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【対談】ナブテスコ:"知的財産経営戦略"の立案から定着 そしてイノベーションリーダーへ

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一般的に、知的財産(知財)と言えば、新しい技術的アイデア(発明)の価値を権利として守る、他社の特許侵害をしないという“守り”のイメージがあります。しかし昨今、知的財産が持つ付加価値をビジネスに生かして他社優位性の確立や競争力向上につなげるなど、“攻め”の姿勢が求められるようになってきました。とはいえ、その必要性を理解してはいても、実践するための課題を抱えている企業も多いことでしょう。

そうしたなか、ナブテスコ株式会社では「知的財産経営戦略」を掲げ、持続的なイノベーション創出をリードするべく全社を挙げて取り組んでいます。知財を活かした戦略的なアプローチで、新規事業の探索や事業化への挑戦の同社の取り組みについて、技術本部 知的財産部長 兼 イノベーション戦略室弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)井上 博之氏にお話しいただきました。

ナブテスコのDNAに根付くのは「会社のために=お客様のために」の精神

大橋:ナブテスコと言えば、モーションコントロール技術を中核として多様な産業向けに製品や技術を展開されているBtoBメーカーですが、改めて会社の成り立ちや技術についてお聞かせいただけますか?

井上:当社は、2003年に旧ナブコと旧帝人製機という2社が合併して誕生しました。鉄道車両用のブレーキ装置や繊維機械の製造販売を皮切りに、時勢のニーズに合わせて産業用ロボットや航空機・船舶・商用車等の部品や建物用自動ドアの製造など幅広く展開してきました。

ナブテスコ株式会社 技術本部 知的財産部長 兼 イノベーション戦略室 弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)井上 博之氏

井上:2社の唯一の共通項は油圧機器の製造で、建設用機械のバルブやクローラを駆動する走行モーターなどを製造しています。グループ会社にはレトルトパウチのメーカーや世界で初めて3Dプリンターを作った企業もあり、非常にニッチかつ多様な事業を営んでいるのが、ナブテスコの特徴と言えます。

大橋:それだけ多様な分野で事業を展開されるとなると、必然的に知財も多様化すると思います。そのような環境で知的財産経営戦略を打ち出されていたのには、どのような経緯があったのでしょうか。

井上:最初のきっかけは多くの企業と同じように、事業競争力の源泉のひとつである知財をいかに守るか、という考え方でした。特に当社はニッチな領域で商売をしているので、一度市場をひっくり返されると取り戻すのが大変なんです。そこで、特許などの技術面のみならず、ノウハウや顧客との関係性など、複合的に参入障壁を構築し、市場における自社の競争力やポジションを保護するよう尽力していました。

2012年頃からは、知財による参入障壁だけでなく、さらにビジネスの川上から能動的に関与していこうという方針が打ち出されました。そこで、従来型の活動を行いつつ、現在で言うところの「IPランドスケープ」、当時当社では“技術マーケティング”と呼んでいた取り組みを始めたんです。

大橋:ぜひ具体的に教えてください。

井上:「IPランドスケープ」とは、自社や競合企業だけでなく顧客企業やサプライヤ企業も含め、市場の研究開発や経営戦略などの動向および個別特許や技術論文などの技術情報を含め、自社の市場ポジションについて現状の俯瞰と将来の展望をもとに今後当社として取るべき方向性を示し、関係者で議論する活動と当社では位置付けています。具体的な取り組みとしては、特許情報や論文情報の他、各企業のIR情報や国内外の政策情報を含むあらゆる公開情報を全方位的に活用し、企業や個別事業の目指すべき姿を知財部から提案し、議論していこう、といった感じでしょうか。

大橋:たとえば、より会社が成長できそうな分野を考えたり、有望な分野で先に特許を押さえたりといったことですか?

井上:もう一歩進んで、事業戦略を我々から提案しよう、ということもあります。特定の技術のみならず周辺技術も含めIPランドスケープに基づいて、しっかりとエビデンスのある提案を推進しています。

大橋:なるほど。一方で、技術サイドとビジネスサイドとでは、お互いに着眼点や見ているフィールドが異なることから、埋め切れない溝を感じる企業は少なくありません。技術自体の素晴らしさではなく、いかにしてビジネスにインパクトを与えていくかという文脈で会社を動かす必要もありますね。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋 慶太

井上:その点で言えば、当社は製品を母機メーカーに納入するBtoB企業なので、会社全体として“母機メーカーが喜ぶことは何か?”という目線での開発が根付いています。たとえば、鉄道車両用機器であれば、車両メーカーが母機メーカーにあたります。技術そのものを尖らせることも大事ですが、いかにしてお客様のかゆいところにリーチするか?という意識を、合併前の旧社それぞれがDNAとしてもともと持っていたんです。「会社のために=お客様のために」であり、これは職種を問わず持っている共通認識だと思います。また全ての事業ではありませんが、母機メーカーの先にいるエンドユーザー、鉄道車両用機器の例でいえば鉄道事業者との距離も近く、母機メーカー同様、当社にとってはお客様という位置付けになっています。

大橋:なるほど。確かに母機メーカーという顧客が明確になっているのは強みですね。知財の観点から顧客のニーズに貢献していくために、具体的にはどんなことをされるんですか?

井上:母機メーカーのほうでも特許出願をされます。しかも、今現在の製品やサービスに関するものというよりは将来に向けた特許出願が多く、そこには「顧客の課題や困りごと」が明記されているんですよ。そこで、当社がリーチできるポイントを見つけ、他事業の技術なども組み合わせながら、ある程度アイデアが固まった段階で提案しに行きます。これが、もともと当社で”技術マーケティング”と呼んでいた活動のひとつでした。

現状の技術や事業の延長線上にある課題は、既存のお客様ならこれまでの長期にわたる関係から把握できています。そうではなく、もう少し領域や分野を広げたい場合、世に公開されている特許情報から困りごとを見つけ出し、提案を持っていく、といった取り組みを行っています。

大橋:いわゆるクロスセルの活動のようですね。しかし、知財や特許という軸で見ると、他社がまだ特許を取っていない状態ではどこがライバルなのかもわからないことがありませんか? こんな時は攻める、でもこういう場合は見合わせる、という判断軸が必要になりそうです。

井上:事業部門の判断もありますが、当社としてやりきれるかどうかという観点は重要です。提案する以上、顧客から「もういいです」と言われるまでは寄り添い続けなければいけません。マネタイズまでの期間や充てるリソース、成功可能性などさまざまな観点を踏まえたうえで、最後までやりきれるかどうか考えることになります。

報酬や査定などの仕組み化によって、新しい取り組みを“当たり前”へ変容させる

大橋:次は社内の体制についてお伺いしたいのですが、知的財産戦略を掲げて取り組んでいくとなれば、一般的な知財のイメージである“守り”から、ビジネスの文脈において“攻め”に転じていくことになります。ただ、その転換は言葉で表すほど簡単ではないですよね。知財部の中を変革するのはもちろん、研究開発やビジネスサイドとも共通認識を持つ必要があり、全社を巻き込んでいかなくてはいけないわけです。方針転換によるハレーションなどは起こりませんでしたか?

井上:もともと「知財の観点から会社に役立つことを提案していこう」というフィロソフィーは根付いていたので、意識の持ち方という意味ではそんなに大きな変化はなかったですね。しかし、現在の体制になる前から知財の担当者が現場に密着して事業における調査から係争まで一貫して対応する体制ではあったのですが、それぞれの知財部の担当者が各事業の技術部と直接やり取りしながら活動を行っているような、いわゆる個人商店の集まりのような状態だったんです。そのため組織としての力はあまりありませんでした。

井上:ただ、よりビジネスの上流にかかわっていくために、組織としてベクトルを合わせて推進できるように前任の菊地部長の時代に一緒に体制を変更しました。会社としても、ナブテスコグループ全体で「知的財産経営戦略」を推進すると掲げていますから、ハレーションとは言いませんが、推進体制の構築はかなり大きな変化だったと思っています。

大橋:知財部に対する社内からの見られ方という点は、難しかったのではないでしょうか? メンバー各個人との関係性や信頼感を、知財部という組織への期待感に変えていく必要があったのではないかと。

井上:個人商店なりに社内の信頼関係はしっかりと構築されていたので、「とりあえず知財の提案を聞いてみようか」と受け入れてはもらえていました。実際に多様な活動を展開し、その評価も受けながらどんどん社内に浸透していったという流れです。

もちろん個人のスキルや知識、経験によって提案のレベルに差はあるものの、事業部門としても、まだ入手できていない情報を知財部から提供されて、これに基づいて議論することは、良い刺激になっているようです。知財部からの提案を必ずしもそのまま採用せずとも、蓋を開けてみると次期中期戦略に盛り込まれていた、ということもありますね。おそらく、だいぶ前に知財部から提案されたものと記憶されていないと思います。でも、それでいいんです。事業部門が主体的な判断と意志決定をしたことなら、実行力も高くなりますから。

大橋:最初は草の根活動から始められたんですね。現在では表彰や人事評価などの制度に組み込まれていると伺いました。

井上:やはり、個人の意識や行動に頼るだけでは、しっかりと定着させて継続できないんです。定着させるためには仕組みが必要で、仕組みをつくるのであれば会社の制度や規則にするべきだ、と。報奨制度や査定にもどんどん組み込んでいきました。なお、査定に組み込んだのは人事部からの提案でした。また関連する会議体もあるんですが、会議自体が目的になると本末転倒なので、あえて「〇〇会議」ではなく「〇〇審議」と呼んでいます。そこには、議題がなければ開催しなくていいという思想があり、経営幹部からも賛同を得ています。

前任者の時代から「知財部が何か新しいことをするなら会社として応援しようか」といった雰囲気はありましたが、制度になった結果として、経営層の意思決定として“当たり前にやること”に変容していったのだと思います。

大橋:ロジャースのイノベーター理論のセオリーではないですが。社内変革でも、イノベーターは新しい挑戦には個人として熱量高く取り組みますが、その後の組織的な動きを生み出すには、大義名分やそれこそ仕組みが必要になる。産声を上げた新たな波を止めない働きかけとしての制度化だったのだろうと思います。

井上:そうですね。モノづくりを営んできた長い歴史では、新規事業に挑戦したこともありました。しかし、やはりなかなかうまくいきません。いわゆる1000件に3件という成功率の低さですが、それでもチャレンジし続けなければいけない。そして、チャレンジし続けるためには、考える人間が必要です。彼ら彼女らのモチベーションを維持するために、最もインパクトが大きいのが報酬や査定への反映でした。しかも、本人に対してはもちろん、所属組織や管掌役員の報酬にまで影響がおよぶ仕組みになっており、更にインパクトが大きいです。

大橋:大切なのは、イノベーターからアーリーアダプター、そしてその先も取りこぼさず動かすことですしね。

井上:ルールや仕組みがあることで自分を鼓舞できるという人も一定いますし、年間800〜900件もアイデアが寄せられるようになると、なかなかおもしろいものも出てくるようになりましたよ。また、営業部隊のメンバーに対しては、顧客からニーズをヒアリングすることを評価する制度を設けています。

ポイントは、自事業部門の案件とは関わりのない事業にまつわるニーズを取ってくること。自分の関わる事業にまつわるヒアリングは単なる業務ですからね。顧客との信頼関係を活かしてさまざまな困りごとを聞き出せれば「ナブテスコはいろんなことをやっているようだから、ぜひ話を聞きたい」といった声につながることもあります。

新たな探索の軸は、揺るがぬフィロソフィーと「石橋を渡ることを後押しする勇気」

大橋:知的財産経営戦略の立案から、社内の組織や制度による定着を踏まえ、さらに次の段階に進んでいくために、井上さんは何が必要になるとお考えですか? 知財戦略を一人ひとりに自分事として根付かせ、ナブテスコの企業価値や魅力を高めていく原動力についてお聞かせください。

井上:やはり、マインドやフィロソフィーの再浸透です。当社は2030年長期ビジョンとして「未来の“欲しい”に挑戦し続けるイノベーションリーダー」を掲げていますが、その実現に必要なのは、日々の業務を通じて理想の実現にまい進する経営陣やマネジメントの姿を見せることだと考えています。今よりもっと表彰制度を拡充したり査定を厳しくしたりするといった方針は考えておらず、むしろ「制度がなくともやっていこう」とハートに響かせていく。それがビジョンの実現につながる方策であり、同時に、従業員のエンゲージメント向上にも寄与するからです。

大橋:仕組みが整ったからこそ、マインドやフィロソフィーという難易度の高い部分にフォーカスしていけるのかもしれませんね。ナブテスコのフィロソフィーはどういったものなんでしょうか?

井上:「ナブテスコは、独創的なモーションコントロール技術で、移動・生活空間に安全・安心・快適を提供します。」という企業理念を掲げています。たとえどんなに先進的なアイデアや技術であっても、“安全・安心・快適”につながらないことは決してしない。ただ、石橋を叩いて渡る慎重さは大切ですが、知財部には知財やエビデンスで石橋を渡る後押しをする役割もあると自負しています。

大橋:コアとなるフィロソフィーありきで考えていけば、多様なアイデアのなかにも同じ方向に進もうとする一本の軸が通りますしね。

井上:そうなんです。どんな領域に目を向けるか、どんなやり方で新しいアプローチを展開するかを見極める場合、必ずナブテスコのフィロソフィーに合致していることが必須です。そこがブレるとナブテスコとして取り組む意義が薄れますし、場合によっては既存事業に悪影響を及ぼす懸念すら出てきます。とはいえ、既存事業の延長線上をひたすら掘り下げても、新しい領域の探索はできません。そのバランスをいかに取るかは課題とも言えます。

大橋:なるほど。井上さんのおっしゃる通り、既存事業と新規事業は深化と探索という進み方が異なるものなので、親和性はありながらも地続きではなかなか広がらないものだと思います。顧客に現業とは異なる分野のヒアリングをするというお話もありましたが、新分野の探索もやはり自前で進めることが多いんでしょうか?

井上:CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)で、社外のベンチャー企業に投資を行うケースもあります。たとえば、既存事業とは異質で知見がない、あるいは、親和性はあるもののリソースを充てるリスクが高い場合です。ニーズが具体化した時点で当社の技術を生かして提案したり、CVCを通して新たな技術と融合させて既存事業を強くしたりと、方法はいろいろあります。ナブテスコのフィロソフィーに沿いつつ、隣接領域ではないところとタッグを組み、合意形成の上で投資をするといった進め方です。

大橋:効率的かつ効果的ですね。新しい領域を探索する方法や目的はさまざまなので、戦略的に拡大していく考え方は、他の企業にとっても非常に良いヒントになると思います。最後に、今後の展望についてお聞かせください。クライアントにあたる母機メーカーと共創しながらパートナーとして提供価値を増やしていく、そのための知的財産経営戦略の実践だと思いますが、この先の5年10年をどんなふうに進んでいきたいとお考えですか?

井上:これまでの取り組みでつくり上げてきたIPランドスケープは、我々にとっての大きな武器になると考えています。さらに取り組みたいのは、技術の変遷を過去から大局的に見つめて、未来を予測していくデータドリブンなアクションです。技術自体は進化し続けますが、実は、技術を使って“何をしたいのか”という欲求の部分は、基本的に大きくは変わらないと思っています。我々としては、積み上げてきた知見と知財を活用し、適切なタイミングでニーズにフィットする提案ができる存在を目指していきたいですね。それこそが、イノベーションリーダーだと思いますから。

既存事業の顧客に関しても、世代交代などが起こりながらもいかにファンで居続けてもらうかが大切なので、特許情報の一つである発明者情報を活用してキーパーソンとのコミュニケーションを絶やさないようにするなど、地道にかつ長期を見据えて継続する事業展開を進めていきます。

大橋:知的財産を経営戦略に組み込み、経営から現場まで全体を巻き込んだ持続的な取り組み事例として、大変貴重なお話を伺えました。本日はありがとうございました。

対談のまとめ

ビジョンやパーパスなど、企業としてありたい将来像を具体化することは有用である一方、それだけでは組織の変革を進めていくことはできません。ありたい姿、あるべき姿を「具現化する」個人の想い、行動。個人の行動を組織的な動きにしていく仕組み。組織、個人が自発的に変革を進めていける意義付け、制度設計。変革を進められる企業に共通する愚直に試行錯誤しながら困難な変革にどれだけ真摯に向き合うという覚悟と行動を、井上様との対談で感じることができました。様々な困難、課題がある中で「やるための方法」を常に考え行動していく、変革推進の王道ともいえるナブテスコ社の挑戦は多くの企業にとって有用な道筋を示してくれていると強く感じる機会となりました。

プロフィール

井上 博之
ナブテスコ株式会社 技術本部 知的財産部長 兼 イノベーション戦略室 弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)
旧株式会社ナブコ(現ナブテスコ株式会社)に入社後、R&D部門に配属。知的財産部に異動後、2012年から経営者や事業責任者の知財参謀として、「IPランドスケープ」を活用、2018年~2023年知財PeCo副会長(関西若手知財60名以上が参加する勉強会)、2020年知的財産部長、2023年イノベーション戦略室も兼務、企業価値向上のため日々邁進中。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長

Text:Aki Kuroda
Photo:Takumi Hatano
Edit:Tomoko Hatano