VUCA時代が到来し、市場変化の不確実性も高まる昨今においては、日本企業もイノベーションの創出に迫られています。
しかし、長らく既存領域における取り組みを得意としてきた日本企業にとっては、新たな領域に挑戦し、価値を創出していくことには難しさがあるのも実情でしょう。
そこで、今回は、2022年9月14日に早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏(以下、入山教授)をお招きして開催したBtoBマーケティングフォーラム「世界の経営学から見る、日本企業イノベーション起点のトランスフォーメーションへの示唆」の内容を記事化してお届けします。
前編となる本稿では「日本企業でCXが進まない本質的な理由」について紹介しますので、ぜひお役立てください。
(※以下より「まとめ」部分までの内容は、入山教授の講演内容を記事化したものです)
目次
不確実性が高まる時代では「意思決定」の場数が今後を左右する
不確実性が高まった現代では、変化が激しく、企業がとるべき戦略については「正解がない時代」になりました。
私自身、経営者の方などから各社が抱える問題の解決策を聞かれますが、その際には「答えはないので、“意思決定の場数”を踏むことが大切」と答えています。
ここで問題となるのが「大企業では仕組みが整っているため、意思決定をする場数を積めない」という課題です。
本来、企業としては意思決定を行える人材を育てていかなければなりません。
しかし、日本の大企業では、端的な言い方をすれば「20代から40代まで、上から降ってきた、“答えのある”仕事」を行なっているため、答えのない状況下での意思決定が求められる立場になった際に「経験がないため、どうやっていいのかわからない」というケースが発生するのです。
企業のトランスフォーメーション(変革)には意思決定が不可欠であることを踏まえると、今後リーダーシップを発揮していくことになる世代に求められるのは「意思決定をする場を求めること」といえるのではないでしょうか。
なぜなら、意思決定の経験がないと、日本企業が今後にわたって存続していくのが難しいためです。
私の周りにいる優れたビジネスリーダーやイノベーターは、答えのない状況下でも、常に「自社はどうするべきか」を考え続けています。
とはいえ、そのようにして考えるためには「思考の軸」も必要です。そのため、これからの時代でリーダーになっていくような世代の方は、まずは尊敬する経営者や上司の知見を取り入れつつ、それを現場で実践していくことで思考の癖づけを行わなければならないでしょう。
アフターコロナで日本の経営はどう変わる?
私は、基本的に、コロナ前も後も本質は変わらないと思っています。その理由は、以前から「不確実性はすでに高まっていた」ためです。
デジタル技術がさまざまな産業へ矢継ぎ早に投入されるなかで、家電や半導体、小売りなどデジタル化がされた業界順に、危機に晒されていっています。
そのような時代はすでに到来してしまっていますので、経営陣はもちろんのこと、全社的な「危機感」を持った方がいいと考えていますが、中間層以下には浸透していない企業も少なくありません。
トヨタ自動車が凄いのは、年間3兆円の利益があるにも関わらず「このままいくとトヨタは潰れる」という危機感を経営陣が持っていることです。この危機感は、例えばテスラやソフトバンク、グラブと提携して行った投資に代表される、意思決定の速度感に現れているのではないでしょうか。
ZoomやTeamsは本来なら2020年代後半に日本へ入ってくるはずが、新型コロナウイルスの感染拡大により10年早く到来したように、デジタル化の波はパンデミックでますます加速したのです。
加えて、今後十数年以内では、自動翻訳が入ることが予想されています。これまで海外の人との会議では、共通言語で話せないと会話が成り立たなかったが、自動的にお互いの言語に翻訳してくれるようになるということです。
これにより、サービス業が大きな岐路に立たされることになるでしょう。サービス業は人が付随するため「言語の壁」があったものの、自動翻訳が入ることでこの壁はなくなるのです。
そのなかでも、私は「特に大学が大きな影響を受ける」と予想しており、スタンフォード大学やオックスフォード大学の授業を日本語で受けられるようになれば、日本の大学を選択する学生は減っていくのではないでしょうか。
100年前でさえ、フォードの車が普及するまでに「たった6年しか」かかりませんでした。変化の速い現代では、これ以上の速度感の変化が大量に起きているのです。
そのような時代背景を踏まえると、企業として「現状維持はありえない」とわかるでしょう。つまり、自らが能動的に変化して、新しいことに取り組み続け、イノベーションを創出していかなければならないのです。
これは「技術的なイノベーション」だけを指しているのではなく、企業そのものが変化して、前進しつつ「新しい価値を生み出すこと」そのものの重要性を意味しています。
日本企業の変化を妨げる「経路依存性」
しかしながら、変化の激しい時代に突入しても、なかなか変化できない日本企業は少なくありません。
その要因としては前述した中間層の「危機感の欠如」に加え「経路依存性」があげられます。経路依存性とは「過去の経緯や歴史によって決められた仕組みや、出来事にしばられる」現象です。
日本企業、とりわけ大企業に置き換えると「複雑な仕組み同士が上手く“噛み合っている”ため、どれか1つが時代に合わなくなったといって変えようとしても上手くいかない」状況を指しています。
わかりやすい例としては、日本企業の「ダイバーシティ」に向けた取り組みが挙げられるでしょう。ダイバーシティとは、個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち「多様性」を競争優位の源泉として生かすために文化や制度です。
日本でも、以前から必要性は唱えられていましたが、日本企業ではなかなか定着していないのが実情であるように感じられます。その理由は“ダイバーシティだけ”をやろうとしているからです。
本当の意味でダイバーシティを行うなら新卒一括採用や終身雇用、メンバーシップ型雇用、評価制度といった仕組みから変えなければなければなりません。
変化のためには「評価制度」「働き方」を変えていく必要がある
多様な人材採用を行う上では、評価制度や働き方を変えていく必要があるものの、日本企業にある経路依存性がその妨げになっています。
つまり、日本企業は旧来型の体制・仕組みを保持したまま、ダイバーシティを高めようとしているので、ミスマッチが起きてしまっているのです。
経路依存性に縛られる日本企業は、「ダイバーシティだけ」「イノベーションだけ」というように、“1つだけ”変えようとしてしまい、取り組みが上手くいないと見受けられます。
日本企業が変わらず、平成が「失われた30年間」といわれるのは、この経路依存性があったからに他ならないのではないでしょうか。これについては、日本を代表する経営コンサルタントの冨山和彦氏も同様の意見を持っています。
経路依存性が足枷になるのは、DXにおいても同様で「DXだけやろう」としても取り組みは上手くいかないでしょう。
以上のように、変革の妨げとなる経路依存性から脱却するためには「会社全体を変える」意識を持たなければなりません。
評価制度や働き方を含めた、全社的な変化を進めていく取り組みこそ「CX(コーポレート・トランスフォーメーション)」なのです。
まとめ
以上のように、入山教授は不確実性が高まる時代においては、あらゆる企業がイノベーションを創出していかなければならないものの、日本企業にある「危機感の欠如」「経路依存性」がその妨げになると述べられています。
事実として、日本では大企業であればあるほど、自社のあらゆる仕組みが既存領域に最適化されているため「変革を起こすには全てを変えていく必要がある」という悩みは、多くの方が持ち合わせていることでしょう。
後編記事では、実際に日本企業が全社的な変革を進めていくためには何が求められるのかについて、入山教授のお考えを紹介します。