Marketing Strategy

<後編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説

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2回にわたり、VUCA時代にイノベーションの創出を行うために必要な「両利きの経営」について解説する連載企画。前編記事では、両利きの経営に関する基本的な考え方に加え、日本企業が両利きの経営への取り組みを進めるにあたって陥りがちな「サクセストラップ」について解説しました。 

後編となる本稿では、日本企業が苦手とする「探索」領域に臨むにあたって、新たな“知(情報)”を組織に定着させるためのポイントと、それにあたってマーケティングが担うべき役割について解説します。 

両利きの経営実現に向けてマーケティングが果たすべき役割 

「両利きの経営」についてあらためて整理すると、既存事業を強化する「深化」領域と、新たな“知(情報)”を獲得する「探索」領域への取り組みが企業内で同時に実現している状態です。 

大企業にとっての新規事業における競争優位性は「知の深化」によって獲得した、既存事業のリソースとなります。そのため、「知の探索」を担当するチームが新たに獲得した“知”を既存事業で活用し、「深化⇄探索」のシナジー効果を発揮することこそ、まさに両利きの経営の醍醐味であると言えます。 

ここで、両利きの経営実現に向けてマーケティングに求められることとは何でしょうか。それは、マーケット視点で市場の知を獲得する」ことに加え、「獲得した知をいつでも取り出し可能な状態にする」ことです。 

ここで「マーケット視点」と述べたのは、既存事業に比重が傾くと、どうしても「既存の顧客視点」で事業について考えてしまうことが理由となります。両利きの経営を実現するためには、短期で商談化に繋がらなかったとしても、将来性を見込んでたとえ現在取引がなくてもアプローチをする必要があるのです。 

前回記事では、ダイナミック・ケイパビリティにおいては「ニーズとシーズ(技術)を一致させる」ことでイノベーションが創出されると述べましたが、「マーケティングはニーズから始まる」と言われるように顧客ニーズを起点にした取り組みを行わなければなりません。 

とは言え、一概に「ニーズを獲得する」と言っても、ニーズの“取得”と“理解”は別レイヤーの話であり、それぞれが違う難しさがあります。 

そのため、「深化」と「探索」の両立に向けて顧客ニーズや市場視点を収集するにあたっては、「顧客接点」を有効活用するため「マーケット」に関するインテリジェンスを保有するマーケティングが重要な役割を果たすのです。 

 

組織が“新たな知”を獲得していく「学習の循環プロセス」 

前章では知の獲得と、それを取り出し可能にすることについて述べました。ここでは、企業組織に新しい“知”が根付くまでのプロセスについて整理します。

組織学習は、循環プロセスとして3つのサブプロセスのサイクルで説明できます。 

  組織学習の循環プロセス​  

サブプロセス1:サーチ」は組織や人が行動することで経験を得る段階です。一方で、人の認知には限界がありますので、この時点では自社認知の範囲外にある新たな知は充分に探索しきれません。 

サブプロセス2知の獲得」のフェーズでは、得られた経験を通じて、新たな知を獲得できるようになります。この知の獲得方法は、さらに以下の3種類に分解されます。 

  1. 経験で得た知とすでに持っている知を組み合わせる 
  2. 技術提携などで外部から手に入れる 
  3. 同業他社など他社の経験を観察する 

 サブプロセス3記憶」の段階まで進めば、新しく生み出された知を組織に保存することになります。この際、保存だけではなく、必要なときに引き出せる”体制を構築しておくことが重要です。 

このサブプロセス3における「知の保存」は「①組織メンバー個人の脳内記憶→②モノやツールに記録保存→③プロセスの標準化」の手順で行います。

対して「知の引き出し」は獲得した知を俗人化させず、組織で常に引き出せるようにシステムなどを使って仕組み化するため、組織体制の整備+情報共有の文化の醸成を行わなければなりません。 

 

探索領域への取り組みでは「デマンドセンター」の構築が求められる 

以上を踏まえると、探索を進める上では、新規市場の開拓・新しい組織能力の獲得が求められると言えます。 

これらは既存の取り組みの延長で出来るわけではなく、探索を進めるという”スローガン”に終わらせないためには、マーケティング・営業・顧客サポートが部門間の垣根を超えて連携する必要性にも迫られるでしょう。 

一方で、ルート営業に慣れた日本企業においては、アウトバウンド的に能動的に情報を取りに行く機能が備わっていないことが問題になります。つまり、「新規領域に関する知識の獲得」をする組織能力がないとも言えます。

さらに、情報をためるプラットフォームもないため、そのままでは「獲得してきた知(顧客ニーズ)をいつでも引き出せる」状態にはなりません。 

そこで必要となるのが、同ブログ内でもたびたび紹介している「デマンドセンター」の構築であり、これこそが両利きの経営に向けてマーケティングが行うべき取り組みです。 

BtoBのデマンドセンターとは?今こそ顧客志向の仕組みづくりが必要な理由でも述べた通り、デマンドセンターとは全社における「市場戦略を実行する仕組み」「顧客接点機能」を“集結(セントライズ)”させることです。 

デマンドセンターの主軸は“知(情報)”そのものであり「インバウンド/アウトバウンドを組み合わせた“知の取得”」「プラットフォームと運用ルールが揃った“知のマネジメント”」が揃った組織機能を構築できます。 

デマンドセンターでは現状把握と市場情報を中心とした迅速な意思決定の基盤構築が目的です。その結果として、「新たな知の探索」における軸を、意識的に市場ニーズや顧客に向けられるようになりますので、サクセストラップを組織全体で回避できるように働きかけられるようになるでしょう 

 

デマンドセンター型と従来型マーケティングの違い 

それでは、デマンドセンターと従来型のマーケティングの違いとは何でしょうか。 

既存の知と新たな知を溜めるだけでなく、新たな知情報を取りにいき、それらを次の意思決定に活用する体制構築を行います。

これによって、自社から遠く離れた知を獲得するために軸を市場や顧客に向ける必要がある「探索領域」において、迅速な意思決定の基盤を築くことができます。 

デマンドセンターと従来型のマーケティングの違い​

 従来型のマーケティングでは、顧客に対してアプローチしようと考えた際、自社視点で戦略設計を行なってしまうため変化する顧客ニーズに対応しきれず、対応しようとしたとしてもマニュアルで施策をコントロールしなければならないため、画一的なタッチポイントのみしか持てませんでした。 

それに加え、各部門も部門最適で目標を立てるなどサイロ化しているため、全体最適が図れない構造上の課題を抱えています。 

一方で、デマンドセンター型の施策のポイントは、顧客視点に立った上で、顧客体験を最大化するために社内の連携や仕組みを整える点にあります。 

デマンドセンター型のキーワードは「Always On」であり、デジタルテクノロジーを活用して、MA (マーケティングオートメーション)に代表される自動化やパーソナライズができます。そのため、顧客が欲しいときに欲しい情報(ライトタイミング・ライトコンテンツ)の提供をしやすいのが特徴です。 

その上では、データ活用が重要になり、データドリブン・データ分析といった技術が求められます。 

通常、マーケティングにおいてはリードを獲得し受注に至るまでにまずニーズを引き出し、そのニーズに対する自社商材を提案する。その上で顧客の中で予算などをつけてプロジェクト化してもらうというプロセスを踏みます。 

それに対して、「深化とは違い探索においては、引き合いを待つのではなく自社から市場へ働きかけ=アウトバウンド)、ニーズを獲得する必要があります。その上で、必要に応じて新規開発もする想定で、自社の技術やサービスと顧客のニーズを結び付けなければ、成果は得られないでしょう。 

インバウンドはある程度ニーズ」「ウォンツも持ったうえで問い合わせてくるため、購買力をかねそろえたデマンド」の状態まですぐに持っていけるケースが多々あります 

しかし、アウトバウンドは自社が起点となってニーズやリードを獲得することから始める必要があるため、同じようにデマンドを伴った状態まで持っていく難易度が高いのです。 

顧客に対してパーソナライズされたコンテンツを届けるだけでなく、部門間連携により統合された施策を実行するため、新しい施策をより効果的に行うことが可能になります。 

両利きの経営における“勝ち筋”としては「既存事業(深化)で培った顧客基盤やノウハウを、新規の取り組み(探索で活用できる」状態があげられます。 

既存事業の顧客基盤はもちろんのこと、デマンドセンターが深化領域でうまく機能していれば、探索領域においてもスキームや基盤(システム)などをいちから構成するのではなく転用することが可能です。 

さらに、探索ユニットが獲得した“新たな知”については「既存事業に還元できる」というシナジー発生の余地が生まれ、既存の知と新たな知が混ざり合った結果としてイノベーションの原点となります。 

 

探索領域で必要となるデマンドセンターの構築 

マーケットワンではグローバル規模でクライアント企業のデマンドセンター構築をサポートしていますが、探索の方向性と実現手段をマーケティング戦略に落とし込むため、以下のフレームワークを用いています。 

  マーケットワンのデマンドセンターフレームワーク​

 上図の通り、まずは既存の引き合いに加えてプッシュ型による「探索」を掛け合わせ、顧客への包括的なアプローチを目指します。 

プッシュ型施策の代表例として、近年注目を集めているABM(アカウントベースドマーケティング)がありますが、こういった施策を組み込むことによって、従来の業界・市場ごとに最適化した戦略を立てる必要がなくなります。 

組織でイノベーション(新たな知)を創出するためには自社の技術(シーズ)顧客のニーズを結び付けなければなりませんので、そのためには引き合いだけはなく自社からも市場への働きかけも求められます。 

日本企業は高い技術力を武器とした「深化の領域」で事業を拡大してきたケースが多くあります。そのため営業やマーケティングなどの顧客接点部門だけなく、設計や開発も含めた会社全体で「マーケティング的思考」を持たなければなりません。 

事業の「深化領域」では、“自社に興味がある顧客を発掘していくことが重要であり、そこでは顧客に対する製品やサービスの正しい説明(営業視点)が求められるためです。  

しかし、新規事業の開拓である「探索領域」には自社が興味のある顧客へ働きかける必要があるため顧客へアプローチする際には「顧客視点」がセットになっていることが不可欠となります。 

かねてより関係性のある顧客に既存製品を売り込む「深化」と、新規の顧客もしくは新規の商材導入を目指す「探索」では、そもそも取得すべき情報やその引き出し方が異なります。 

売りたい相手と売るものが変われば、必然的にその売り方も変えていかねばならないということです。 

既存の売り方は通用しない探索領域の取り組み​

 

日本企業では新規領域ほどマーケティングに取り組みやすい 

日本企業では営業の概念が広義であり伝統的にマーケティング機能も内包していることが多くありました。加えて、「営業」「マーケティング」部門があっても両部門の責任範囲が曖昧になっているケースも散見されます。 

そのため深化に関しては、既に担当がついている既存営業とマーケの役割分担を明確にするところから始めなければなりません。 

探索」の取り組みに関しては、その領域・見込み顧客に担当の営業が付いておらず、マーケティング主導で進めることができるため、取り組みの成果を出しやすいことも多くあります 

両利きの経営に向けた取り組みでは、マーケティングが積極的に部門間の“知”を結集させれば、新しい取り組みの社内浸透をより加速させられます。 

それにあたっては「インターナル・マーケティング」がマーケット・イン型の事業開発を加速させるの記事でも解説した通り、取り組みを自部門で完結させるのではなく、時間をかけて他部門を巻き込んでいく地道な活動も必要です。 

 

まとめ 

変化の激しい時代において生き残るため、新たな領域を拡大する「探索」への取り組みが伴った「両利きの経営」実現によるイノベーションの創出は、もはやあらゆる企業で不可欠となっています。 

一方で、「探索」領域への取り組みを進めるためには、自社視点で顧客ニーズや市場にアプローチし、新たな“知(情報)”を獲得するだけでなく、いつでも引き出し、既存事業とのシナジーを発揮できるようにしなければなりません。 

そこで有効なのが、マーケットに関するインテリジェンスを保有するマーケティングが主体となったデマンドセンターの構築です。デマンドセンターを中心としたナレッジメントの仕組みを整えることで、「知の獲得」「知のマネジメント」が揃った組織機能を構築できます。その結果として、獲得した“既知の知”と“新たな知”を組み合わせることで、イノベーションの創出につながるのです。 

前編と後編を通じて、両利きの経営とは何か、マーケティングがイノベーションの創出にどのように貢献するかを解説しました。 

本内容をスライド形式で図解・解説したホワイトペーパーを作成しましたので、あわせてご確認ください。 

「両利き経営」とは?VUCA時代の日本企業に必要な訳