新規事業や製品開発において、多くの顧客からフィードバックを得ることは非常に有益です。自社内でのみ検討を続けるのではなく、アイデア出しの段階から市場に問いかけることで、早期にフィードバックループを回していけます。
製造業は顧客の「潜在ニーズ」をどうやって新規事業・研究開発に活かすべきか?では、プロトタイプができたタイミングでも、ただ完成を待つのではなく、早期に顧客に提供しフィードバックを得るMVPサイクルを回すべきとも解説しました。
一方で、闇雲に市場に問いを投げかけるのではなく、「自社のサービスが特定の重要顧客にどのように価値を提供できるか」を見極めることも重要です。事前に重要顧客にとっての価値を定義しておくことで、その顧客との関係性を強化し、長期的な信頼関係を築くことが可能となります。
このような関係性の強化は、重要顧客からの継続的なフィードバックの提供や協力関係の構築に繋がり、結果として新規事業の成功にも寄与してくれます。
本ブログの重要顧客の攻略である「1to1 ABM」を進める意義とは何かの記事では、マーケティングにおける1to1 ABMの概念から、重要顧客の攻略がなぜ重要になるかについて述べました。
本稿では、上記記事の内容と連動させ、事業・製品開発の視点から「なぜ重要顧客との関係性強化が重要なのか」「関係性の強化をどのようにイノベーションに結びつくのか」について論考します。
重要顧客との関係性強化が事業・製品開発にもたらす恩恵
重要顧客は、自社商品・サービスに対する高い関心と理解を持っていますので、具体的かつ実用的なフィードバックを提供してくれる可能性が大いにあります。これにより、製品開発の方向性をより明確にし、無駄のない開発プロセスを実現可能です。
言うまでもなく、重要顧客との強固な関係性は、長期的な信頼関係の構築にも繋がります。「一度のデプスインタビューを行なってそれっきり」になるのではなく、継続的なフィードバックや協力を得ていけますので、新しいアイデアや改善点を迅速に取り入れていけるでしょう。
特に、競合他社となる他サプライヤーよりも早く、「最初に」相談が来るような関係性を築ければ、競争力の強化にも寄与します。
以上のことから、重要顧客との関係性強化はイノベーションにも大きな影響を与えるといえます。重要顧客から得られるインサイトやニーズを基に、新しい技術やサービスを開発することで、競合他社に先んじて、より市場に適した製品を生み出せるのです。
イノベーション創出を見据えた重要顧客との関係性強化のポイント
多くの企業は製品開発・事業開発において、自社で想定される「完璧さ」を求め続けるあまり、市場の声や顧客からのフィードバックループを得ずに進めてしまい、シーズオリエント状態に陥るリスクがあります。
このような状況を脱却するため、顧客と早いフェーズから直接会話をしてフィードバックを収集する必要性を、多くの企業が感じているように見受けられます。
一方で、顧客のフィードバックは非常に重要である反面、得られる意見が多様であることから「何を優先すべきか」が分からなくなるケースも見受けられます。
筆者自身、前職時代に製造業で新規製品の立ち上げに従事していた際も、顧客から無数の要望を受けるなかで「どう優先順位付けすべきか」「その顧客の声を対応することで、どれほどの市場規模や発展性が見込めるか」を見極めかねていました。
確かにニーズは大切ですが、その前段階として「獲得すべきニーズを保有するのはどの企業なのか」を明らかにする必要があります。
まずは自社の製品・サービスがどのような顧客に最も価値を提供できるかを判断する。その上で、開発に指針を与える「どの企業が言っているか」の「企業」部分を最初に明確にしなければなりません。
事業開発や製品開発において「顧客の業務」「想定される自社製品・サービスの活用用途」について調査する際、「業界」「顧客セグメント」などで絞り込んでいくのが一般的です。
しかし、実際は無数の顧客のなかからニーズを絞り込んでいくのは難易度が高いというジレンマがあります。そのため、業界において影響力のある企業に対して重点的にアプローチを行い、フィードバックを得ていく必要があるのです。
以下より、イノベーション創出を見据え、重要顧客との関係性を強化していく上で踏まえておくべきポイントを3つ解説します。
ポイント①:顧客価値の仮説立て
重要顧客の攻略である「1to1 ABM」を進める意義とは何かでも述べているとおり、重要顧客に対してアプローチを行う際には、「自社製品・技術が顧客に対してどのような価値を提供できるか」という視点も求められます。
製品や技術そのものが価値なのではなく、あくまで顧客に使われ、顧客が感じる便益そのものが価値となるのです。
そこで、顧客との対話を基に「提供する製品や技術が顧客にどのような便益をもたらすか」について仮説立てを行い、その仮説を明確化します。例えば、コスト削減効果や業務効率の向上など、具体的なメリットを明確にするといった形です。
感じる価値は各社異なる可能性もあるため、「顧客像」があいまいであれば、価値の仮説もゆるくなります。その点、重要顧客に重点的にアプローチすることで、より具体的な顧客価値に関する仮説立てが可能です。
製品の作り込みという点において、トップリーダーから受けた要望やヒアリングに応じた技術開発を進めること自体にも多くの恩恵があります。
例えば、製造業における業界のトップリーダーであれば、より高品質や難しい条件を提示されることがあります。IT業界においても、大手企業からは厳しいセキュリティ対応など他の企業からは得られないフィードバックが出てくることもあります。
このように進めていく上では、単に依頼を受けて対応するだけでなく、自社の製品やサービスを導入する顧客側にもプロジェクトがあり、その目標達成を支援することが求められます。真の意味でパートナーシップを築きながら取り組むことが重要です。
製品が完成品でなくても、オープンイノベーションの考え方に基づき、自社の技術を顧客に対して開示し、活用してもらう必要があるでしょう。
ポイント②:ビジネスの拡張性の推定
得られたフィードバックを事業・製品開発に役立てるなら、市場規模から紐解いた「当該ビジネスの拡張性」を推定しておくことも大切です(新規事業なら特に)。
市場規模が議題に上がると、「市場規模が◯兆円であるかどうか」という軸での議論がよくみられます。
この際「その数字のなかでどれくらいのシェアを自社が獲得できるか」「自社製品・サービスが提供できる領域がどれくらいの規模になるか」を具体的に把握することが重要です。特に「TAM(Total Addressable Market)」「SAM(Serviceable Available Market)「SOM(Serviceable Obtainable Market)」といった概念で議論されることも多くあります。
ここで重要顧客であるリーダー企業が取り組む領域や、顧客とのヒアリングから得られる将来の数量などのデータを基にすれば、市場規模推定の正確性を高められます。
特定の企業に対して発展性を考えておけば、「業界内の他の企業にも導入される可能性」「事業が発展すれば対応できる領域がどれほど広がるか」なども見極められるでしょう。
先述したパートナーシップという位置付けにおいて、特に新規事業や新規技術の開発では、自社の技術の確かさがまだ決まっていない。あるいはサービスラインナップが固まっていないというケースも珍しくありません。
そのため、将来の発展度合いを踏まえた上で、重要顧客からフィードバックを得ていくのが大切なのです。
ポイント③:小さく入り全社的なアプローチに成長させていく
とはいえ、いきなり重要顧客からのフィードバック収集を本格的に実施するのは、自社だけでなく顧客企業側にとってもハードルが高いのが実情でしょう。このような状況では、初期段階での「パイロットプロジェクト」「実証実験(POC)」が求められます。
その意図は、「自社が提供できる価値が本当に顧客価値となり得るか」を両者でテーブルにつき、それを見極めて議論することにあります。
この際、実際に製品・サービスを導入した際の契約形態にも注意を払いましょう。
提供する製品やサービス(ないしは技術)が、関係強化を図る重要顧客にとって独占的に使えるものなのか。あるいは他社への発展性も考慮したものなのかを明確にすることが重要です。これは、今後の製品展開やサービス展開においても大きな意味を持ちます。
また、ただ単に自社の製品やサービスを納入するだけでなく、今後のビジネスの根幹に関わるような内容であれば、全社的なアライアンスの検討などにも発展する可能性があります。
このように、パイロットプロジェクトや実証実験を活用し、全社的なアプローチを通じて重要顧客と強固な関係性を築くことで、新規事業や新技術の確立に繋がる情報を得られるのです。
重要顧客との関係性強化は「双方の価値を最大化する」意識が大切
重要顧客との関係性の構築は、いち部門・担当者レベルではなく、企業内部の多面的な部門やトップ層との交流も含めて、より深い関係性を築いていくことが必要です。顧客企業内の複数部門とも連携を深め、各部門からのフィードバックを集めることで、製品やサービスの改善点を多角的に把握できるでしょう。
顧客企業の経営層や意思決定者との関係も強化できれば顧客企業の長期的なニーズやビジョンを把握した上で、事業・製品開発に活かすことが可能です。
大切なのは、顧客企業と共に新しいアイデアを創出し、共同で製品開発やサービス提供を行うことで、双方にとっての価値を最大化する意識といえます。重要顧客との戦略的な関係性構築は、短期的な成果だけでなく、長期的な成功を目指すための取り組みなのです。