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【ストーリー】JFEスチール研究所:収益化を見据えた 新規事業開発に挑み 道を拓いてきた5年の軌跡

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一般に研究開発といえば、ビジネスの最上流に位置づけられ、市場との接点を担うマーケティングとは直接結びつく印象はあまり持たれていないかもしれません。まして、それが歴史ある大企業の研究所ともなれば、なおさらでしょう。

日本を代表する鉄鋼メーカーの1社であるJFEスチール株式会社では、鉄という主軸事業が堅調に営まれているかたわらで、2017年にJFEグループの総合力を活かした非鉄系機能材料の開発・実用化を目指すために立ち上げられたのが「サステナブルマテリアル研究部(発足当初は機能材料研究部)」です。ゼロから始まった取り組みはグループ会社を巻き込みながら前進し、“研究×マーケティング”という斬新な試みを実践してきました。

今回はマーケットワン・ジャパン代表の山田理英子が、この新規事業開発を率いてきたJFEスチール株式会社 スチール研究所 サステナブルマテリアル研究部の増岡 弘之氏と須藤 幹人氏に、お話を伺いました。

すべては、研究部内で巻き起こった好奇心と研究魂の共鳴から始まった

山田理英子(以下、山田):JFEスチールは言わずと知れた日本トップクラスの鉄鋼メーカーですが、社名の通り“鉄”のイメージです。確たる主幹事業を営みつつ、新規事業のイノベーションを担う新しい研究部、その名も「サステナブルマテリアル研究部(以下、サスマ研)」を立ち上げたとなれば、どんなミッションのもとに何に取り組んでいるのか非常に興味が湧きます。

須藤幹人(以下、須藤):2017年10月の設立時は、スチール研究所の中の機能材料研究部という組織でした。機能材料の分野においては、グループ会社がさまざまな研究開発を行っていたのですが、自動車を始めとしたマルチマテリアル化が更に加速するこれからの世の中では、ヒット製品を迅速に生み出し続ける必要があります。そのためには、グループ各社間で人材交流や情報共有を強化しなければならないと危機感を抱いた経営陣から、「まずはグループ力を結集した研究部という箱をつくる。そこで何をすべきか、考えて見つけるところから始めてくれ」とミッションを掲げられ、動き始めました。

増岡弘之(以下、増岡):私も須藤もJFEスチールのプロパーですが、グループ会社のJFEケミカルやJFEミネラル各社の研究員も、兼務という形で所属することになりました。ただ、懐疑的だったとは思いますよ。親会社の招集なので来てはみたものの、「鉄の研究員に一体何ができるんだ?」と。

JFEスチール株式会社 スチール研究所 サステナブルマテリアル研究部 主任研究員 増岡弘之氏

山田:当時、お二人のお気持ちはいかがでしたか?

増岡:正直、自分たちも「何をどこまでできるんだろう?」と不安に感じていました。二人ともそれまで、飲料缶や自動車用の鋼板など、鉄の研究しかしていませんでしたから。一方で、私は鉄の研究を続けていくことに疑問を感じ始めてもいました。会社の未来をつくりたい、非鉄も含めた新しい機能材料の研究開発に挑戦したいという想いが原動力となって、自ら異動を志願することにしたんです。

須藤:私は鉄の表面処理に関する研究開発を行っていましたが、いろいろな事情から製品化は叶いませんでした。とはいえ、技術自体は非鉄分野でも生かせるんじゃないかと考えて研究を継続していたことが当時の研究所幹部の目に留まり異動となりました。

山田:企業の持続成長を見据えると、新製品や新規事業が重要であることは明らかです。でも、言うは易しです。新しい組織で追い風を生み出すには、どんなことが必要でしたか?

増岡:我々は研究員なので、「結果を出すのみ」です。結果を出せば、おのずと周囲の見る目が変わってきます。第1段階では、グループ各社では解決できなかった課題に対し、メカニズムの解明に取り組みました。そして、解明したメカニズムに基づいて高性能化の指針をグループ会社へ提案することを積み重ねていきました。地道に励んでいくうちに、グループ会社の研究員からも「この人たちとなら、新製品開発ができるかもしれない」という機運が高まっていくのがわかりました。

須藤:結果を見せ続ければ、グループ内の多方面から声が掛かって連携することができる。一旦横串を通すことができれば、やれることが増えていく……と、ポジティブな波が連鎖していくようでした。その波はやがて次世代電池向け素材の開発へとつながっていくんですが、最初の頃は若手ばかりを集めた勉強会のようなワークから始まりました。機能材料研究部だけではなく、他の研究部やグループ会社からも有志を募って……。

山田:新しいものへの好奇心や研究者魂の共鳴が、会社や部の枠組みを超える力になったのでしょうね。誤解を恐れずに申し上げると、ゼロベースの議論の先に未来を紡ぐ種を見つけるなんて、まるで走りながら模索するスタートアップみたいで意外だな、と感じました。

増岡:まさしくそうなんです。実際には、そうならざるを得なかったというか……。鉄の研究なら、先輩や上司の経験や知見で、ある程度の正解がわかります。ところが、それを非鉄材料、例えば次世代電池に置き換えた瞬間、先導者は誰もいない。答えがないなら、横のつながりで突破していくしかありません。知識を持ち寄って答えを探すほかなかったんです。

須藤:極端に言うと、鉄と電池では使う言語からしてまるで別物。スチール社内の成果報告会でも、鉄一筋の幹部に対し、我々は翻訳者のように電池開発の説明をすることに一所懸命になっていました。

山田:鉄の本丸である御社から見ると、お二人はきっと異端児のように映ったのかもしれませんね。

増岡:実際のところ、周囲は「どうして鉄の研究をしないんだ?」と思っていたはずです。

山田:そういう見られ方は、つらくはなかったですか?

増岡:それがそうでもなくて。むしろ、会社の中ではマイノリティでも、社会の潮流においては、我々が中心にいると感じていました。というのも2018年当時、電池が必須の電気自動車は現在ほど普及していませんでしたが、これから絶対に伸びていく分野だと我々は信じていました。だからこそあの段階で、未来につながる研究開発の先手を打たねばならないという確固たる信念があったんです。事実、電気自動車の普及に伴い、経営幹部からの見られ方もどんどん変わっていきました。

積み上げた成功体験を糧に、研究開発とマーケティングを結びつけるフェーズへ

JFEスチール株式会社 スチール研究所 サステナブルマテリアル研究部 主任研究員 須藤幹人氏

山田:第1段階では各社ができることをとりあえず持ち寄って、小さな成功体験とお互いへの信頼を積み上げた。そして、その先の第2段階に入っていくわけですね。

須藤:まずは、グループ各社の困りごとを共業によって解決していこう、と集まったのが第1段階。グループ各社の機能材料チームが通常業務と別に集まりガヤガヤと勉強会をしていた頃です。「これできる?」とお互いに聞きあって、助け合う。行き当たりばったり、まさに走りながら考えるアジャイル方式でしたけれどね。

そして、攻めの姿勢に入ったのが第2段階です。グループ会社内の強みとシーズが生かせそうな、あるいは将来ニーズが高そうと思われる開発テーマを選定し、実験なども行いながら具体的に動き出しました。このテーマだったら横で繋げられるよね、と自発的にグループ各社に働きかけて。ある程度実験を重ねて「これでいけそうだ」と確信が持てたところで、各社の研究幹部からも承認をもらうことができて、ようやくサスマ研(旧機能研)主体のグループ横断テーマを推進できたのがこの頃です。

増岡:「グループ各社横串で強みをつなげて新規事業をつくる」というサスマ研のミッションにぐっと近づいたのが第2段階です。

須藤:そして、今がまさしく第3段階。収益をつくるからには、JFEグループ内の視点だけではなく市場全体に着目していこうというステージです。研究と市場を掛け合わせた新規開発を推し進めるために、マーケティング領域に踏み出そうとしています。シーズはあるけれど、それがニーズと合致するのかどうか検証する必要があった。そのタイミングで、マーケットワンさんに出会いました。

山田:それにしても、長年モノに向き合ってきている研究員の方々が、最も顧客に近いマーケティングに自ら踏み込むというのは、なかなか例のないケースではないかと感じます。

増岡:最初の立ち上げから数えて5年が経ち、新しいこと“だけ”やっていてもダメな段階に入りましたからね。収益についても考えなくてはならない段階に入りましたし。

須藤:開発したら売らなければならないのに、我々にはまだ顧客がいない。買われるかどうかわからないモノを作っていても仕方ないんです。その意味で、我々自身で顧客を見つけてこようというアイディアは、すんなり腹落ちしています。

増岡:研究員は、ともすると実験室で研究にのめり込こんでしまう傾向にあります。対象が鉄であれば、研究自体が正しい方を向いているかどうかは社内で議論すれば判断できますが、新規事業では正確な判断ができません。少し間違えれば、研究に没頭しすぎるあまり、本当に顧客が求める仕様や用途から外れたモノを作ろうと頑なになってしまいかねない。

マーケットワン・ジャパン合同会社 代表 山田理英子

そこで私たちは、もっと性能を上げるのか、別の性能に目を向けるのか、実際の市場ニーズに基づいてどんどん方向修正していく必要がある。その過程で「それ、いいね」と言われた瞬間、その相手は製品を買ってくれる顧客になるはずです。

山田:まさに、研究開発からマーケティングまでが、ぴたっと結びついているんですね。

新規事業前進のカギは、外へ飛び出し、常に仮説検証の足を止めない覚悟

山田:機能材料研究部の立ち上げから現在のサスマ研での活動に至るまでにおいて、一番大変だった時期はいつでしたか?

須藤:常に“今”が一番つらくて大変です(苦笑)。「これまでと同じじゃダメなんだ」という強迫観念というか、変化を求め続けようとする切迫感というか……。鉄の研究をしていた頃は、性能を上げるという明確なミッションのもと、それに邁進していました。ところがサスマ研では、進む方向を見定め、仮説検証のため外へ飛び出し、ニーズを汲んで研究開発に落とし込んで……、と自分自身を常にアップデートし続けていかなければ追いつけなくなります。

増岡:直近で言うと、私は鉄粉の研究開発に携わることになりました。鉄鋼事業の中では小規模な事業ですが、会社の将来の収益に貢献する事業へ変えていくのが今のミッションです。しっかりと収益を生み出せる事業として自立し、ゆくゆくはグループ会社として名を連ねられるようにと、大きな夢を思い描いたりもしています。

山田:単発のプロジェクトで終わらせず、事業化していく未来につなげていきたい、と。

増岡:新規事業に携わったことで身についた視点かもしれませんね。JFEスチールは歴史の長い企業ですから、規定路線を定刻通りに電車を運行させることは上手なんです。それができるだけの知見も基盤もありますから。それは当社の強みだと思いますが、新規事業はどちらかといえば、お客様が求める新しい駅をどこに作るかを担うもの。良し悪しではなく、そもそもやるべきことが違うんですよね。

山田:おっしゃるとおりですね。先ほどの強迫観念のお話ですが、同じことを続けているだけでは淘汰されるのは、マーケティング業界でも同じです。弊社はもともと、営業効率化の文脈でのマーケティング支援に特化していましたが、いずれ必ず頭打ちになる時期が来る、新しい展開を模索したいと常に考えていました。とはいえ、どの業界のどんな企業に、どんなニーズがあるのかわからなかった。ひたすら仮説検証を繰り返していくなかで見つかったニーズの一つが、JFEスチールさんのように研究領域の新規開発にマーケティングが生かされるという道筋でした。お客様の支援をしつつ、自らも常に新しい展開を求めて動き続けている会社なんです。

須藤:なるほど。私たちはメーカーなので、競争力の源泉は自分たちの持つ研究開発力です。ただ、新たに生み出したものをどこで生かすか、その方向性や、打ち出すモノの価値を見つけ出すには、外の声を取り込み、市場と接点を持つことが重要なのだと改めて実感しています。具体の要望を取り込むだけでなく、潜在的な市場やニーズを自ら取りに行って仮説検証を繰り返すことが、新規事業開発を前進させるカギなのかもしれませんね。

増岡:「世の中に必要とされる」という意味で正しい方向に進む道しるべは、顧客の声の中にしかないと思っています。社内、あるいは実験室の中で素晴らしいアイデアや性能が生み出されたとしても、それを自画自賛しているうちは、まだそこに本質的な価値はない。あくまで私たちの取り組みの評価者は顧客であって、「その製品が欲しいです」あるいは「そんなものはいりません」という一言こそ、照準を合わせるべき本質であるはずだと、改めて感じています。

>> 後編に続く

プロフィール

JFEスチール株式会社 スチール研究所 サステナブルマテリアル研究部 主任研究員 増岡 弘之
2004年JFEスチール株式会社 スチール研究所 表面処理研究部入社。13年間は自動車用鋼板の表面処理に関する研究及び開発技術の海外展開に従事。2017年10月に機能材料研究部(現サスマ研)発足とともに異動。機能粉グループのグループリーダーとして、磁性材料、放熱材料及び鉄系電池材料の研究開発を担当。

JFEスチール株式会社 スチール研究所 サステナブルマテリアル研究部 主任研究員 須藤 幹人
入社して最初の3年間は飲料缶向け鋼板の高強度化や鋼板の成型技術に関する研究に従事。その後、電気鍍金や化成処理等の表面処理に関す研究を5年間担当。2017年10月に機能材料研究部(現サスマ研)発足と共に異動。現在は電池材料グループのグループリーダーとして、電池用素材の研究開発を担当。

マーケットワン・ジャパン合同会社 代表 山田 理英子
2006年にMarketOne International Groupのアジア初拠点であるマーケットワン・ジャパンを設立。以来17年間代表を務め、日本市場向けのサービスと体制づくりに従事。2016年より、世界に8拠点をもつMarketOne International Groupの Senior Vice Presidentを兼任。

Text:Aki Kuroda
Photo:Takumi Hatano
Edit:Tomoko Hatano