴールがベンチマークとなっている旨の記載がありました。各部門の個別最適ではなく、全体的な視点からのプロセスや生産性の改善の重要性は通じるものがあるとわかります。
その際、本稿の主題である分業制では「分析」が重要となりますが、<前編>マーケティングオートメーション(MA)の活用で知っておきたいメルマガ配信における重要指標でも記載した通り、分析の本質は“分けること”です。
たとえば、一人の営業マンが顧客の開拓から受注までを一人で行っているがうまくいかないとします。その際、課題を明確化しようと思っても、開拓数が少ないのか、商談がうまくないのか、クロージング力がないのかが“どんぶり”になってしまうでしょう。
これを踏まえると、個別機能は「分ける」ことで初めて、定量的にボトルネックの判断がつくといえます。多くの場合、各機能の管理のためには、部門ごとのKPIで指標設計をすることになります。
分業はあらゆる企業で導入可能なのか?
以上のとおり、生産性向上を図るうえで重要な分業ですが、あらゆるケースで有効なものなのでしょうか?
その解を考える上で、国富論における以下の記述がキーワードとなり得ます。
“一般的に、このような文化がもっとも進むのは、最高度の勤勉と改良をしている国のことであって……<略> 製造業と比べた場合、農業では性格上それほど多くの労働の細分化が許されないから、ひとつの作業を他の作業から完全に分離できないのが事実である“
上記では、分業のためには、成熟した国である必要があり、分業しやすい産業があることも事実であることが述べられています。
マーケットワンには、広義のマーケティングとして、新規事業の創出やモノ売りからコト売りなど、さまざまな問い合わせをいただきます。そのなかで、たとえば「ソリューション売りを加速したいので分業制・インサイドセールスを導入したい」とのご相談もあります。
もともとソリューション売りの文化があればよいのですが、自社が得意としていないのであれば、そもそもとしてそのビジネスが“成熟”しているわけではない可能性があります。その際に、「分業制」という手段を取り入れてもうまくいくか、機能するかはまた別の話といえるでしょう。
(分業制を取り入れて、コア業務を効率化することで副次的に新しいことに取り組むリソースを確保できるケースはあり得ます)
どの企業にも当てはまる「BtoBマーケティング」は存在しないの記事でも記載しましたが、他社(一般的)に最適なことが、自社にとって最適とは言えないことも往々にしてあるのです。
ザ・モデルにも、「気になるのは、私に質問する多くの人が、組織体制や評価指標だけを単純にまねようと、形から入るケースが目立つことだ。どの会社にもそのまま適用できるモデルなど存在しない。自分の会社にとっての『ザ・モデル』を想像することを目指してほしい」と記載されています。
分業制で身につく「専門性」の価値
分業制におけるもう1つの利点として、生産性の向上に加えて「専門性の向上」があげられます。これについても、国富論の中で述べられています。
“分業つまり労働の細分化によって、同数の人々が遂行しうる産業活動は飛躍的に増加するが、これは、三つの異なった副次的な原因にもとづいている。すなわち第一に、労働者一人一人の技量の向上……<略> 分業とは、あらゆる人の業務をある程度単純な作業に還元するだけでなく、その作業を生涯続ける職業にすることにより、労働者の技量を必然的に大幅に向上させるものなのである”
たとえば、従来は営業マンが行っていた「活動全体」を分業して、各役割に細分化する。そのうえで職能ごとに分解することで、たとえばマーケティング・インサイドセールスなど、より専門性を付与させやすくなります。
マーケットワンでも中途採用を行っています。「専門性を身につけたい」との理由で応募いただく方も多いことからも、「専門性を身につけること」に対する、企業だけでなく従業員からの期待値の高さが伺えます。
分業制は“仕組みを整えて終わり”ではない
以上のとおり、分業制は非常に有意義な取り組みである一方で、日本企業においては大きな転換とも捉えられます。
伝統的な日本の雇用形態は、新卒一括採用から始まる年功序列のメンバーシップ型ともいわれます。これは、同じ会社におけるジョブローテーションで“多様な経験”をすることで、自社に貢献できる総合力も持った人材を育成する仕組みです。
一方で、「その作業を生涯続ける職業」はジョブ型を意味します。さて、我が国においても岸田総理は2022年9月に「日本企業でもジョブ型の雇用形態にシフトしていくことを目指す」と述べています4。
多くの日系企業がメンバーシップ型をとる中で、分業制で専門性を磨くことはある種のジョブ型的な価値観を取り入れることになります。
ジョブ型が定着している海外の人事体系を持っている外資系企業などでは大きな問題にならないと思われますが、日系企業においては人事体系の見直しなど、抜本的な改革の必要性も発生するでしょう。
さらには、キャリアパスも多くの場面で問題となります。特にインサイドセールス組織はここ数年、多くの企業で新設されています。マーケティングとフィールドセールスの“中間”に位置することからも、インサイドセールスで専門性を身に着けるのか、関連する部門にもチャレンジするか、などロールモデルを含めて示していかなければなりません。
「分業制」においては、表層的な仕組みだけでなく、根幹となる企業の風土まで突き詰めて考える必要があります。特に各組織長に求められることが多いため、リーダーシップの発揮が重要な取り組みといえるでしょう。
- 福田康隆著「ザ・モデル」 翔泳社 [↩]
- アダム・スミス「国富論」講談社 [↩]
- エリヤフ・ゴールドラット「ザ・ゴール」ダイヤモンド社 [↩]
- 日本経済新聞「ジョブ型へ移行指針、官民で来春までに策定 岸田首相」 [↩]