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“AI前提時代”でマーケティング組織をどのように設計すべきか?

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2025年現在、AIツールはデジタルマーケティングのさまざまな領域で活用されるようになっており、業務効率化という観点からはさまざまな組織に貢献しています。 

一方で、それは「AIにできることしかできない人材は不要になる」ことも意味しています。 

冨山 和彦氏の著作『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』では、生成AIは顧客に提供する付加価値サイドでも破壊的イノベーションを起こし、「漫然とホワイトカラー」は淘汰されると述べられています1 

同著では、今後生き残っていくホワイトカラーは自ら問いを立て、経営レベルで判断できるマネジメント人材か、極めてクリエイティビティの高いプロ人材だけであるとのことです。 

本インサイトでも、MA運用におけるAI活用について解説したMA運用では「属人性の解消」がAI活用のカギとなるでは、AI導入では人が担うべき判断領域を明確にし、その質をどう維持するかが重要であると述べました。 

時代の急速な変化を踏まえると、マーケターにとっては今後23年の立ち回りが生き残りをかけた分水嶺となるでしょう。 

とはいえ、こうした判断の再現性や質の維持は、個人単位のスキルだけで実現できるものではありません。むしろ、「AIを組み込んだ業務プロセス全体を、どのように組織設計と連動させていくかという視点」が不可欠です。 

そこで本稿では、マーケティング組織全体におけるAI前提時代の運用体制と人材要件の再設計について論考します。 

なぜいま、マーケティング組織のあり方を見直すべきなのか? 

2年前にChatGPTはBtoBマーケティングにどのような影響を与えるのか?をリリースした当時は、マーケティング組織におけるAIツールの活用はまだ黎明期の段階にありました。 

しかし現在では、文章生成や画像作成、リサーチ、配信シナリオの構築といった、従来はマーケターの手作業に頼っていた領域においても、生成AIをはじめとする各種ツールが一定の成果を出せるようになってきています。 

例えば、コンテンツ制作においては、下書き作成や構成案の生成といった“初動”がかつてないほど高速化している段階です。 

本インサイトの作成においてもAIを取り入れることで、下図のように時間を要していた工程が短縮され、企画や検証により多くのリソースを割けるようになっています。 

“AI前提時代”でマーケティング組織をどのように設計すべきか? 

これは、限られた人材でもアウトプットの量と質の両立が狙えるという意味で、業務設計そのものを見直す契機となる変化だといえるでしょう。 

また、前回記事でも解説したように、マーケティング業務のなかでも特に属人化しやすいMAのキャンペーン運用やスコアリング管理といった分野でも、AIツールの活用が進んでいます。 

条件分岐の設定や、過去データからの最適タイミング分析といった作業は、従来であれば熟練担当者の暗黙知に依存していましたが、AIによるパターン抽出や初期設定案の提示によって、属人性を大きく軽減することが可能になりつつあります。 

ただし、成果を左右するのは「ツールを導入したかどうか」ではなく、「組織側に“AIを業務設計に組み込む”という意識があるかどうか」です。 

AIがもたらす変化は、単なる業務効率化にとどまりません。「人の役割」や「組織の設計思想」そのものに見直しを迫るレベルのものであるため、属人的なスキルや経験に依存し続けるだけでは不十分なのです。 

そういう意味では、いま、多くの企業が転換期を迎えているといえます。 

ツールの能力を適切に活かすには、組織として「判断軸を共有できる状態」や「型に基づいた業務設計」が整っていることが必要です。そのため、ツールの導入とセットで「AIを活用できるマーケティング組織の土台をどう設計するか」も議論しなければなりません。 

人が担うべき判断と、ツールに任せる業務の境界を見定める。その上で、それをチーム全体で共有できる構造へと見直しを図らなければ、組織はこの進化の波に取り残されてしまうでしょう。 

AI前提時代におけるマーケティング組織の運用体制とは 

このように、AIツールの進化は多くのマーケティング組織に対して「どう使うか」ではなく、「どう使える組織にするか」という課題を突きつけています。 

実際問題として、特定の担当者のスキルや裁量に依存した運用では、AIの出力も再現性に欠け、成果の最大化には繋がらないでしょう。 

そこで当社マーケットワン・ジャパンでは、米Oracle社が公開しているデジタルマーケティングにおけるAI活用の指針も参考にしながら、運用体制に必要な要素を次の6つに整理しています2 

“AI前提時代”でマーケティング組織をどのように設計すべきか? 

上図の各要素は、業務を属人性から切り離し、AIの出力を正しく評価・活用するために不可欠な前提条件だといえます。 

なかでもマーケティング組織に大前提求められるのが、ポイント一覧にある「1.明確な目的設定」「3.ドキュメント整理」「4.人による監督」となります。 

なぜならAIは自律的に業務を遂行できるわけではなく、必ず「評価修正決定」を行う人間の関与が求められるからです。 

そのため、そうした役割を担う“ラストマン”の存在を、チームやプロジェクトの構造としてあらかじめ定義しておく必要があります。 

“AI前提時代”でマーケティング組織をどのように設計すべきか? 

また「誰がやるか」ではなく、「どうすれば誰でもできるようになるか」という視点で、運用体制そのものを再設計していくことも大切です。 

マーケティング組織におけるAI活用の本質は、決して個々のツールの使い方にとどまりません。組織としてAIを活用できる構造をいかに整備するかが、成果を分ける鍵となります。 

今後は「マーケティング人材の要件定義」も重要になる 

AIを前提とした組織の設計が進むなかで、並行して見直しが求められているのが、マーケティング人材の「役割」と「要件」の再定義です。 

これまで、マーケティング部門における業務は、現場での判断や経験に強く依存しており、人材の要件も「何でもできる人」といった多能工的で曖昧なまま設定されているケースが多々ありました。 

しかし、AIや外部ツールの活用が進み、業務の標準化や再現性の設計が重視されるようになると、「人に求められる役割」も明確に言語化する必要が出てきます。 

AI時代のマーケティング人材の要件定義において重要なポイントは2つあります。 

1つ目は、業務フロー上のどこで人が判断すべきかを明確にすることです。 

コンテンツ制作やセグメント設計、配信ロジックの構築など、AIやツールで代替できる領域が増える一方で、「仮説を立てる」「リスクを判断する」「施策の目的との整合性を確認する」といった判断の場面では、いまだ人の介在が不可欠です。 

そのため、単に業務を“実行する”のではなく、“判断と意思決定を担う”人材をどのように定義し、どこに配置するかを勘案して組織設計を行なっていかなければなりません。 

また、2つ目のポイントは組織全体で判断の質を担保するために「どのように考えるべきか」という“認知の型”を設計することです。 

AI前提自体に求められるマーケティング人材の要件とは、単なるスキルの羅列ではありません。「何を基準に判断するのか」「何をもって“良い”とするのか」といった、認知や思考のスタンスに関わるものです。 

こうした「考え方の土台」をチームで共有できなければ、ツールをどれだけ使いこなしても、判断のズレや運用のばらつきが避けられません。 

ツール活用の前提や、その背景となる文脈、評価基準など、いわゆる“非形式知”を含めてチーム全体で再現・共有可能にするためには、こうした考え方も要件として言語化しておく必要があります。 

以上2点を踏まえると、AIが「できること」を増やしていく一方で、人が「すべきこと」の精度と解像度はより厳しく問われるようになるといえます。 

そうした時代において、マーケティング組織の競争力を支えるためには「必要な役割を定義し、それを担える人材を育成・設計できているかが重要になってくるでしょう。 

質の高い「意思決定力」を持ったマーケティング組織はどのように作るべきか? 

AIツールの導入や活用が進んでも、それを実行・運用できる「仕事を回せる組織」が整っていなければ、得られる成果は限定的なものにとどまります。 

それはつまり「組織の各メンバーが、質の高い判断をできる組織」を作り上げなければならないことを意味します。 

しかし、そういったマーケティング組織の構築は一筋縄ではいきません。 

実際、多くの現場では、マーケティング活動の「持続的な改善」で必要な学習データを蓄積できるだけの体制が整備されておらず、力業での運用が続いており、ノウハウの学習サイクルが機能していないのが実情です。 

また、AIに対して過剰な期待を抱き、「すべてを自動化してくれる“銀の弾丸”」と捉えてしまうケースもみられますが、それは正しい捉え方ではありません。 

特に、AIが自動化しきれない領域では、熟練の経験やノウハウが必要となりますが、そのような人材が十分に育っておらず、育成のロードマップも存在していないのです。 

こうした状況を打開するには、まず組織全体で「運用の正しい型」を明文化し、日々の業務における思考プロセスや判断基準を共有可能な状態にしておく必要があります。 

その上で、業務を「思考を要する作業」と「経験を積むための作業」に分解し、それぞれの役割に応じたアサインを行うことが求められます。例えば、経験の浅い担当者には、AI出力のレビューや補助的な判断業務を任せ、経験豊富なメンバーはその指導や判断軸の言語化を担う、といったAI時代に即した役割設計です。 

AIによって反復的な作業が代替される今の環境では、「意図的に設けた実行機会」を育成の場として活用することで、人材の成長と組織全体の判断力を同時に引き上げられるでしょう。 

とはいえ、このような変革には当然ハードルも存在します。だからこそ、リーダー自身が積極的にAIを活用し、その背中を見せることで、チーム全体を牽引していく姿勢が求められます。 

例えば、以下のような取り組みです。  


 

1 :意思決定の基準を明確化する 

  • 「どの情報を見て、どう判断するか」について、事前に基準や観点を整理して共有しておく(例:「キャンペーンの実施可否は、リード獲得単価が想定CPAの何%を超えたらNGとする」など、判断の境界線を明文化しておくなど)。 

2 :「ファクトチェック」「質のジャッジ」を行う体制を築く 

  • AIが出したアウトプットに対して、「事実に基づいているか」「自社のトーン&マナーに沿っているか」「戦略意図と整合しているか」といった観点でチェックする体制を整える(例:フィードバックシートの導入や複数のマネジメント層による公開前レビューなど)。 

3 :組織の中に「問いを持つ文化」を醸成させる 

  • 単に作業を投げるのではなく、「なぜこの施策が必要なのか?」「そのターゲットは適切か?」「このタイミングであるべき理由は何か?」などの問いについて議論することで、“仮説思考”のスタンスを根づかせ、思考を重ねる習慣を育てる。

 

もちろん、実際はケースバイケースでより良いやり方を考えていくことにはなります。 

しかし、だからこそAI時代のマーケティング組織を「どう作るか」を考えるうえで、リーダーが「判断の質は仕組みで育てるものだ」という視点を忘れないことが大切です。 

常に新しい技術や知見に自ら触れつつ、自社組織に持ち込んだ上で、運用体制をアップデートしていく必要があります。 

「下積み機会」が消失する時代ではマーケター個人の意識変容も必要  

AI活用が前提となる時代において、マーケティング組織が問われているのは、ツールの導入ではなく「考え抜く力」の向上であるといえます。判断と責任の所在が曖昧なままでは、いかに高度なツールが導入されても、成果は一過性のもので終わってしまいかねません。 

一方で、組織構造だけでなく、そこに属するマーケター個人にも変化が求められています。かつては成長の入り口だった“下積み作業”がAIに代替されていくなかで、若手人材が経験を積む機会そのものが失われつつあります。 

以前までは、上司から振られる業務をこなすことで、若手人材が経験値(知)を蓄積していく「鍛錬の場」が存在していました。しかし近年では、働き方改革の推進や業務効率化の潮流を受け、こうした実務経験は「AIに任せる」流れが着実に進みつつあるのです 

その結果、現場で求められるのは単なる作業遂行力ではなく、熟練の知見を活かしたファクトチェックや意思決定といった、より高度な判断業務となってきました。 

とはいえ、そうした成長の「階段」が見えづらくなっていることも事実です。 

だからこそ、経験の浅い人材にとっては、「残り数年が最後のチャンス」という意識で、幅広い業務に積極的に関わり、経験値を意識的に積んでいく必要があります。 

また、すでに一定の経験値を備えた人材であったとしても、AIの力を活用して生産性を高めながら、「人がすべきこと」に集中し、「人に任せるべき領域」を明確に定義していかなければなりません。 

シングルループ学習・ダブルループ学習にみる、組織学習とこれからの仕事論の記事では、組織だけでなく、個人レベルでも過去の成功に引きずられる「前例主義」に陥りかねないと述べました。 

AI活用についても、過去の成功事例を機械的に踏襲するのではなく、自らの頭で思考し、そのとき必要なスキルと向き合いながら判断力を組織・個人の両面で醸成させていくことが、これからの時代は必要でしょう。 

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