日本企業、特にメーカーにおいて、グローバルマーケティング推進のミッションを追いかけているものの、プロジェクト推進に関わるアセットの確保や、多くの社内関係者からの賛同を形成するハードルに苦心しているケースは少なくありません。
今回は、2023年1月に昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)として経営統合を果たした株式会社レゾナックでグローバルデジタルマーケティングの陣頭指揮を執る、コーポレートマーケティング部・竹内良一氏と、弊社マーケットワン・インターナショナル社のプレジデントであるエンリコ・ブロジオが対談。
先進的なグローバルマーケティングを行う欧米企業を例に、自社に合ったマーケティングモデルを構築していくためにはどのようなステップ、ステージを踏んでいく必要があるかについて意見を交わしました。
目次
レゾナックのグローバルデジタルマーケティングへの新たな取り組み
――自己紹介、および会社の紹介をお願いできますでしょうか。
竹内:株式会社レゾナックの竹内良一です。レゾナックは、2023年1月、昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)の2社が経営統合され創設されました。私はコーポレートマーケティング部のプラットフォームグループを率いており、デジタルマーケティングチームとCRMチームの業務を取り纏めています。デジタルマーケティングについては、2016年から活動を開始して以来、継続的に社内で活動を広げてきています。
ブロジオ:マーケットワン・インターナショナル社のプレジデントを務めているエンリコ・ブロジオです。ロンドンを拠点に、欧米のお客様向けの事業開発を担当しており、お客様・自社ともに「グローバルマーケティング」という文脈で、日々試行錯誤の前線にいます。普段はどうしても欧米中心の思考になることが多いですが、今日は、日本を主軸にグローバルマーケティングを進めるお話を聞くことで刺激を得られる大変貴重な機会です。どうぞよろしくお願いします!
竹内:マーケットワンさんは、欧米でどのようなサービスを展開しているのですか
ブロジオ:マーケットワン・ジャパンと同様、完全にBtoBにフォーカスしたサービスを行っています。クライアントの多くはITもしくは製造業の企業で、ブランディングからデジタルマーケティング、デマンド生成まで幅広く担うグローバルCMOが率いている企業が多いため、多国籍なマーケティング活動の割合が高いことが特徴ですね。
この度は、新会社のスタート、おめでとうございます!マーケティングとしての今後の展開について、どのように捉えておられますか。
竹内:ありがとうございます。私たちは毎年、CMO組織として5年後どうありたいか、を描く5年間のローリングプランを立てています。2022年度から見た2027年度に向けての我々の目標は、弊社の持続的成長に貢献する新規案件を生み出すことで、これを私達は「Potential Opportunity Analysis(新規機会創出)」=POAと呼んでいます。昨年は2桁億円の新規ビジネスに繋がる案件を創出しましたが、5年後にはその倍の新規案件をつくる事を目標に設定しています。
ブロジオ:5年後に倍!それはエキサイティングな計画ですね!それに向けて、マーケティング活動の大転換が必須なのではないでしょうか。
竹内:はい、まさにその通りです。そのためには、米国、EU、ASEANといったグローバルでの活動を拡大し、日本での活動もさらに増強することに注力しなければなりません。海外に関しては、単純なトップダウンでの統制方式ではなく、より強固な自走組織を各国に構築していくというイメージで進めています。まずマーケティング活動を分類し、1から5のレベル定義を行い、各国のレベル分けをしました。現在、日本は、自らコンテンツを作ることができる、レベル4としています。私たちとしては、2027年に向けて、国内・海外のデジタルマーケティング担当をすべてレベル5にすることを目指しています。大変高いゴールではありますが、5年後には22年比の倍の新規案件を創出できるようにするために必要なことだと考えています。
<レゾナック社 デジタルマーケティングのレベル定義>
LV.1:コンテンツは日本版現地訳活用、メルマガ配信も日本サポート要
LV.2:日本版コンテンツを現地で応用、メルマガ配信も自走可能
LV.3:メルマガ+他複数チャネルを織り交ぜてのマーケ施策実施
LV.4:現地でバリュープロポジション*を整理しコンテンツ作成、複数施策実施しKGI達成可能
LV.5:自走で複数マーケ施策推進 ⇒ データ活用からPDCA実施
* バリュープロポジション=お客様に提供することのできる、競合優位性のある自社独自の価値
ブロジオ:なるほど。各国のマーケティング組織を育てていくアプローチの指標としてのレベル分類なのですね。現状と目指す場所がわかりやすくなりますね。その規模でのグローバル拡大となると、デジタルプラットフォームの変革も必要ではないですか?
竹内:その通りです。弊社ではOracle EloquaをMAプラットフォームとして使用しています。グローバル展開に向け昨年の夏にマーケットワンさんとコラボレーションを開始して以来、御社はさまざまなテンプレートを用意してくれて、より効率的な方法を提供してくれています。そして現在では、常に顧客接点を持てる仕組みとしての「Always On」をテーマとしたサイクルを構築しようと進めています。次の5年間の成長を見据えると、「効率化のツール」という枠を超えて、ビジネス創出の基盤としてより活用していかなければなりませんから。
ブロジオ:マーケティング部門のカテゴリーやミッションの変更、転換をどのように考えているのでしょうか。
竹内: 2027年に、2022年と比べて倍の新規ビジネス案件創出という高いゴールを掲げていますが、それはKGIで、重要なのは「どのように目標に到達するか」だと思っています。目標を達成するには、海外のマーケティングチームをサポートするだけでなく、マーケティング以外の社内のステークホルダーとの連携もカギになります。各ビジネスユニットやセールス部門、R&Dの担当者たちが、製品のプロモーションやマーケティング活動を進める上でどんな課題を抱えているのかを多面的に理解し、それをひとつずつ解決しながら粘り強く活動を推し進めていくことが、設定したKGIの達成に向けて大変重要になってくると考えています。やはり、実際の現場にいる彼らのそばで問題を理解することで、初めて社内関係者から信頼されるより良いマーケターになることができると思っています。
ブロジオ:マーケターを各所に育てる、同じ方向を向きながら自走する組織をグローバル規模でつくる、社内のステークホルダーたちとの理解醸成を強固にする。このようなアプローチを大切にするというのは、持続性を大切にする日本の強さを活かした、素晴らしい考え方ですね。
ある欧州グローバル製造業の例
――今回、竹内さんから事前に「先進的な欧米企業のグローバルマーケティング事例を教えて欲しい」という質問を頂いてましたが、マーケットワンとしては、とある欧州グローバル製造業さんが良いベンチマークとなると考えてます。ブロジオさん、この会社には200人のマーケティングメンバーがいると聞いていますが、彼らの目標やミッションなどについて教えてください。
ブロジオ:この会社は80カ国にセールスチームがあり、それぞれの国の成熟度のレベルに応じて、自分たちのみでサービスを行う、あるいはマーケットワンのサポートを利用して活動するかの2種に分かれています。レゾナックさんと同じように、国ごとにマーケティングチームのスキルレベルを1から5にレベル分けし、レベルに応じて本社がさまざまなサポートを提供しています。
本社側の機能としては、特にプラットフォーム周りのルールを確立し、その利用状況を管理することに注力しています。なぜならグローバルな成果の追跡と測定、つまり、CRM上でマーケティングチームとセールスチームが同じリードをトラッキングすることができる状態をつくることを大変重視しているからです。
竹内:MAツールは何を使用しているのでしょうか。
ブロジオ:Marketoを活用しています。彼らは継続的な顧客接点を持ち、よりよいカスタマージャーニーを見込み顧客に体験してもらうことをとても重視しているため、デジタルマーケティングの基盤となる自社のDBのコンタクト数の増加を常に心がけています。そのDBを起点に自社のメルマガだけでなく、外部のメディア媒体も含めて、カスタマージャーニーをデザインしているのです。
ブロジオ:マーケティングキャンペーンを考えるチームの他に、ツールやデータの管理を行うことに特化したチームも有しています。また、非英語圏の会社であるにも関わらず、グローバルマーケティングを実施する上で、より各国の言語にローカライズしやすいように基本のコンテンツを英語で作成するなど、グローバルマーケティングを推進、管理するための工夫が整えられているのが特徴です。CoE(センターオブエクセレンス、中核拠点)と呼ばれるチームがグローバルマーケティングの推進を担っており、マーケットワンはこのCoEのチームの一員としてグローバルマーケティングの推進を担っています。
グローバルのKGI達成のためには、何を中間指標に設定すべきか
ブロジオ:この会社では、トップダウンで与えられたKGIを達成するために、4つのKPIを設定しています。1つ目は市場価値のあるコンタクトの数を増やすこと。2つ目は、平均月間アクティブユーザー(キャンペーンに反応してくれるコンタクト)を増やすこと。3つ目はパイプライン創出額、そして4つ目が成約額です。本社のあるヨーロッパとその他の地域では、自社のブランド認知度、コンテンツ量などに差があります。そうした点を考慮して、各地域のKGIを個別に設定しているのです。ブランド力の弱い地域では、幅広いブランド認知をあまり必要としないABMやLinkedinなどのSNSなどを用い、直接キーマンにアプローチするような施策を行い、KGIの達成を目指しています。
竹内:なるほど。レゾナックではKGIと紐づけた重要なKPIとして、顧客からのサンプル要求をSQL(Sales Qualified Lead)と定義しています。サンプル要求の量が新規事業のPOAにつながるからです。SQLから、POAへのコンバージョン率と原因を分析して、コンバージョン率を高める努力を継続して行っています。
ブロジオ:それは素晴らしい試みですね!御社のように、コンバージョン率を試算してマーケティング活動に生かすことは非常に重要です。なぜなら、費用対効果の向上といった側面もありますが、逆にいくらSQLを創出すれば売り上げとなるKGIを達成できるか計算できるからです。
例を出しましょう。マーケティングのKGIとして10億円の売り上げ貢献が求められているとします。1件当たりの成約額の平均が1,000万円だと仮定すると、10億円のKGI達成のためには100件の成約が必要になります。見積り提出から成約までのコンバージョン率が50%だった場合、KGI達成のためには200件の見積り提出が必要になります。さらに、200件の見積り提出の為には500件の商談が必要で、500件の商談を生み出すためには2,000件のコンタクトが必要だという計算ができます。
――KGIを達成するために、成約数、見積り提出数、商談数、コンタクト数などをKPIに設定していけば、KGIを達成するためのKPIの算出が可能になるということですね。
ブロジオ:そうです。例えばイベント出展に1000万円かかっても、そこで500件のコンタクトを新しく獲得すれば25%の125件が商談になり、商談の40%の50件の見積り提出ができれば、その50%の25件が成約可能で、25件の成約×平均成約額1,000万円=2億5000万円のリターンが見込めます。再現可能なコンバージョン率が見込めていれば、マーケティングにかかる金額を、コストや費用ではなく、成約を生み出すための投資と考えることが可能になります。この考え方を、欧米ではROMI(Return on Marketing Investment)と呼んでいます。
グローバルマーケティング戦略には、リバースエンジニアリングの思考が不可欠
――レゾナックに話を戻すと、例えば2桁億円というようなPOA目標でサンプル要求がSQLだとすると、SQLから生み出せたPOAをどのように計算するのでしょうか。
竹内:お客様から引合いを頂き、サンプルをお届けし、最初の評価でOKが出てはじめて、お客様から将来の需要量に関する情報が出てきますので、それを元にPOAの合算値を出してます。我々はマーケティング活動を行う場合、セールス部門やR&D部門など、マーケティングキャンペーンを実施する特定の製品に関係するメンバー全員とマーケティング企画会議を行い、事業部の予算、目標達成に必要なKGIとKPIを明確化しています。一方で、CMO組織としてのKGIは自組織内で設定し、KPI=SQLと紐づけて管理する手法を取ってます。
ブロジオ:御社のビジネスの場合には、さまざまな取り扱い製品があり、受注までの時間も非常に長いですよね。そのため、商談から受注までの期間が短い製品を扱っている企業のようにROMIをモデル化するのは簡単ではないと思います。とはいえ、仮説のROMIを持ちその精度を年々上げていくことは大変重要です。
KPI設定が適切かどうかも重要ですが、「KPI間のコンバージョン率を上げる」ことに各関係者の目線が一致することで、グローバルマーケティングが「何をやるか」の統制ではなく、「何を目指すか」の統制に変わるのです。また、成果を社内の他の関係者の方々に説明しやすくなるという側面もあります。
ですので、ROMIをモデル化することは長い道のりだとしても、まずスタート段階で、リバースエンジニアリング思考で仮説を持つということは、大変有意義なことだと思いますよ。
竹内:ブロジオさんのコメントに非常に鼓舞されました。私たちは常にコンバージョン率を重要視してきましたが、ブロジオさんのコメントを聞いて、もっとデータドリブンである必要があると感じました。
ブロジオ:欧米の企業では、社外から招聘されたトップがそれまでのデジタルマーケティングの習慣を短期間で変えることが求められる、というケースも少なくありません。それがいかに難しいか、想像がつくと思います。ですので、今、これからつくれる、最初からできるというのは素晴らしい機会だと思います!
竹内:はい。私たちが海外のマーケティングメンバーに対して、最初に強く伝えていることは、共にマーケティング活動を進める社内関係者の課題を理解したマーケティングプランナーであってほしいということです。ひとまずマーケティングツールや、テクノロジーのことは忘れてもらい、社内関係者とのプランニングの重要性や、KGI、KPI設定の重要性を理解してもらいます。テクノロジーにも非常に重点を置いていますが、まずは、何に取り組むべきかを計画しないといけません。徐々にテクノロジーを学びながら、同時にマーケティングキャンペーンの全体像を見渡せるような、優れたマーケターになってもらいたいと思っています。
ブロジオ: まさに、正しいお考えだと思います!先ほど例に出した企業ですが、レベル1の国のKPIを見ると、テクノロジーよりもマーケターとしての役割を考えさせ、その役割で成功するために何が重要かを理解させることに焦点を置いています。竹内さんがおっしゃることと重なるように感じます。
竹内:去年から、私たちのデジタルマーケティング活動は、劇的に変化しています。大きなゴールに向けて、やらなければいけないことはたくさんありますが、強いマーケターとマーケティング組織を各国に構築することを目指し、地道に進んでいきたいと思います。本日はありがとうございました。
ブロジオ: こちらこそ、ありがとうございました。進化の様子を聞かせて頂けるのを楽しみにしています!
対談のまとめ
デジタルマーケティングの方法論の違いではなく、そもそもマーケティングに何を求めるべきか、マーケティングの成果とは何かと言うような社内での共通認識の醸成を進めることがキーになると改めて実感しました。
マーケティングは費用では無く(目標達成のための)投資だという共通認識をマーケティング組織、経営陣の双方で築くことは、洋の東西を問わずマーケティング機能を自社内で成長、発展するために求められることだと改めて実感しました。
プロフィール
竹内良一(たけうち・りょういち)
株式会社レゾナック コーポレートマーケティング部プラットフォームグループグループリーダー
旧日立化成のエレクトロニクス関連材料部の営業を経て、2015年にマーケティング部に異動。2017年からデジタルマーケティングチームを率いマーケティング活動を展開。
2022年からプラットフォームグループリーダーとして、デジタルマーケティング活動の継続拡大と社内へのCRM(Salesforce)浸透を担い、レゾナックグループの営業&マーケティングDXを推進中。
Enrico Brosio (エンリコ・ブロジオ)
MarketOne International社のPresident 兼 MarketOne Europe社のManaging Director
2002年にMarketOneに参画して以来、ロンドンを拠点とし、ヨーロッパ地域を中心とした事業運営に加えて、MarketOneグローバル全体の新事業開発をけん引。ABMを軸とする多国籍BtoBマーケティングの実践を得意分野とし、MarketOneのハイテク・製造系カスタマーに対するアドバイザリー役を務める。