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「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説

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2024年現在、イノベーションの実現に向けて多くの企業が技術革新に挑戦しています。そのなかで成否を分けるのは「潜在的かつ中長期的な顧客ニーズをいかに把握できるか」です。 

特に、新規事業・研究開発において、多くのアイデアが実用化に至らない背景には「市場や顧客のニーズに関する情報が不足している」という根本的な課題があります。 

イノベーションのプロセスには「アイディエーション(発想)インキュベーション(検証)スケーリング(拡大)」という3つのステージが存在します。しかし、それぞれのステージでは、さまざまな課題に直面するのが実情です。 

そういった課題を解決するための対応策の1つとして、技術開発の早い段階から顧客と接点を持ち、フィードバックを得るためのVoC:Voice of Customer」収集が挙げられます。 

本稿では、新規事業・研究開発によるイノベーションの成功においてVoCが果たす役割と、実践する上で踏まえておくべき要素を解説します。 

製造業のイノベーションにおける3つのステージ 

そもそも、イノベーションとはどのような状態を指すのでしょうか。 

技術開発の文脈では、技術革新を実現する「インベンション」と、その革新を社会に浸透させる「イノベーション」は、しばしば混同されがちです。 

インベンションが新しいアイデアやデバイス、プロセスの創造に主眼を置くのに対し、イノベーションはそれらを市場に導入し、社会的・経済的価値を創造するプロセス全体を指します。 

経営学者の内田和成氏が『イノベーションの競争戦略』で指摘するように、「価値あるものを創造するだけ」では真のイノベーションとはいえません1 

多くの人々(エンドユーザー)に使われ、製品やサービスの周辺にまで影響を及ぼし、不可逆的な社会変化をもたらしてこそ「イノベーションが実現した」と定義できるのです。 

そのようなイノベーションの実現プロセスは、Charles O’Reilly1 and Andrew J. M. Binns 著 The Three Stages of Disruptive Innovation によると 大きく「①:アイディエーション→ ②インキュベーション→③:スケーリング」の3ステージで構成されます2

「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説 

①:アイディエーション」では、既存の能力と資産を活用しながら、新しいビジネス機会を探索します。オープンイノベーションやデザインシンキングといったアプローチを通じて、アイデアの深掘りを進めていく段階です。 

②:インキュベーション」において、最小限の機能を持つ製品(MVP)を開発し、市場での反応を確認します。この段階では、継続的な顧客フィードバックに基づいて製品を改善していくことになります。 

最後の「③:スケーリング」ですが、ここでは検証された新ビジネスの成長を図ります。必要な顧客基盤や能力を獲得し、企業リソースを最大限に活用しながら事業を拡大していきます。 

黒字化が極めて難しいイノベーションの成功要因 

イノベーションに至る過程を3つのステージで解説するとシンプルに聞こえますが、その道のりは決して平坦ではありません。実際に、新規事業・研究開発を試みる多くの企業が黒字化に苦心しています。 

アビームコンサルティング株式会社の調査によれば、新規事業開発プロジェクトの多くが途中で頓挫しておりプロダクト開発まで到達するのは全体の62%、黒字化にまで至るのはわずか21%程度となっているとのことです3 

実際、下図のように、イノベーションの3ステージにはそれぞれ固有の課題があります。 

「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説

これらの課題を乗り越えるための重要なファクターがVoC=顧客の声)であり、新規技術開発の早期段階から積極的に取り入れていく必要があります。 

産業界でのイノベーション研究の権威ロバート・G・クーパー(Robert G. Cooper)氏は、著作『ステージゲート法――製造業のためのイノベーション・マネジメント』内で、イノベーションにおける7つの成功要因として以下を挙げています4 

 

  1. ユニークで優れた製品で顧客の心をつかむ価値提供を行う。
  2. 顧客の声(VOC)を組み込み、市場主導で顧客起点の新製品プロセスを実現する。
  3. プロジェクトの「事前の予習」が成功のカギとなるので開発前の徹底した事前調査を行う。
  4. 早期段階での製品とプロジェクトの明確な定義づけにより、市場投入までの時間を短縮する。
  5. 顧客に見せながら開発を進め、フィードバックを得て改善を重ねるスパイラル開発を実践する。
  6. 周到なマーケティング計画に基づく、適切な市場投入を行う。
  7. スピードを重視しつつ、業務品質は維持する。
    (※『ステージゲート法』より抜粋の内容を、当社にて要約しています)  

以上をまとめるとVoCを起点にしつつ製品開発を行うだけでなく、そこから得られるフィードバックを改善に活かすことが、製造業におけるイノベーションの成功要因といえるでしょう。 

VoC(Voice of Customer)がイノベーション創出で重要な理由  

VoCとは、文字通り「顧客の声」を意味する言葉で、製造業界においても近年広まりつつあります。 

しかし、実際は単なる顧客の意見収集にとどまらず、顕在化したニーズだけでなく、潜在的なニーズまでを把握する取り組みを指します。 

<後編>「企業価値×社会的価値」を両立させる探索領域へのアプローチ方法とは?でも解説したように、新規技術の開発のような探索領域での事業創造プロセスは、VoCを基に行なっていくことになります。 

ロバート・G・クーパー氏の『ステージゲート法』で用いられているデータによれば、優れた企業(ベストイノベーター)ほどVoCを積極的に活用している傾向がみられるとのことです。 

具体的には「顧客との密接な活動(69.0%)」「リードユーザーとの協業(33.4%)」「市場調査を通じた製品定義(44.8%)」など、開発プロセス全体を通じて顧客との接点を重視していると述べられています。 

つまり、新規開発を成功に導くには、VoCを開発プロセスに組み込むことが不可欠なのです。 

「要素開発量産開始」に至るまでの各フェーズにおいて、技術的な視点と事業・市場の視点を表裏一体として捉える必要があります。 

「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説 

多くの企業は技術調査から開発をスタートさせていることでしょう。 

しかし、本来はVoCの調査から始めるべきといえます。なぜなら、製品・技術という「価値」を最終的に判断するのは「顧客」に他ならないためです。 

例えば、開発の軌道修正が必要になった場合、早期からの顧客からのフィードバックがあれば、修正量を最小限に抑えられます。 

従来のマーケティングでは、価値は企業が商品やサービスに埋め込むものとされ、その価値は生産時点で確定するという「グッズドミナントロジック」理論の考え方が主流でした。 

これに対し、近年主流となっている「サービスドミナントロジック」理論では、価値とは商品や製品そのものにあるのではなく、顧客との共創を通じた経験や関係性から生まれると捉えています。 

つまり、一方的に提供されるものではなく、顧客との対話や関係性を通じて継続的に創造されていくものなのです。 

この観点からも、開発の初期段階からVOCを取り入れ、顧客との対話を通じて価値を“共創”していくプロセスこそが、イノベーション創出の成否を分ける重要な要素だとわかるでしょう。 

VoCの獲得は「営業任せ」にしてはいけない 

では、実際問題としてVoCはどのように獲得していくものなのでしょうか。 

「顧客の声」というほどですので、営業部門が商談や展示会で収集するものであると考えられるケースも多くあります。 

確かに、それも間違いではありません。VoCの獲得において、営業部門からのインサイトは重要なインプットとなります。 

一方で、営業部門が収集する情報は、どうしても足元の商談や既存用途に関する内容が中心となります。これでは中長期的な時間軸で捉えるべきイノベーション活動において、必要な情報を十分に得ることはできません 

実際に、一橋大学日本企業研究センター研究によって書かれた『日本企業のマーケティング力』では、営業活動への過度な依存は事業成果と逆相関の関係にあると示されています5 

特に、自律的な営業活動は、事業成果に対して「マイナスの相関(-0.25~-0.35)」を示しているとのことです。 

このような結果が生まれる理由として、既存事業・新規事業における「顧客ニーズの質的な違い」が挙げられます。 

特に、大手企業では既存事業による顧客基盤があることから「すでに顧客ニーズを拾えている」と捉えているケースもあるでしょう。しかし、それらは必ずしも新規事業や研究開発に役立つとは限りません。 

以下のように、既存事業の顧客が抱えているのは「顕在ニーズ」であり、まだ見ぬ価値を創出する上で不可欠な「潜在ニーズ」は得られません。 

「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説 

さらに、時間軸で顧客ニーズについて考察すると、その性質はさらに明確に分けられます。 

短期ニーズは価格や品質、納期などの具体的な課題が中心で、これは従来通り営業部門が担当すべき領域です。 

一方、中長期のニーズは「新規市場への進出や用途開拓」「産業構造の変化」「社会トレンドに関わる課題」など、より抽象度の高いものとなります。 

「VoC(Voice of Customer)」がイノベーション創出に貢献する理由を詳しく解説 

言わずもがな、新規事業・研究開発に繋がるのは中長期のニーズの方です。 

しかし、多くの企業ではこれらのニーズを収集する担当者が不在か、あるいは曖昧な状態となっています。 

一方で、このような中長期的なニーズは、顧客自身もまだ具体化できていないケースが多く、「自社が考えていること」を説明しながら議論を深めていく必要があります。 

そのため、技術的な知見を持つ研究開発部門などが直接対話し、一次情報を獲得することが望ましいのです。 

「顧客自身が話す理由」をみつけることがVoC収集のカギ 

効果的なVoC調査の実現に向けて、多くの企業が陥りがちな以下2つの罠があります。 

  • 罠①:「自社が聞きたいことの確認」に終始してしまう。 
  • 罠②:「調査会社のリサーチ内容」を鵜呑みにしてしまう。 

いずれも、本質的なVoCの獲得を困難にする要因となっています。 

この状況を打破するには、「なぜ顧客が私たちと対話すべきなのか」という視点の転換が必要です。 

たとえ初めて接点を持つ相手であっても、顧客側にとって明確なメリットや便益が見いだせなければ、深い対話は望めません。 

そのため、VoC調査に先立って必要なのが「問いの設計」です。 

これは単に質問シートを作成しようというのではなく、以下の4つの要素を体系的に整理した上で「自社が提供する価値」を仮説立てて、「顧客が自社の話を聞く理由」を明確にしていく作業を指しています。 

  • Why:なぜその顧客に声をかけるのか? 
  • Who:誰と対話すべきか? 
  • What:何を確認したいのか? 
  • How:どのように情報を引き出すのか? 

つまり、「自社の期待×顧客便益」のマッチングを図ることで、より実りある対話を実現させようというアプローチです。 

このような手法を採ることで、単なる情報収集を超えた、双方にとって価値のある対話が実現します。 

VoCは絶えず獲得し続けることが大切  

VoCとは単なる顧客の意見収集ではありません。 

新規事業・研究開発の初期から顧客との接点を持ち、顕在・潜在双方のニーズを把握した上で、自社の構想を伝えながら価値を共創していくプロセスです。 

「市場や顧客のニーズに関する情報不足」は新規事業の実用化の妨げとなりますので、市場の声に耳を傾けつつWin-Winの関係を目指していく必要があります。 

ただし、VoCは新規事業・研究開発の初期段階で収集して終わりではありません。 

イノベーションに至るまでの各フェーズで絶えずフィードバックを収集する。その上で、顧客の潜在ニーズや市場動向を、これから作り上げていくビジネスモデルに反映させることが重要です。 

VoCは不確実性の高い探索領域においては不可欠な要素ですが、当然成功に直結にするとは限りません。 

イノベーションに至るまでには、挑戦し続けることが大切です。「VoCを踏まえても失敗する可能性もある」と受け入れた上で、それでも顧客の声に耳を傾ける意識を持ち続けましょう。 

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