Marketing Strategy

<前編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説

               

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VUCA時代の到来により、旧来の常識や慣習が通用しなくなっている昨今。企業が変化に対応し、存続し続けるためには、自己変革による新しい取り組みが求められるようになりました。 

企業組織における自己変革をする上で“イノベーション”は不可欠です。経済学者のシュンペーターによると、イノベーションとは「新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産すること」と定義されており、それは企業に置き換えると自社の資産の新しい組み合わせ”にほかなりません1 

近年注目されている、企業が変革を実行するための経営理論として「両利きの経営」があります。これは、新しい領域に挑戦する「探索の領域」と、既存の事業領域を深堀りする深化の領域」を同時にバランスよく行うという考え方です。 

今回から2回にわたって、知(情報資産)の「探索」と「深化」が揃った両利きの経営の概要と、日本のBtoB企業がそれを実現させるためのマーケティングの取り組みについて解説します。

VUCA時代に求められるイノベーションの創出 

VUCA時代においては、ビジネス面における新規事業開発・マーケット拡大など、新規領域に目を向けた変化への適応が企業にとって重要な課題になりました。各社が発表する中期経営計画にも「新規事業の探索」の文字が並んでおり、BtoB領域においてもそれは例外ではありません。 

日本企業は長らく既存領域を掘り下げる「深化」の領域で発展してきました。一方で、VUCA時代において深化に偏りすぎると変化に適応できず、事業が衰退したり、他のサービスにとって代わられたりしてしまうため、新たな領域への「探索」の必要性が増しています 

こうした探索を進めるうえで、企業の変革力である「ダイナミックケイパビリティ」が重要になっています。 

経済産業省のものづくり白書では以下のようにまとめられています。

オーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティの違い

経済産業省: 2020年版ものづくり白書 2 「不確実性の高まる世界の現状と競争力強化」2をベースにマーケットワンで作成

ここで、「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」という2種類の企業の活動能力についてみていきましょう。 

オーディナリー・ケイパビリティ 

オーディナリー・ケイパビリティとは、与えられた経営資源をより効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力です。労働生産性や在庫回転率のように、特定の作業要件に関して測定でき、ベスト・プラクティスとしてベンチマーク化され得るものを指します。 

伝統的な日本企業においては、現状に対して改善を繰り返し“ものごとを正しく行う”経営を実施するケースは多いでしょう。 

一方で、オーディナリー・ケイパビリティはベストプラクティスであるがゆえに競合他社が模倣しやすく、特にグローバルな競争が激しい環境下では急速に拡散してしまうため、この能力だけでは持続可能な競争力を獲得することはできません。 

ベストプラクティスとして洗練され、精緻化されているほど“今現在は正しいとされるやり方”を変えるコストは高くなってしまうという側面もあり、「現状維持の方が短期的には経済合理的に叶うだろう」という状態に陥ってしまう可能性が懸念されます。 

ダイナミック・ケイパビリティ 

それに対して、ダイナミック・ケイパビリティは環境や状況の変化やズレに応じて、企業内外の資源を再構成し自己を変革する能力となります 

顧客ニーズと自社シーズ(技術)の一致を図ることで、結果的にあらたなイノベーションの創出に繋げられます 

前述したように、シュンペーターによってイノベーションは“新しいものの組み合わせ”、つまり「生産諸要素の非連続的な新結合」であるとされています。 

VUCA時代に継続して繁栄していくためには、このダイナミックケイパビリティを高めることこそ重要です。時代の変化に応じて消費者の好みやビジネス上の問題といった「ニーズ」について把握し、そこに自社の「シーズ(技術)」をうまく噛み合わせることで、イノベーションの創出が可能になります。 

 

イノベーションを実現する「両利きの経営」とは何か? 

シュンペーターによると、イノベーションを生み出す要素として、「製品」「生産方法」「販路」「供給源」「組織」の5つが挙げられていますが、これらはいずれも“新しい取り組み”の枠内です。 

冒頭でも述べた通り、イノベーションを継続的に実現するためには、一見不可能のように思われる、既存事業と新規事業がセットになった取り組みを“まるで両利きで”あるかのように行う「両利きの経営」を実現しなければなりません。

両利きの経営3とは、チャールズ・オライリー / マイケル・タッシュマンによって唱えられた経営理論で、成功を収めた大企業が新興企業に敗れ低迷する「イノベーションのジレンマ」の処方箋として、近年注目を集めています。 

実際に、企業組織において“新しい知を生み出すにあたって、「知の探索」「知の深化」をバランスよく行えている企業ほど高い業績をあげていると入山章栄教授著の世界標準の経営理論でも語られております4 

  • 知の探索…新しい事業を開拓すること。実験と行動を通した学習。 
  • 知の深化…自社の既存の事業を深めていくこと。絶え間ない改善。 

日本の伝統的な大企業は、創業時の事業展開する「探索領域」から始まり、その後に自社の強みを形作る「深化領域」で成功している場合がほとんどでしょう。 

そのような状況下にあっても、「知の探索」「知の深化」が両立した体制構築に組織をあげて取り組めばあらためてイノベーションの創出(新しい知の獲得)を実現できます。

 

イノベーションを阻むサクセストラップ 

とは言え、「両利きの経営」の実現を望んでも、簡単に達成できるわけではありません。その理由は、新規事業開拓などの知の探索を進めていくと、短期的に成果の出やすい既存領域の改善(知の深化)に企業として向かってしまうケースが多々あるためです。 

特に既存事業が成功すればするほどに、「自分がやっていることは正しい」と疑わなくなってしまい、結果的に知の深化に傾いてしまいます。これは「サクセストラップと呼ばれ、成熟した企業ほどこの罠に陥りやすいジレンマを抱えています。 

イノベーションを阻むサクセストラップ

組織として両利きの経営に向けて取り組んで行ったとしても、「深化」「探索のそれぞれで必要な組織力や目の向け方は異なるため、必ず対立することになるのです。 

知の探索は自社から遠く離れた知を獲得することであるため、顧客や市場ニーズへと目を向け新しい組織能力を獲得していかなければならず、サクセストラップに嵌まりやすくなっています。 

実際に、前述の「世界標準の経営理論」では日本の伝統的な中堅以上の企業ほどこういった状態に陥りやすいと述べられています。 

「<中略>人の認知に限界があることだ。したがって、人・組織はどうしても本質的に、『いま認知できている目の前の知同士だけ』を組み合わせる傾向があるのだ。経営学では、myopia(近視)という。したがって目の前の知だけをひたすら組み合わせるから、ある程度の時間が経つと組み合わせが尽きてしまい、新しい知が生まれなくなるのだ。実際、日本でもいまイノベーションに悩む企業の多くが、大企業・中堅企業など歴史が長い会社なのは、その長い歴史の中で目の前の知と知の組み合わせをやり尽くしているから、ととらえられる」

サクセストラップを避けるには、 “意識的に「探索」志向にもこだわり続けることが必要なのです。

 

まとめ 

冒頭でも述べたように、VUCA時代に生き残っていくためには、「探索」領域に挑戦し、イノベーションの創出をすることがあらゆる企業で求められています。 

情報拡散の速度が上がり、既存の価値観が陳腐化しやすくなった現代においては、組織を存続させるために「深化」と「探索」が揃った「両利きの経営」を実現させる必要があります。 

一方で、日本の大企業は既存領域の「深化」には長けているものの、“新しい価値”を創造する「探索」領域については、能動的に取り組みづらいのが実情です。 

場合によっては、社内で探索領域が必要であるとの暗黙知が形成されている可能性もありますが、関係者の頭の中にあるだけでは新しい価値の獲得にはつながりません。 

後編となる次回では、日本企業が苦手とする知の探索を全社的に成功させ、両利きの経営を実現させるためのマーケティングの役割について解説します。

記事の内容をスライドで解説した資料を公開しています。以下のサイトから資料ダウンロードが可能です。

両利きの経営

 

 

 


■注釈

  1. 経済産業省:「ウィズ・ポストコロナ時代における 地域経済産業政策の検討 (地域の価値創出:地域のイノベーション)  https://www.meti.go.jp/shingikai/sme_chiiki/smart_strong/pdf/003_02_01.pdf[]
  2. https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2020/honbun_pdf/pdf/honbun_01_01_02.pdf[]
  3. チャールズ・A. オライリー , マイケル・L. タッシュマン  両利きの経営 東洋経済新報社 20192[]
  4. 入山章栄著「世界標準の経営理論」ダイヤモンド社,201912[]