2022年9月14日に早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏(以下、入山教授)をお招きして開催したBtoBマーケティングフォーラム「世界の経営学から見る、日本企業イノベーション起点のトランスフォーメーションへの示唆」の特集記事。
前編では、不確実性が高まり、あらゆる企業でイノベーションの創出が求められているにも関わらず、変革が進まない理由として「危機感の欠如」「経路依存性」があると紹介しました。
後編となる今回は「では、日本企業がイノベーションを創出していくためには何が求められるのか」について、入山教授のお考えを紹介します。
(※以下より「まとめ」部分までの内容は、入山教授の講演内容を記事化したものです)
不確実性の高まる時代にどのようにして「イノベーション」を起こすのか?
前提として、イノベーションの本質は「既存の知 × 新しい知」の組み合わせにあります。
これはシュンペーターが80年以上前から「new combinations(新結合)」と述べている理論であり、既に世の中にある「何かと何かの組み合わせ」で新しいアイディアが創出されてきました。
しかし、そのままでは人間の認知には限界があるため、“目の前にあるものだけ”で組み合わせを行う傾向が見受けられます。
大企業や中堅企業に置き換えると「何十年もの歴史を持っているため、既存の知の組み合わせはやり切っており、そのままでイノベーションは出てこない」状態です。
そういった状態を脱却するためには、「遠くの知」を幅広く拾いつつ、組み合わせていく「知の探索」が求められます。
例えば、世界に誇れるトヨタの生産システムは、当時「伝説のエンジニア」とも呼ばれる大野耐一氏が、1950年代に当時まだ日本にはなかったアメリカのスーパーマーケットのフォーマットをご覧になって、日本に持ち帰ってきたことから生まれています。
このようにして「遠くの知」を拾ってきたら、自社が参入する意義のある領域を見つけたら徹底的に深掘って収益化していく「知の深化」も組み合わせることで、イノベーションの創出は実現されるでしょう。
知の探索と深化は、それぞれを両立させることが重要で、高いレベルでバランスよくできる企業・組織がイノベーションを起こしやすい傾向があり、これについて世界の経営学では「Ambidexterity」と呼ばれています。
この考え方について、私は10年以上前に「両利きの経営」と訳し、近年は日本でも広まりつつあるように思われます。
両利きの経営を妨げる「競争力の罠」
両利きの経営を進めようとした際の課題としてよく聞かれるのは、日本の大企業は「深化」に偏る傾向があるということです。
これについては「Competency Trap(競争力の罠)」という考え方で説明できます。競争力の罠とは、目の前の売上拡大が見込める分野に注力することで短期的にはある程度の収益をあげられる。その一方で、本質的なイノベーションに必要な「知の探索」がなおざりになるため、中長期的なイノベーションが停滞する……、という状況です。
実際には、遠くの知を幅広く捉え、知と知を組み合わせる取り組みは時間や人、資金が必要で、失敗も多く無駄にみえることでしょう。
特に、大手企業には予算があるため、予実管理のために短期的な知の深化を行い、“とりあえず予算を消化する”状況に陥るケースも少なくないのではないでしょうか。
確かにそれなら一時的な売上につながるもの、変化に必要な知の探索は行われないため、中長期的なイノベーションが枯渇していってしまいます。
つまり、日本企業では前編で述べた「経路依存性」に捉われ、「知の深化」に偏ってしまっているからノベーションが生まれないのだといえるでしょう。
そのままでは、不確実性が高まる状況下で変化ができず、会社が生き残れないため、知の深化だけでなく知の探索も行なっていくことが重要なのです。
「知の探索」を日本企業のなかで促すためには?
では、知の探索を行うためには何が必要なのでしょう。私は、次の5つのレイヤーに分けた取り組みが有効であると考えてます。
①個人レベル
個人レベルで知の探索を行うためには、まずは「移動距離を伸ばす」ことが大切です。
「発想力は、移動距離に比例する」とは、ゴーゴーカレーの宮森代表取締役の弁ですが、トランスフォーメーションを行う第一歩は「移動すること」といえますので、まずはぜひ自分を物理的に移動させて欲しいと思います。
さらに「失敗を繰り返して、ヒットするプロダクトを見つける」ことも重要です。
例えば、Appleのスティーブ・ジョブス元CEOは、あらゆる商品をヒットさせたと思われがちですが、実際はそうではありません。彼は、数々の失敗を重ねた結果として、iPhoneやiPadというヒット商品を生み出した……、というのが本当のところです。
つまり、「知の探索」を行い、イノベーションを創出するためには「失敗を受け止める組織・仕組み」をつくることが大事だといえるでしょう。
さらに、日本企業では「評価制度の見直し」も必要になります。日本企業は「成功・失敗」の紋切り型の評価制度であるケースも多いのが現状ですが、これでは失敗を恐れて挑戦できません。
海外企業ではすでに評価制度の見直しは数多く行われていて、実際に独SAPは“ランクづけをしない人事評価制度”である「No Rating」を設けています。
さらに、GoogleやメルカリといったIT系企業に加え、静岡銀行も取り入れている取り組みとしては、主要な成果目標を掲げることによって、企業やチーム、個人が重要課題に取り組みやすくする「OKR」という仕組みもあります。
このように、個人レベルの知の探索を行うためには、まずは組織として「探索を行いやすい土壌」を整えることも求められるのです。
②戦略レベル
組織が採る戦略レベルで知の探索を行うためには「オープンイノベーション」がキーワードになります。オープンイノベーションとは、自社だけでなく、“自社の外”にある知も組み合わせて、革新的なプロダクトを創出していく手法です。
近年は、事業会社が異業種とアライアンスを組むという事例も増えてきましたが、これもオープンイノベーションの取り組み事例といえます。
例えば、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)でベンチャーに投資して自前主義を脱出する……、といった形で知の探索を続けていけば、よりイノベーションが起こりやすい土壌も整っていくでしょう。
③組織レベル
組織レベルの知の探索に向けた取り組みとしては「人材の多様化」が求められます。
これは、まさに前編でも述べたダイバーシティ経営そのものです。
ダイバーシティは「ただ目標数値を決めて、達成すればいい」というわけではないため、「何のためにやるのか」という“納得感”を全社的に醸成させる必要があります。
例えば「経営理論的には知の探索になってイノベーションに繋がるため、今後生き残るためには不可欠」といった形で、説明による納得感の形成などが不可欠でしょう。
④人脈レベル
世界の経営学では人脈も非常に大切にされています。とりわけ、「ネットワーク理論(強い結びつき=親友、弱い結びつき=知り合い)」の重要性が唱えられており、弱い結びつきこそ、イノベーションにつながりやすいと実証されています。(※下図右側のイメージ)
なぜなら、ビジネス情報取得のための人脈は、弱い結びつきからこそ得られるためです。
「とりあえず名刺交換」といったように、弱い結びつきは強い結びつきよりも簡単に形成できて、ネットワークの幅を伸ばしやすいという特徴を持っています。
ビジネスにおいては「情報の取得」が重要であるため、弱い結びつきで形成されるネットワークはイノベーションの創出に寄与するのです。
個人レベルで「弱い結びつきを作るのに長けた人材を」定義すると、異業種交流会に出るような“アクティブな個人”だといえるでしょう。
そのため、ぜひ弱いネットワークを形成できるよう、より多くの方にアクティブになってもらいたいと、私は考えています。
一概にはいえないものの、欧米などのグローバルレベルでの人材育成は、下図のような「イノベーション志向」で行われています。
CXを図るうえで一番重要なのは経営者・経営陣であるのは間違いありません。しかし「機能面で、どこが変革するべきか」という議論では「人事」の変化も重要視されます。なぜなら、企業のような組織は「人でできている」ためであり、人事が変わらなければ、組織そのものも変わらないからです。
大切なのは「小さな変化」をつけること
とはいえ、多くの企業・個人にとって知の探索、イノベーションには恐ろしさがあることでしょう。
それでも新たな知を獲得していくために何が必要なのかといえば、「小さな変化」をつけていくことです。
「今晩、降りる駅を一つ変えなよ」とは、株式会社WiLの伊佐山元共同創業CEOの弁ですが、このような意識を持ち、小さな変化から習慣づけていくことで、大きな変化を求められるようになるでしょう。
企業の例としては、サイバーエージェントの「変化を状態化する企業文化」が参考になります。
多くの企業がこのような文化を根付かせるためには、挑戦しやすい文化を“戦略的に作っていく”必要があります。なぜなら、企業文化はひとりでに湧いてくるものではなく、組織を構成するメンバー間で形作っていかなければならないためです。
文化とは何かというと「行動」と定義できます。そのため、まずは組織における行動規範を、多くても10個程度と守りやすい数だけ作ります。そのうえで、行動規範を導入したのち、社長・経営陣が率先して遵守し、組織全体に根付かせていく必要があります。
「知の探索」の推進で必要な全社的な“腹落ち感”
とはいえ、実際に知の探索を行うのは、大企業であればあるほど、非常に大変な取り組みでしょう。
そこで、「知の探索」を活かし、推し進めるには「センスメイキング理論」が大切です。
センスメイキング理論とは、組織全体を上げた推進を行ううえでは「起きている現象に対して、能動的な意味を与える思考プロセス」を持ち、“腹落ち(=納得)”した状態を形成しなければならないという理論です。
変化が激しい時代にやってはいけないのは「正確な分析に基づいた将来予測」に他なりません。なぜなら、将来を分析したところで、すぐに前提条件が変わっていくためです。
それを踏まえると、今後は「正確性」よりも「納得性(腹落ち)」の重要性が増してくると考えられます。
とはいえ、日本ではビジョンやパーパスを持たない企業が多いことや、あったとしても社員の腹落ち感が不足していることが多いのが実情です。
グローバル企業では経営陣が長期ビジョンについて徹底的に考え、現場へ落としていくため、従業員一人ひとりのパーパス・ビジョンも大切しています。対して日本企業は、従業員のビジョン設定の重要さ理解も不足しているケースも珍しくないのです。
10年後、20年後の未来は誰にも分かりませんが、自社が目指している方向性を従業員全員に納得させることができれば、知の探索は進んでいくことができるでしょう。
たとえ、失敗したとしても方向性が一致していれば、社員も「もう少し頑張ろう」と思えるものです。
この不確実な状況下だからこそ、知の探索に取り組まなければ、企業の存続は図れません。そのため、まずは遠い未来への「腹落ち、共感」を社内で醸成して、言語化する。そのうえで、コーポレートトランスフォーメーションによって会社全体を変え、変化を加速されることが重要といえるのです。
まとめ
入山教授の解説内容を踏まえると、企業がイノベーションを引き起こすためには、知の探索と深化が両立した「両利きの経営」が必要である。しかし、日本企業で知の探索を行なっていくためには、個人だけでなく、組織戦略や文化レベルでの変革が求められるのだとわかります。
特に、企業変革を進めていくうえでは取り組みの正確性以上に「腹落ち(納得)感」が大切であり、全社的なアライアンスを形成することこそ、日本企業がCXを進めていく際の重要事項になるといえるでしょう。