2023年11月現在、円安の影響もあり、訪日外国人の数はコロナ禍前の水準に戻りつつあります。マーケットワン・ジャパンのオフィスのある銀座周辺では、多くの外国人観光客を目にするようになりました。
一方で、日本企業から海外に向けた働きかけに目を向けると、コロナ禍で滞っていた海外とのビジネス基盤を一気に取り戻すべく、日本企業の海外進出、戦略強化の動きが加速しています。
実際に、一般社団法人 日本旅行業協会の公開している「ポストコロナにおけるさらなる成長と発展に向けて」の資料を参照すると、2023年1~4月の業務渡航の取引額は2019年と比較し65.8%まで回復していると判明しています1。
さらに、経済産業省が2023年9月に発表した「海外現地法人四半期調査(2023年4~6月期)」によると2023年第四四半期の日本企業の海外法人における売上高は、前比3.0%のプラスとなっています2。
このような環境のなか、海外市場へのマーケティング活動を一層強化していきたいと考える企業も増加しているのではないでしょうか。当社マーケットワン・ジャパンでも、海外市場の新規開拓や自社技術の海外での市場調査の案件に関するご相談が増えている現状です。
そこで本稿では、海外市場におけるマーケティング活動、特に新規事業探索活動の支援に携わってきた筆者の知見も交え、海外市場に向けたマーケティング活動や新規事業探索活動の意義と、取り組みのスタート段階で求められる勘所を解説します。
新規事業探索で海外市場をターゲットとする意義
企業がVUCA時代に生き残っていくためには、組織を存続させるための既存事業の「深化」だけでなく、新規事業を見つけビジネス化する「探索」が揃った「両利きの経営」を実現させる必要であると <前編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説の中で説明しています。予測不能な時代を企業が生き抜くためには、イノベーションの創出が不可欠であり、マーケティングも重要な役割を担うことになります。
新規探索=探索領域ではまず「自社が持っている技術や知見といった知(=情報)」の棚卸しを行い、仮説を立てた上で、イノベーションストリームの四象限に自社技術を当てはめることが必要であると“新規事業探索”に必要なBtoBマーケティングのあるべき姿で解説しています。実践的なポイントについても両利きの経営における「探索領域」への取り組みを成功させるポイントでも紹介したで解説しています。その中で探索活動の指針となるのが「イノベーションストリームの四象限」です。
イノベーションストリームの四象限では、イノベーション(=新規事業開発)を起こす際には、「①:新しい組織能力を作りだす必要がある場合」「②:新しい市場や顧客へ売り込む仕組みをつくる必要があるケース」の二軸(横軸、縦軸)を平行して推進することを想定しています。
言い換えると、「自社が持っている技術や知見を必要としてくれる新たな市場を見つけ出す活動」が新規事業開発の足掛かりとなるのです。
市場は広ければ広いほど、想定外のニーズを拾える可能性は高まります。商習慣の違いや言語の壁といったディスアドバンテージを差し引いても、海外市場もターゲットに入れる意義は大きいといえます。
総務省統計局の「統計でみる 日本の科学技術研究」によると2019年の日本の研究開発費は、「アメリカ(6,575億米ドル)」「中国(5,257億米ドル)」に次いで第3位の1,733億米ドルではあるものの、年々4位以下の国との差が減少傾向にあると判明しています3。
研究開発費は、その名のとおり「研究」または「開発」に用いる費用を指します。日本の研究開発費の伸びが鈍化しているなかで、先人が築き上げてきた “技術立国 日本” のアドバンテージを活かし、共同開発のパートナーとして海外企業とタッグを組むことも有力な選択肢となるのではないでしょうか。
なお、外部パートナーとの共創によるイノベーションのあり方についてはアウトバウンド型オープンイノベーションを実現するための共創型マーケティングでも解説していますので、あわせてご参照ください。
既存環境をどう海外マーケティングに活用するべきか
2020年代は、日本のBtoBビジネスでも、デジタルを介したDX(デジタル・トランスフォーメーション)が推進されてきています。
そういった既存のビジネス環境を海外マーケティングに活かそうと思えば、主に以下の2点が重要ポイントとなるでしょう。
- MAツールの活用
- 現地スタッフとの連携
それぞれ、個別に解説します。
MAツールの活用
近年、国内企業のMA(マーケティングオートメーション)ツールの導入率は高まっています。MAツールは「メール配信ツール」と捉えられがちですが、顧客行動のトラッキング、スコアリングなど効率的に「顧客の興味・関心を可視化する」領域で真価を発揮します。
すべての機能を適切に設定することで、見込み顧客を商談に誘導し、営業活動を経て企業の売り上げに貢献。「ROMI (Return On Marketing Investment)の可視化・最大化」を実現させることが、MAの機能なのです。
なお、MAの導入、運用段階で留意すべきポイントは、【記事まとめ】BtoBマーケティングにおけるMAの運用ガイドで詳しく解説していますのでこちらもご一読ください。
さらに、新規事業探索という点においても、MAは大いに力を発揮します。顧客のニーズを把握するためには、「自社技術の棚卸し」「仮説立て」が必要であることは前述したとおりです。
立てた仮説を検証する方法はいくつかありますが、MAを活用すれば仮説をもとにマーケティングメッセージを立案。コンテンツに落とし込み、顧客の反応を測定可能です。
つまり、自社の営業担当者のバイアスをかけずに既存顧客に対し自社の新規製品や技術の案内できるようになるのです。すでに海外拠点でもMAを導入している企業であれば、マーケティングメッセージを現地スタッフと協議しローカライズした施策の実装も可能でしょう。
ただし、ここでポイントとなるのは「海外拠点のイニシアチブを日本側がもっているかどうか」という点です。
1つのデータベースをグローバルで活用することを「シングルインスタンス」といいます。各国で独自のMA運用を推進する場合は「マルチインスタンス」と呼ばれる方式が採用されます。
日本主体で海外拠点のマーケティング調査をするためにMAを活用する場合は、前者のシングルインスタンス方式である方が施策を推進しやすい環境であるといえるでしょう。
自社のMAの海外展開のポイントについては、MAの海外展開を実現させる勘所|シングルインスタンス・マルチインスタンスの選び方を解説のインサイトもご覧ください。
現地スタッフとの連携
冒頭でご紹介したとおり、日系企業の海外現地法人の売り上げは上昇傾向にあり、北米、欧州を中心に現地従業員の採用も増えています。
グローバル戦略では「Think global act local (地球規模で考え、足元から行動せよ)」といわれることもあり、BtoB領域における韓国市場参入のあり方でも解説したように国や地域ごとに合ったマーケティング戦略を考える必要があります。
そのような海外での新規事情探索において、ローカライズしたマーケティング戦略の立案、実行を成功させるには、現地スタッフとの連携することが重要です。
現地スタッフには営業としての役割を期待されて採用される場合が多く、現地の既存顧客のルート営業がメインとなっており、足元の営業成績に直接貢献できない「新規探索活動 」への協力に消極的なケースが往々にしてあります。
この場合、日本のマーケティングとしては、新規探索活動への協力を仰ぐだけでなく「現地での営業活動のサポート、支援」も同時にできる施策にするなど、お互いの立場を理解したうえで「Win-Win」となる形で現地スタッフに提案する工夫が必要です。
現地スタッフの協力を得て連携強化をするためには、言語や文化の壁を越えて日ごろからコミュニケーションをこまめに取り、信頼し合える関係性を築いておくことも必要です。
探索活動には海外においても「市場の声」を収集することが重要
海外市場も国内と同様に仮説検証が必要ですが、商流や文化の違いから海外特有の苦労も多分にあります。
筆者自身、国内製造業のお客さまのマーケティング戦略を策定している段階で、「エンドユーザーのニーズがわからない」「ニーズを集める仕組みがない」という課題がよく挙がります。
では、実際問題としてどのようにして「市場の声」を拾っていけばよいのでしょうか。
BtoBビジネスでは、すでに市場に出回っている製品のエンドユーザー調査すらままなりません。ましてや、まだ製品になっていない技術やサービスのニーズをヒアリングするためには、「誰からどのように聞くか」戦略を立てることが特に重要です。
前章でお伝えしたとおり、海外市場でのマーケティング活動でも、MAツールを活用することができます。MAを活用した仮設検証では「どのような属性の見込み顧客に対して何を聞きたいか」を定めたうえで、マーケティングメッセージを策定していく必要があります。
誰に聞くべきか“めぼし”をつける(=ターゲティングする)際には、調査レポートの参照も大いに役立ちます。加えて、現地スタッフの知見を活かしたターゲティングを行い、施策に対する顧客の反応を収集することで、より効果的な仮説検証が可能です。
アウトバウンドコールの活用がもたらす顧客インサイト
MAで仮説検証をする場合、ターゲットとなる企業の従業員データがすでに自社のデータベースに存在することが前提となります。
新規のターゲット群が「見込み顧客として自社のデータベースに入っていない」「顧客接点がない」場合、あるいは「そもそもMAを導入していない」ケースでは、まずはアウトバウンドコールが必要になります。
アウトバウンドコールでは、ターゲティングした顧客から「生の声」を取得できます。
MAでの施策と比較すると、今まで関わることのなかった領域の顧客から効率よく詳細なニーズをヒアリングでき、自分たちでは思いもよらなかった顧客ニーズまで聞き出せることもあります。
特に、初期段階に立てた仮説は自社の知見や想像の範囲内でしか立てられません。しかし、今まで話したことのない業種・立場の人々に直接話を聞くことで、自社視点の技術の紹介にとどまらず、実際に市場が求めている“想定外”ニーズを収集することも可能です。
加えて、実際に会話をしていくことで「関係構築のきっかけを作れる」という点も、アウトバウンドコールのメリットとして挙げられます。
アウトバウンドコールをきっかけとし、自社のエンジニア・研究者起点で見込み顧客と情報交換できる関係性を築いておくと、市場ニーズと自社シーズが一致したとタイミングで他社に先駆けて自社に声がかかる可能性もあるでしょう。
確かに、アウトバウンドコール自体を受け付けていない企業も少なからず存在するため、万能な策とまではいえないのも事実です。しかし、アウトバウンドコールのヒアリングから得られる情報は、自社製品・サービスの開発やビジネスモデルを検討する際に役立つインサイト獲得に繋がるため、海外マーケティングでも積極的に活用するのが有効です。
おわりに
筆者自身、実際に数多くの海外マーケティング戦略の策定や支援に携わるなかで、クライアントが現地法人とのコミュニケーションに苦労するケースも多く目にしています。
海外での新規事業探索活動は、「ローカライズしたマーケティング戦略」「MAの活用」現地スタッフとの連携」が強力な武器となります。しかし、その全てが最初から揃っている企業は多くはないでしょう。
グローバルの市場データはインターネット情報や調査レポートから得られる場合もありますが、実際に接点を持てば、想定外のニーズの収集や関係性構築のきっかけをつくることも可能です。
海外での活動ではローカライズしたマーケティング戦略をつくることが成果の最大化に繋がります。そのためには現地スタッフとの連携が大きな役割を果たします。
その上で大切なのは、自社のデジタルマーケティングの取組状況や探索活動の成熟度によってMAやアウトバウンドコールを組み合わせたアプローチ方法を考え、仮説を社内で留め過ぎずに“検証”の一歩を踏み出すことです。
「Think global act local (地球規模で考え、足元から行動せよ)」を実現させるためには、まず行動してみることが求められます。
- 一般社団法人 日本旅行業協会「ポストコロナにおけるさらなる成長と発展に向けて」https://www.jata-net.or.jp/wp/wp-content/uploads/press/FINL-2023press-conference-.pdf [↩]
- 経済産業省「海外現地法人四半期調査(2023年4~6月期)」https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230927004/20230927004.html [↩]
- 総務省統計局「統計でみる 日本の科学技術研究」https://www.stat.go.jp/data/kagaku/kekka/pdf/02pamphlet.pdf [↩]