2025年現在、コロナ禍のパンデミック後の回復期において、多くの企業が新規ビジネスを創出し、持続可能な成長を実現するために、「イノベーション(革新)」「アジリティ(機敏性)」の両立を重要視するようになっています。
例えば、米Teslaは設立当初は外部から部品や技術を導入していました。しかし、2023年に至るまでに車体やECU(電子制御ユニット)を含めたほぼすべての部品を内製化する体制を作り上げ、年間180万台以上の販売台数を達成しています1。
企業組織が存続/成長し続けるためには、<前編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説でも紹介したような「探索領域」への挑戦が求められるようになっているのです。
しかし、新たな領域で成果創出を実現する上では、市場の動向や競合環境を正確に捉えられるほどの精緻な「マーケティング分析」が必要です。
このマーケティング分析を効果的に行うための要素の1つとして、本ブログでもたびたび紹している「VoC:Voice of Customer」が挙げられます。
本稿ではRobert G. Cooper(ロバート・G.クーパー)氏の著作『ステージゲート法――製造業のためのイノベーション・マネジメント』の考え方をベースに、BtoBビジネスでVoCを収集するためのポイントを解説します2。
目次
VoCを獲得するための3つの手法
アビームコンサルティング社が2023年9月に実施した「新規事業取り組み実態調査」によると、新規事業開発プロジェクトのうち実際にローンチまで至るのは43.9%と判明しています3。
そのうち単年度黒字化を達成できるのは20.8%、さらに累積黒字化まで到達できるのはわずか7.1%に過ぎないとのことですので「いかに新規事業が難しいか」が窺い知れるでしょう。
このギャップを埋めるには、マーケティング分析を通じて市場を深く理解し、VoCを活用することが不可欠です。
「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由に詳しくあるように、「VoCの収集」とは顕在ニーズだけでなく潜在ニーズまで収集し、新規領域に向けた取り組みの初期段階から活用する取り組みとなります。
『ステージゲート法』では、VoCの獲得方法は「対面型」「非対面型」に大別されています。
<対面型>
- 個人を対象としたデプス・インタビュー(対象者と1対1で面接)
- 顧客・ユーザーのフォーカスグループ・インタビュー
<非対面型>
- 電話、テレビ会議、メール、インターネットのWebアンケートなどを利用した市場調査
上記の方法は、いずれも一長一短な側面がありますので、それぞれ個別に解説します。
【対面型①】個人を対象としたデプス・インタビュー
デプス・インタビューは「Depth(深さ)」の名の通り、定性的調査の一環として、対象者の詳細な考えや感情、行動の背景を掘り下げるための手法で、新製品の開発の初期段階で行われるのが一般的です。
この手法なら、インタビュー相手から深いインサイトを得ることが可能で、顧客が抱える根本的な課題や期待を明らかにできます。
ただし、デプス・インタビューは調査目的に合わせて「最適なインタビュー相手」を見つけた上で、インタビューの場をセッティングしなければなりません。
また、デプス・インタビューは少人数での面談で行うことが基本であるため調査のサンプル数が少なくなりやすい点も課題です。
【対面型②】顧客・ユーザーのフォーカスグループ・インタビュー
顧客・ユーザーを対象としたフォーカスグループは、特定のテーマについて深く理解するため、少人数の参加者(通常6~10人程度)を集めて実施される定性的調査手法です。
この方法は、一度に複数の参加者から意見を得られます。デプス・インタビューと比較すると、個別の深い掘り下げは難しいものの、より多くのサンプル数を得られる点がメリットです。
また、グループでのディスカッションであるため、参加者同士の相互作用により新たな気づきが生まれる可能性があるでしょう。ただし、意見が他の参加者に影響されたり、本音を話しにくくなったりするデメリットもあります。
【非対面型】電話、テレビ会議、メール、Webアンケートなどを利用した市場調査
さまざまなチャネルを利用した市場調査は、前2つの対面型調査とは異なり、さらに多くのサンプル数を収集することが可能です。
特に電話やテレビ会議による調査は、対面調査ほどではないものの、その場で質問の掘り下げが可能であり、予期しない回答から新たな気づきを得られる可能性があります。また、地理的な制約が少なく、より幅広い顧客層からVoCを収集できる利点もあります。
一方でメールやWeb上のアンケートでは、あらかじめ用意した質問への回答が得られるだけであり、予想していなかった潜在ニーズの発掘には向いておらず「自社が立てた仮説の答え合わせに過ぎない」ともいえます。
ただし、仮説の精度が高ければ、その仮説に説得力を持たせるための「定量的な裏付け」として有効活用できます。
VoC収集の初期段階では「架電」によるアウトバウンドコールが有効
イノベーションに必要な市場調査の初期段階は自社の「STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)」がまだ定まっていないため、「質 × 量」の両方をカバーする調査方法が求められます。
このような段階でのVoC収集に適しているのが架電によるアウトバウンドコールです。
アウトバウンドコールとは、企業から顧客に対して能動的に電話をかけてアプローチする方法を指します。通常のコールセンターが受け身の対応(インバウンド)であるのに対し、こちらから積極的に電話をかけることから「アウトバウンド」と呼ばれています。
アウトバウンドコールは、多くの顧客に直接アプローチできるため、質と量の両方を一度にカバーすることが可能です。
アウトバウンドコールの肝は、単なる「データ収集」ではなく「コミュニケーション」を通じた顧客理解が進む点にあります。
顧客の課題やニーズに関する仮説が不十分な状態でも、幅広いターゲット層にアプローチしてリアルな反応を収集することで、市場の潜在的なニーズやトレンドを短期間で把握できます。
また、アウトバウンドコールはコストパフォーマンスが高く、限られた予算で実施可能でありながら、幅広い層に直接アプローチできることも利点です。
アウトバウンドコールを行う際の注意点
アウトバウンドコールを行う際には、「情報の等価交換」を意識する必要があります。
量を求めるあまりに一方的な質問や情報収集に終始してしまうと、顧客が抱える本質的な課題やニーズを引き出せません。
特に初回のコンタクトでは、事前準備を入念に行い、業界や企業の課題に対する仮説を立てた上で、自社からも価値ある情報を提供できる状態で臨むことが必要です。
架電であっても質問項目を単に順番に確認していくような機械的なアプローチではなく、BtoB企業におけるインサイドセールスのあるべき役割とは?で解説したような「情報の等価交換」を意識しましょう。
BtoBでVoC収集の精度を上げるポイント
BtoBビジネスでVoCを収集する際には、特に以下の点を意識する必要があります。
- 「どのようなVoCを得るべきか」を定義する
- 顧客企業のビジネス内容に関する事前調査を行う
それぞれ個別に解説します。
「どのようなVoCを得るべきか」を定義する
BtoBにおける「顧客」とは個人ではなく“組織全体”が対象となりますので、VoCの収集対象も広範にわたります。
BtoBは商流が多様かつ複雑であり、VoCも役員レベルと現場レベルでは異なってきます。
顧客組織が本当に抱えているインサイトを正しく得る上では、以下のように階層別に取得できるVoCの違いを意識して、自社がアプローチすべき対象を見定めなければなりません。
【顧客企業内の階層ごとに得られるVoC】
- 経営層(C-Level)
– 社としての戦略的、ビジネス課題や目標に関する考え
– 投資判断や意思決定の基準、期待する成果
- ミドルマネジメント層
– 社としての戦略の実行に伴う具体的な課題や障壁
– 製品/技術/サービスを導入した場合に期待する成果
- 現場レベル
– 製品/技術/サービスに関する日々の課題、使い勝手に関するフィードバック
– 予期しない活用方法や潜在的なニーズ
例えば、経営層から得られる情報は、自社の提案内容や優先順位の判断材料として活用できます。また、ミドルマネジメント層からの声は、より具体的なソリューション設計に反映可能です。
このように、階層別のVoCを総合的に分析することで、より実効性の高い提案や製品開発に繋げられます。
ただし、これらのVoCを具体的にどのように活用するかは、自社内の各部門によって異なります。なぜなら、各部門はそれぞれの役割や目的に応じて、以下のように異なる視点からVoCを必要としているためです。
【自社内の部署別に必要なVoC】
- R&D(研究開発)
– 顧客の業務課題・技術的ハードル
– 製品・技術に対する要望
– 潜在的な市場ニーズ
- 製造部門
– 製品品質に関するフィードバック
– 納期・供給体制に関する要望
– コストパフォーマンスに関する意見
- マーケティング部門
– 顧客の購買意思決定要因
– 市場トレンドや競合動向
– 顧客の期待する価値
– ペルソナの明確化
- 営業部門が求めるVoC
– 購買プロセスと意思決定者
– 顧客が感じる障壁や不満
– 競合製品との比較
つまり、BtoBにおけるVoCの収集では、顧客企業の階層と自社の部門ニーズの両方を考慮する必要があるのです。
顧客企業の適切な階層に対して、自社の各部門が必要とする情報を明確に定義し、目的に応じた「適切なインタビュー対象者(ライトパーソン)」を選定することで、より価値の高いVoCを効率的に収集できます。
顧客企業のビジネス内容に関する事前調査を行う
質問の作成のポイントは、「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由では、「問いの設計こそ重要である」と述べたように、VoC収集では自社目的に合わせ、あらかじめ「顧客自身が話す理由」から逆算した質問を用意しなければなりません。
この際、その質問に対して想定される回答を複数想定しておくことも大切です。
特に、デプス・インタビューや架電調査のように「人対人」の会話のなかでVoCを取得する際には、対象企業のビジネスについて理解し、想定課題を考えた上で数パターンの予測回答を準備しておきましょう。それにより、さらに深いニーズを引き出すための「追加質問」を咄嗟に出せます。
この部分には「いかに入念に相手企業についての事前調査を行うか」が成否を分けるといえます。
対象企業のWebサイトはもちろんのこと、決算説明資料や中期経営計画、プレスリリースなどの公開情報にも目を通し、相手企業の現状と課題を深く理解することが必要です。
その上で、事前に想定される課題を洗い出し、それらに対して自社の製品/技術/サービスがどのように貢献できるのか、具体的なストーリーを描けるようにしておきましょう。
VoCの収集は「顧客に対する理解」を前提に進めよう
Robert G. Cooper氏の『ステージゲート法』はVoCを積極的に取り入れた企業ほど市場での成功率が高まると述べられています。イノベーションや新市場の開拓において、VoCの活用はもはや不可欠な要素となっているといえるでしょう。
特に、不確実性の高い市場環境下では、VoCを活用して顧客の潜在ニーズを的確に把握し、それを基に新しい価値を創造することで競争優位性を高められます。
ただし、VoCの収集は「単なる情報収集」ではありません。顧客との関係性を深め、共に価値を創り出す「価値共創型プロセス」を推進するための取り組みです。
VoCを収集するための方法はさまざまですが、大前提として「どのようなVoCを収集するべきか」を精緻に定義する必要があります。
特にBtoBビジネスは複雑な構造になっていますので、「自社の顧客に対する理解」を深めた上で、社内の意見もまとめつつ自社が集めるべき顧客の声を明確化していきましょう。
- 日経クロステック「テスラのEV戦略、斬新技術で既存概念を次々破壊」 [↩]
- Robert G. Cooper著『ステージゲート法――製造業のためのイノベーション・マネジメント』英治出版 [↩]
- アビームコンサルティング株式会社「『新規事業取り組み実態調査』から見えた新規事業の成功と失敗を分けるもの」 [↩]