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新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~

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近年、BtoC市場だけではなくBtoB市場の競争も、技術進化によって競争優位を図るグッズドミナントロジックから、市場や顧客とともに新価値を創造するサービスドミナントロジックを起点にした、競争世界に突入しています。 

つまり、新しい市場や事業の探索活動を推進するためには、今までの競争原理に適応した組織文化からの転換が求められているのです。 

しかし、「自社が新しい価値を築かなければならない」という強い危機感はあっても、「自社がどんな新しい価値を築くのか」という事に関しては既存の視点ではなかなか見えにくいという問題点があるでしょう。 

そこで、本インサイトでは、20237月に開催された「BtoBマーケティングフォーラム」に登壇した弊社の執行役 大橋 慶太の講演内容「新しい価値を創る探索活動 ~具現化サイクルによる持続的な変革の実現~」を記事化してお届けします。  

本稿をとおして、日本の大企業が新たな価値創造を図る事業の主戦場が「探索領域」である理由に加え、新規市場探索において発生する壁をどのように越えていくのか。必要な考え方や求められるリーダー像について解説します。 

自社の持つ無形資産は探索領域における「事業創造」のコア 

「探索領域のビジネス推進」は、新しいビジネス機会、新しい技術開発、新しい市場への進出など、新規事業やイノベーションの創出を追求する取り組みを指します。 

大企業が探索領域で新規事業を推進する際には、自社の保有する「無形資産」がコアとなります。 

大企業は深化の領域で組織全体が仕組み化されているため、深化の領域とは非常に異なった、組織能力、考え方が必要な探索領域での事業を進めるハードルが高いという事情があります。 

そのため、本業(=深化領域)でこれまで得てきた無形資産を探索領域で活かしていくことが大切です。 

大企業ならではの有形・無形資産については、以下のように定義できます。  

  • 有形資産=これまでの価値創造で積み重ねた実績 
  • 無形資産=将来の価値創造の原動力(ビジネスモデル、データ、契約、人的資産なども含む) 

無形資産を「探索領域での価値創造」に活かす上では、深化領域と探索領域では求められる組織カルチャーや行動などが異なることから、新しい活用法、発想の転換が必須となります。 

新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~

今までやってきたものだけを使って探索領域で事業を進めていこうとすると、必ずつまずいてしまうため、「今あるもの」に加えて、会社の方向性や意思を定めて「どのような無形資産を築いていくのか」が重要なのです。 

関連記事:<前編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説 

なぜ大企業の「新価値創造の舞台」が探索事業なのか? 

大企業が新価値を創造できるのが、既存の深化領域ではなく、探索領域である理由として、大きく以下の3つが挙げられます。 

  • 成熟した深化領域では、更なる新価値創造は難しい 
  • 破壊的イノベーションは自社の深化領域では起こしづらい
  • 「自社の深化領域 = 誰かの探索領域」である

1つ目の「深化領域で更なる新価値創造は難しい」についてですが、製品はある一定上の改良を重ねると過剰性能となり、顧客が使いこなせる性能を超えて、それ以上高度なものに顧客が価値を見出せなくなる、対価が払えなくなることを指します。 

2つ目について解説すると、「既存の競争を変えるような破壊的イノベーションを自社の深化領域で起こすと、同じ事業のなかで継続的イノベーションと破壊的イノベーションが利益相反となる」ことを意味します。これは米経営学者のClayton M. Christensen(クレイトン・クリステンセン)氏が述べた「イノベーションのジレンマ」です。 

例えば、富士フィルムとコダックも、このイノベーションのジレンマによるつまずきを経験しています。 

世界的な企業であった2社は、デジタルカメラ関連の技術開発において、先行していたものの自社の主体市場(=深化領域)である「フィルミング」にこだわったため、自社のフィルミングを破壊するデジタルカメラに事業のシフトを行うという判断はできず、結局フィルムのデジタル化という破壊的イノベーションに踏み出す事はできませんでした。 

最終的に、コダックは深化領域にこだわったために、会社がほとんどなくなってしまい、富士フィルムも深化領域でイノベーションを起こすという選択は行わず、フィルミング以外の事業に多角化することで危機を乗り越えています。 

2社の事例をみると、本業で取り組んでいる自社の深化領域で破壊的イノベーションを起こすことがいかに難しいかがお分かり頂けるかと思います。  

3つ目の「自社の深化領域=他の誰かの探索領域」についても例を挙げると、音楽業界の発展が参考になります。  

若い世代の方にはピンと来ない話かもしれませんが、50年前ぐらいはレコードプレイヤーが音楽を聞くための主な手段でした。そこから、CD, MP3となり、トレンドがどんどん移り変わっていきました。  

レコード時代は「競争の源泉は音質」であったところに、持ち歩けるウォークマンが登場したことで「利便性」が競争のルールとなったのです。現在では、それまで主力プレイヤーであった企業がごく一部のハイエンド顧客を除き、価値を提供できなくなっています。 

このように、イノベーションを起こしづらい探索領域での新価値創造は、新規プレイヤーの参入により、大幅なゲームチェンジが起こり得るリスクもあるのです。 

探索領域における大企業の「強み、弱み」 

実際に大企業が探索領域で価値を存続していくにあたっては、大企業ならではの強み・弱みを理解しておかなければなりません。 

「強み」について挙げると、大企業が新規事業に取り組む際には、「既存の市場」と製品という大きなベースがあるため、既存の製品の改良や既存顧客に別製品を売って新規事業を推進するやり方が可能です。 

ただし、大企業は深化領域で大成功を収めているため新規事業への期待やハードルが大きい点に「弱み」があるといえます。 

まさに「『成功なし』には価値なし」であり、大企業にとっての新規事業推進の対象となる市場は市場規模が大きくなければなりません。加えて、新たな取り組みに対して「やって意味のある、成功したときに価値のある大きな事業」でなければ、始める意味がないと反発されがちなのです。 

事業プランを作るよりも、経営陣や周りからの理解を得る方が難しいとも捉えられます。しかし、経営視点でみてみると、強い既存事業への投資との比較になるので探索領域の推進に関わる投資判断が厳しい目にさらされるのは当然ではあるともいえるでしょう。 

このように、大企業にとって強固な既存事業を有することは、新規事業推進において強みにもなれば、弱みにもなり得るというのが実情です。 

新価値創出では他社の探索領域における「破壊的イノベーター」になる必要がある 

大企業の新価値創造に向けた取り組みでは、大きな成功・成果が各ステークホルダーから求められます。その上では、「既存製品の改良」という土壌で戦うのではなく、自社にとっての探索領域でかつ“他社にとっての深化領域”で「破壊的なイノベーター」になることが必要です。 

自社の主要顧客が存在する市場では破壊的なイノベーションを起こすことは困難であるため、必然的に他社の成熟領域での大きな価値創造を狙っていく必要があります。 

つまり、新規事業成功の肝は他社にとっての成熟市場を狙うことになるのです。 

他社にとっての成熟市場でイノベーションを起こしていく上では、性能、品質などの総合点で勝負するのではなく、既存の製品では満たされていない尖ったニーズを満たす「一芸」に秀でたソリューションを提供していくという考え方が大切です。 

成熟市場において、既存プレイヤーは今いる顧客に対してより良い製品をつくっているため、同じ土俵で勝負するためにはグッズドミナントロジックに則って製品力の強さで勝負する必要があります。しかし、長年特定の領域で技術的研鑽を積んでいる既存のプレイヤーの土俵で勝つことは新規参入企業のとっては非常にハードルが高く、また既存プレイヤーが提供できていない付加価値を製品力で提供することは現実的ではないケースもあるでしょう。新規参入する場合はグッズドミナントロジックではなくサービスドミナントロジックの考えた方を踏襲し、既存プレイヤーが満たせていない、もしくは自社の事業があるために満たすことができないニーズを探し、破壊的イノベーターになれるヒントを見つけていくことが有効です。  

強みを活かすための「コロンブスの卵」とは?  

とはいえ、新規領域で「何が勝ち筋となるのか」を特定することは難しく、新価値創造を図る上で大きな課題となります。 

ここで、大企業が新規事業で自社の強みを活かすためのキーワードが「コロンブスの卵」です。これは新規事業の良し悪しをプランの段階で判断することは難しいため、判断するタイミングをずらし、新規事業の成功の為の打率をあげる事を諦め打席数を増やすという「意識変革」を指します。 

実際に、アビームコンサルティング社の公開している情報を参照すると、コンセプト創造の段階から新規事業が中核事業化する確率は、2013年は7%、2018年は4%に過ぎないと判明しています1 

新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~

大企業において、事業プランの精査がきちんと行われていない事は考えづらいので、新規事業の良しあしを初期段階で判断する事、判断の精度を上げることは非常に難しいといえます。 

事業化の判断の精度を上げることがなぜ難しいのかの理由の一つを、米IBMを事例にとって解説していきますIBM社は、1990年代後半、自社が先に開発した技術を他社に奪われ続けていました。 

  • 商用ルーター:市場を制したのは Cisco Systems 
  • DNS:市場を制したのは Akamai Technologies 
  • 音声認識ソフト:市場を制したのは Nuance Communications 

資金力も技術力も他社の追随を許さないIBMが上記のように他社に市場を奪われた理由は何故なのか。当時IBMのCEOであったガースナー氏が社内調査を行った結果。自社が技術的には先に開発していたにも関わらず、IBMとして商用ルーターなどの領域の事業化に先んじて乗り出すことはしないとう判断を行ったため、ライバル会社の後塵を拝していたという結論に至りました 。

社内調査の結果、なぜ大きな市場に成長する技術を先に開発していたのに事業化の判断が出来なかったのか、その一因として「深化領域の経営陣が今までのやり方を新規領域でも踏襲しようとしていたため、新規事業の実施可否を初期段階で判断することに問題があった」と判明しました。  

そこで、IBMが採ったのが「EBO(Emerging Business Opportunity)」というプロジェクトです。EBOプロジェクトは「プラン策定~具現化段階」までは独立したEBOへ集約する取り組みとなります。  

EBOの具体例は以下のとおりです。 

  1. 新規事業の投資判断を全社判断から切り離し、EBOプロジェクトの責任者に集約。確実にリソースや資金が投入される体制を構築 
  2. 自社の企業戦略との整合性、新たな顧客価値の提供など6つの基準をクリアする事業案のみを選択し、実験的に事業を推進する 
  3. 強いリーダーシップチームが整備されている、利益貢献戦略が明確であるなどビジョンやプランの具体化に関する4つの条件を満たした段階で初めて、IBMの成長事業として取り組むかどうかを判断 
  4. 逆に、上記34つの条件を一定期間で満たせなければ事業から撤退 

EBOでは、経営陣の判断はプランニングの段階ではなく、事業として軌道に乗ったあと、現在の事業に組み込む段階で行うのが特徴です。  

これにより、IBM社は「2000年から2005年の5年間で、152億ドルの売り上げ貢献」など、さまざまな成果の創出に繋げています。 

「検討段階ではじかれて、試すことなく消えた」計画案の数を最小限にすることで、新たな事業機会に積極的に挑戦するという文化への変容、失敗も許容されることが浸透したのです。 

大企業が新規領域でイノベーションを起こしていくためには、IBM社のように、既存の価値観の転換が求められます。「正しい」事業化の判断を行うことは難しい、「正しく」判断しようとするがために大きく成長する可能性のある事業をプランの段階でつぶしてしまう事があるという2つの重要な教訓をIBMの事例から得ることが出来るでしょう。 

まずは「社内で正しい事業プランの判断をすることが可能だ」という前提を捨てる 

大企業が新規事業を推進する際にクリアするべき障壁として、「経営陣、既存事業のメンバーからの理解不足」「承認を得ることの難しさ」などが挙げられます。 

併せて、「社内で正しい事業プランの判断をすることが可能だ」という前提があるために、新規事業のプランニング段階では禁句ともいえる「本当に上手くいくのか」という議論に陥りがちです。しかしいくら議論を尽くしても事業プランが中核事業になる可能性は10%以下であるため、事業化の可能性を見極める正しい判断が出来ているとは言えないのが実情です 。

そこで大切なのが「社内で正しい判断をする」前提を捨てて、まずは事業を「形」にする事に注力する事です。 

事業案の良しあしの社内判断に時間をかけて事業化の「打率」を上げることを考えるよりも、顧客ニーズとの高い整合性があるかを元にそのプランの事業化を数多く進める。つまり「市場の声を拾い、プランを形にする(=事業化)打席数を増やすこと」にこそ注力すべきなのではないでしょうか。 

当社マーケットワン・ジャパン合同会社の顧客企業A社の事例では、実際に新領域・市場へアプローチし、仮説検証を繰り返すことで事業案(複数)をブラッシュアップさせていくというプロジェクトがあります。 

市場の声=市場を構成する企業のキーマンのニーズを調査するためにマーケットワンのテレプロスぺクティングサービスもご利用いただき、「マーケットを分解した際に主要企業、その企業内のキーマンは誰か」「その企業のビジネスペインは何か」という、想定仮説を潜在顧客に対してインタビュー及びクライアント企業と潜在顧客企業との直接の接点を創出、潜在顧客企業のFBをもとに仮説の洗練、顧客ニーズの解像度を行いました。 

新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~ 

つまりこれは、マーケティング・市場起点のニーズ発掘と自社の技術視点のシーズのマッチングを目指す取り組みでもあり、大企業が新規領域における新規事業の事業化を進めるうえで非常に有効な取り組みとしてクライアント社内でも評価されています。 

その手順を具体的に紹介すると、以下のとおりです。 

  1. 技術視点+顧客視点(顧客ニーズ・社会課題の解決)の仮説立て 
  2. 親和性の高い市場選定とベンチマーク企業の選定 
  3. 市場における仮説検証と想定内外のニーズ有無を獲得 
  4. アライアンス候補との交流機会創出と関係構築 

市場の見込み顧客の声を基にした仮説検証型の探索では、短期間で仮説の精度を高められ、深化の領域と違って、自社の知名度がない探索領域において自社が新規事業に取り組んでいるという市場認知も拡大していくというメリットがあります。 

探索領域においては、社内検討に時間を費やし「打率」を上げることを重視するよりも「打席数」を重視し早期段階の複数の事業プランに対して社外からの声を集めプランの精度をあげる、見極めるスピードをあげる事が重要になります。 

「任せ続けたい人」を探索領域の事業推進のリーダーにすることが大切 

探索領域の事業推進はどのようなアプローチを行ったとしても必然的に深化領域と比較すれば、投入したリソース、費用から成果が出るまでに時間がかかり、なおかつ成果が出る可能性もどうしても低くなります。 

そのため、「誰が探索領域の事業推進を指揮するのか」という点も非常に重要です。 

すぐに成果が出ないなかでも「この人になら任せられる・ついていける」ような人が探索領域の事業リーダーに相応しいと考えられます。 

なぜなら、探索領域での事業創出は、判断の仕組み・軸が異なり、「確からしさ」を社内で追求し続けることが“解ではない”ためです。つまり、素案の段階から市場にぶつけて継続的にブラッシュアップしながら打席数を多くすることで、事業として成り立つ総数を増やす必要があるといえます。 

以上を踏まえると短期間で成果が出ない前提で「任せ続けたい人」を探索領域の事業推進リーダーにする事が非常に重要になります 

まとめ 

大企業にとって意味のある新規事業を成立させる手法の一つとしては、他社にとっての深化の領域において自社が破壊的イノベーターとなることを目指すことが考えられます。 

その上で、探索領域の事業化において事業プランの段階において社内で正しい判断を行うことができるという前提を捨て、まずは事業を「形」にする事に注力しましょう。 

また、探索領域において事業として成立する事業を増やしていくためには、正しい判断ができる前提で事業化の「打率」を上げる事に注力するのではなく、複数の事業プランを市場の声を元に取捨選択しながら事業化へのスピードをあげる事に注力する「打席数」を上げる事が重要になります。

新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~

  1. アビームコンサルティング株式会社新規事業はどういった領域でやるべきか?https://www.abeam.com/jp/strategy_cch/column/column_05.html []