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【対談】フィロソフィーの浸透に加え 新たな学びやアイデアを ~ サッカー界から学ぶ経営と育成

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スポーツとビジネス。一見するとまったく別物に見える2つの世界ですが、そこには意外な共通点が存在します。それは、個と組織、それぞれが輝ける状態を目指してマネージメントが行われていること。特に団体競技の場合、必ずしも「選手個人の能力や技術を高める=チームの勝利」とはなりません。チーム、つまり組織として強く輝くためのマネージメントが不可欠であり、そこにこそスポーツとビジネスの相通ずる部分が見えてきます。

選手として、そして指導者として、Jリーグのクラブでさまざまな経験を重ねてきた森岡 隆三氏。2024シーズンは、Jリーグ加盟を目指すJFL所属の「Criacao Shinjuku(クリアソン新宿)」のフットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサーを務めています。トップチームからアカデミーに至るまで、リーダーとして選手の育成や組織運営を実践されてきた森岡氏との対談から、ビジネスでも活用できるヒントを探っていきます。

日本サッカー界における「フィロソフィー」の成り立ち

山田:企業経営でビジョンやパーパスの言語化といえば、原点への立ち返りや一段高いステージに進むための手段として位置づけられることがあります。組織運営の起爆剤として、しいて言えば“後付け”だったりもするんですよね。対してスポーツチームの場合、理念、ビジョン、パーパスから人材育成方針やその設計まで、クリアに落とし込まれていると伺いました。目的や理由ありきで定められるのではなく、チームのコアとして存在していることに驚いたんです。

クリアソン新宿 フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサー 森岡 隆三 氏

森岡:特にヨーロッパのクラブチームは、そういった部分が昔から進んでいましたね。歴史や文化、フィロソフィーがきちんと明文化・可視化されています。スタジアムやクラブハウスの壁にはスローガンが掲げられ、誰もが日々それを目にします。そして、選手たちに脈々と受け継がれ根付いていく。そんな文化があります。

山田:森岡さんが選手時代、日本ではまだそこまで定着してはいなかったんですか?

森岡:私が在籍していた清水エスパルスでは、チームカラーがオレンジで、サンバのリズムを意識したプレーをするといった“カラー”はありましたが、そこまでのフィロソフィーは存在していなかったですね。代々受け継がれているトレーニングメニューなどは、チームごとにあったはずですが……。

山田:ヨーロッパの方が進んでいた理由は何だったんでしょうか?

森岡:そもそも、プロリーグ発足の経緯や、地域社会とクラブチームの距離感が、日本とは本質的に違いますからね。ヨーロッパではスタジアムを中心として街が形成されている地域もあって、ロンドンならば駅から歩いていける距離にサッカー専用スタジアムが6〜7個あったりします。方や、東京23区では国立競技場があるのみです。この違いにも、プレミアリーグとJリーグの差が映し出されています。

山田:なるほど。ということは、日本のチームでフィロソフィーの言語化が進んできたのは最近のことなのですね。

森岡:そうですね。時代の変化による影響が大きいと思います。Jリーグが2019年に発表したのが「PROJECT DNA」という育成重点施策です。地域とのつながりや人材育成などを体系的に学び、トップチームからアカデミー組織まで一貫性を持って運営・発展させるための取り組みでした。選手のみならず指導者やレフェリーも含めた人材育成を目指すことも特徴的で、私自身も非常に良い学びを得る機会となりました。

マーケットワン・ジャパン合同会社 代表 山田 理英子

山田:そのご経験が、組織運営の構造化や可視化に対する興味につながっていったんでしょうか。

森岡:「スポーツクラブは何のために存在するのか?」という大前提にまで立ち返り、突き詰めて考えましたからね。現在、私がコミットしているクリアソン新宿でいうと「豊かさと感動」をともに創り、共有しよう、というスタンスです。地域が豊かにならなければ、クラブに利がもたらされることはない。むしろ地域の中で育まれた選手が将来的に世界へはばたいていくと、地域全体をひっくるめた楽しみや喜びが生まれます。そういった視座でクラブの在り方や組織運営を考えるのは、やはりすごくワクワクしますね。

“勝ち”を求めるトップチームと、個人を“育てる”アカデミー

山田:アカデミーからトップチーム、ひいてはその先の活躍までを見据えて選手を育てる環境や組織を作り上げていくわけですよね。一方で、アカデミーから全員がトップチームに上がれるわけではない、という現実もあるんじゃないでしょうか。

森岡:おっしゃる通り、ジュニアユースからユースに上がれない選手はいますし、逆に、上がれればそれで良いわけでもありません。清水エスパルスで指導者を務めていた頃は、「君がどこでプレーをしていても、たとえサッカーをやめてしまったとしても、成長していく姿、いきいきと頑張っている姿を見られるだけでうれしいんだ」と、選手たちに伝えていました。

山田:なるほど。とはいえ、結局は勝つことが求められるんですよね?

森岡:それは、トップチームに求められる部分です。プロフェッショナルなサッカークラブとして、監督は絶対的に勝利を求められます。とはいえ、チームの文化や風土とフィットする監督を迎え入れなければ勝てません。現在では日本でもその重要性を認識し、チームを運営する土壌ができあがっていると思います。

山田:やはり、チームによって雰囲気は全然ちがうものですか。

森岡:組織づくりを学んでいた頃、「誰かがクラブハウスの一角に立ち入った瞬間に、そのクラブの文化が滲み出ているようにしなければならない」と言われました。クラブづくりは文化づくりと言われますが、お客様へのお声がけひとつをとってもおもてなしの気持ちは表れるので、育成の監督時代は行動規範まできっちりと定めていました。

会社やチームの看板や肩書きを外されても活躍できる人材を輩出する

山田:アカデミー組織では必ずしも勝つことが最上の目的ではなく、チーム以前に個人を伸ばすことに重きが置かれるというのは、昨今の会社や仕事に通じると感じます。特に若い世代では、一つの会社に何十年も勤めようなんて発想はほとんどありません。むしろ、「ここは今の自分が成長できる場所か?」という目で会社や仕事を見極めている。

森岡:私が育成においてベースに据えているのは、“どのチームにも行っても活躍できるようにさせること”です。特殊なサッカーの専門的なスキルだけではなく、原理原則をきちんと学び、そのうえで自分の強みを武器にできるのが大切だと考えています。

森岡:クリアソン新宿でいえば、選手もサッカーの活動以外の時間で仕事をしています。将来的に社員として働くかどうかは本人の意思によりますが、クリアソン新宿に来た以上は将来的にサッカー云々を抜きに自立してほしい。サッカー選手としても、一人の人間としても、自分で道を切り開いていけるように、と。

山田:素晴らしいですね。「今、この時」だけではなく、未来を見据えて人生を実らせてほしいということでしょうか。チームの在籍期間より、はるかに長い時間軸で考えられているんだなと思いました。

森岡:そうですね。前職ではアカデミーのスタッフに対しても「エンブレムを外されたとしても生きていけるようになろう」と伝えていましたが、それは会社の看板や肩書に頼らずとも自立してほしいからです。
もちろん、きれいごとだけでクラブの経営は立ち行きません。そして実際に選手がヨーロッパのビッグクラブに移籍するようなことになれば、クラブは莫大な移籍金、投資利益を手にすることが出来るかもしれない。ずっと同じチームに囲い込むよりも、常に上を目指し続け、いつかまた関われる未来が訪れるのが一番望ましいのではないでしょうか。

山田さんがおっしゃったように、社員が自分を鍛えるための場所を選ぶという思想には、確かに時代が反映されています。でも逆説的ですが、個人の成長は大歓迎だというスタンスでいれば、離れた時期を経て再び戻ってくる可能性も高まるとも思うんです。

山田:なるほど。企業側でも、若手人材に選ばれるための魅力づくりが課題となっています。新卒社員の親をターゲットにする風潮もありますが、クラブチームの運営にしても「たとえ、自分の子がトップチームまで上がれなくても、ここでサッカーを学び、人間的に成長してほしい」と思われるには、文化づくりやその発信が重要な鍵を握っていますよね。

森岡:アカデミーでも、親御さんとのコミュニケーションは大切にしていましたし、選ばれるチームであるための差別化や価値の可視化は常に考えていました。どれだけ関係性を密に築いても、競合チームに出し抜かれることは往々にして起こります。マクロ的に見てもサッカー業界が進化するスピード自体が速まっているので、日本がアジアの中で必ずしも進んでいるとは言えなくなってきました。指導する側も学び、成長し続けなければいけないと痛感しています。

インターナルでフィロソフィーを浸透させることが、事業変革への鍵

山田:文化やフィロソフィーって目に見えないもののすごく重要で、たとえば採用した人材のミスマッチをなくすためにも、企業の採用担当者が心を砕いている部分です。伝え方やチャネルの選択も、重要になりますよね。

森岡:アカデミーの保護者説明会できちんと説明するのはもちろん、選手やスタッフには日常的に伝え続けることを大切にしてきました。特にアカデミースタッフの行動や発言、振る舞いはチームの空気感を形成する重要なファクターなので、スタッフに向けたコンピテンシーフレームワークもありましたね。また、ヨーロッパのスタジアムのように、寮やクラブハウスなど目につくところにスローガンを貼り出すのも効果的だったと思います。

山田:なるほど、内部に向けたブランディング活動ですね。企業でも、会社の舵取りを変えようとする時など、内から意識を変革するために行われたりします。とはいえ、働きかけをする側の意識が揃っていなければならないうえ、一朝一夕で浸透するものでもない。認識合わせや発信の繰り返しが必要ですが、どんなふうに実行されていたんでしょうか?

森岡:これは清水エスパルス時代の取り組みですが、最初に行ったのは徹底的な1on1でした。もちろん、発信側の熱意や本気度は重要ですが、きちんと根付かせる仕組みもなくてはいけません。指導者に対するコーチングの指導、研修、プレゼンなどの場を設けたりもしました。サッカーに関する指導ではなく、ビジネス的なコーチングです。

実は、先回りして教えすぎると選手が指示待ちになり、主体的に動けなくなるという課題がありました。臨機応変な適応力を高めるためにも、コーチングを通じて選手自身の力を引きだす指導を試したりしましたね。

山田:選手とデイリーでやり取りする人たちの意識の統一や向上が不可欠で、その人たちにこそフィロソフィーを浸透させていかなければいけないわけですね。企業でいえばマネージャー、クラブチームでいうところのコーチとの認識合わせに注力されたんでしょうか。

森岡:むしろ、私自身はそれしかしていなかったです。ひたすら現場に足を運び、語り続ける。それこそが私の使命でした。清水エスパルスは静岡県内に複数拠点あり、スカウト活動なども含めると、月に3000〜4000km車を走らせることも少なくありませんでした。

山田:下支えに徹していらしたんですね。

森岡:でも、私はコーチになってからも、サッカーに対する喜びのような感情がどんどん湧くのを感じていましたし、そう感じてくれる人が増えるのが一番大切だと思っています。フィロソフィーの浸透に加え、指導者としての新たな学びやアイディアを身につけることで、次の一歩へと進んでいく。その連鎖こそ、ほかならぬチームの魅力づくりを加速する力になると思っています。

これからの育成と経営では、スポーツがビジネスに、ビジネスがスポーツに近づいていく

山田:「笛吹けど踊らず」と言ったりしますが、指示には従うけれどメンバーの心が躍っていなければ、組織として望ましい状態ではないですね。

森岡:自分の選手時代を振り返ると、毎日とにかくグラウンドに行きたくて仕方なかったんです。それは、サッカーが楽しかったからであり、楽しかったのは成長実感があったから。

森岡:言葉にするなら「心理的安全性の高い環境」だったわけですが、当時の監督は、チャレンジを許容しながらもきっちり締めるというバランスの良い文化づくりが抜群だったんですよね。だからこそ今も、押さえるべきはフィロソフィーや文化づくりだと信じています。仕事に行きたくない、サッカーをしたくないと感じてしまう環境は、絶対につくりたくないんです。

山田:ビジネスもそうあるべきですよね。給料をもらっているから、評価を下げたくないから……、といった理由ではなく、誰もが「今日はこれをがんばりたい」「このプロジェクトで爪痕を残したい」と楽しく働ける環境をつくれれば、結果的に業績も上がっていくはずですから。

森岡:一方で、サッカーとビジネスを比べると、サッカーは目標がきわめてシンプルで、そもそも全メンバーに共有されていますよね。選手は力をつけて上に行きたい。指導者は良い選手を育てたい、チームを強くしたい。いわば漫画『ワンピース』の「海賊王に俺はなる!」と同じくらい皆の目標がはっきりしていますが、ビジネスの世界はもっと多様ですよね?

山田:確かに、仕事の内容にこだわりが強い人もいれば、働き方にこだわる人もいて、大切にしたいことのプライオリティにはすごく多様性があります。違いがあるという前提を踏まえ、ビジネスがサッカーから学べることでいうと、サッカーの場合は選手の育成そのものに価値があり、ある種のゴールにもなっていることでしょうか。

ビジネスの場合、売上や利益の目標ありきで、副次的に人材個人の成長が位置づけられることが多いです。採用活動などにおいても、人材が育ち、且つ、会社組織に新しい人が入り続ける状態がゴールだったりしますから。

森岡:その点で言うと、たとえばヨーロッパのクラブチームにおいてヘッドオブコーチングに求められる最も重要な役割は、投資利益を創出することなんです。選手の育成とトップチームをつなぐ重要なポジションと言えます。

山田:選手の育成が経営に直結する、といった感じですね。

森岡:クラブ経営の一つのモデルですからね。毎試合5万人の観客動員ができるチームなんて、多くはありませんし、観客動員はクラブの収入の一部でしかありません。また選手の移籍はクラブ経営で利益を生み出す源泉とも言えるものです。良い素材を発掘し、クラブフィロソフィーのもとに育成し、自立させること。有望な選手たちが、よりレベルの高い、マーケットの大きいリーグ、クラブに移籍するということは、選手自身のステップアップのためには必要なことでもある。

山田:もちろん、クラブにとっては投資利益の獲得にもつながりますしね。

森岡:加えてファン、パートナーや地域にとって夢や感動の創造にも寄与するという意味で、価値のあることだと思います。選手の育成は必ずクラブの資産となります。チームがリーグやカップ戦で勝利し賞金を得ること、観客動員により収益を得ること、パートナーから収入を得ること。それらはサッカー界では基本的なビジネスモデルの一つであり、Jリーグにおいても、今後のクラブ経営の大きな伸び代になると思います。だからこそ選手育成において、ヘッドオブコーチングの需要はさらに高まっていくのではないでしょうか。

山田:スポーツがビジネスに近づきつつあるし、同時に、ビジネスがスポーツに近づいているように感じますね。特に、「会社=できる限り長く勤める場所」という前提のもと、組織づくりにしても人材育成にしても「辞めずに長く働けるようにする」という思想がありました。

そこから、時代や社会の変化に伴い、必ずしも一つの場所で長く働くことが前提でも共有事項でもなくなっている今、スポーツにおけるコーチングのような存在も必要性が増しています。異なるフィールドではありますが、歩み寄ることから互いに学べることがまだまだたくさんあるだろうと感じました。

森岡:まさしくそう思います。日本のトップリーグであるJリーグにおいても、トップレベルのチームがたくさんありますし、世界に目を向ければヨーロッパなどハイレベルな地域との差は歴然です。だからこそ常に上を目指していこうという姿勢で、より良い選手育成、より良いチーム、クラブづくりに邁進していきたいと思っています。

山田:本日は貴重な学びをいただく機会となりました。ありがとうございました。

対談のまとめ

スポーツクラブは何のために存在しているのか?勝利を至上命題とするわけではないアカデミー組織(育成組織)では、チーム以前に個人を伸ばすことに重きが置かれています。アカデミーに入ってくる選手も、自分を成長させてくれるという面をアカデミー選定の場合に重視しています。ビジネスの世界でも、特に若い世代では「ここは今の自分が成長できる場所か?」という目で会社や仕事を見極めている状況にも非常に似ています。

今後も継続的に続く人手不足の状況の中では、就職希望者に選んでもらえる魅力をいかにつくるかが今後の企業の競争力にとって大きな意味を持ちます。終身雇用というシステムが既に崩壊している以上、ずっと同じメンバーが組織にいることはない前提で、「組織にいる間で他の会社でも通用する実力を身に着けられる」ことを重視する、ビジネスがスポーツ運営から学ぶべき点は非常に多いと感じる対談となりました。

プロフィール

森岡 隆三
クリアソン新宿 フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサー
桐蔭学園高校卒業後、鹿島アントラーズ、清水エスパルス、京都サンガF.C.などで活躍。2009年からは指導者の道へ。京都サンガF.C.でコーチやU18監督、ガイナーレ鳥取で監督、清水エスパルスでアカデミーのアドバイザー、ヘッドオブコーチングを歴任。JFA公認S級コーチライセンス保持。

山田 理英子
マーケットワン・ジャパン合同会社 代表
2006年にMarketOne International Groupのアジア初拠点であるマーケットワン・ジャパンを設立。以来17年間代表を務め、日本市場向けのサービスと体制づくりに従事。2016年より、世界に8拠点をもつMarketOne International Groupの Senior Vice Presidentを兼任。

Text:Aki Kuroda
Photo:Nanako Ono
Edit:Tomoko Hatano