2024年現在、BtoB企業を取り巻く環境はますます急速に変化しています。技術革新のスピードが加速し、顧客ニーズの多様化が進むなか、従来の製品中心のアプローチだけでは競争力の維持が困難になってきました。
さらに、社会課題の解決と事業成長の両立が求められる時代において、企業は新たな価値創造の方法を模索しています。
このような状況下で、企業が持続可能な成長を実現するための重要な取り組みとして注目されているのが、マテリアリティの特定です。
マテリアリティの特定とは、「自社の事業成長 × 社会の持続可能性」に繋がる重要課題を特定し、それを解消していくことを社内外のステークホルダーに表明する取り組みを指します。
本稿では、社会課題を起点としたマテリアリティの特定の重要性に加え、それを活用した事業創造の具体的なステップを紹介します。
目次
2024年現在、「市場共創型マーケティング」の重要性が増している
2020年代も半ばを迎え、企業を取り巻く環境は急速に変化しています。従来の製品中心のマーケティングアプローチや自社単独の事業展開では、複雑化する顧客ニーズや社会課題に十分に対応できなくなってきているのです。
この状況下で、多くの企業が新たな成長の道を探り、成長戦略に新規領域を掲げるようになりました。
新規領域に対する解として「R&D」「知財」「ビジネスモデル変革」に可能性を見出し、「社会課題」「未来ニーズ」に応えることで成長が見込める市場でビジネスの創造・展開に取り組む企業が増加しています。
そういった取り組みで求められるのが「市場共創型マーケティング」です。市場共創型マーケティングとは、企業が顧客や社会と協力して新たな価値を創造するアプローチを指します。
市場共創型マーケティングでは、単に自社製品・サービスを提供するだけでなく、顧客や社会と共に問題を定義し、解決策を探っていきます。これにより、より深い顧客理解と持続可能なイノベーションが可能になるのです。
特に、BtoB市場では市場共創型マーケティングの増加が顕著にみられます。
現在は、技術の深化による「競争優位性の追求(グッズドミナントロジック)」から、市場や顧客と共に行う「新しい価値創造(サービスドミナントロジック)」へと、競争の軸が移行しています。
そのなかで、市場共創型マーケティングは「両利きの経営」における探索領域の事業創造に貢献する取り組みとして、非常に相性がよいのです。
<前編>新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説でも紹介したように、両利きの経営では、既存事業の効率化(深化)と新規事業の探索のバランスが求められます。
なかでも、“探索すべき新たな事業領域”として特に注目されているのが、社会課題の解決と企業の利益創出を同時に実現する「CSV(Creating Shared Value)経営」を実現できる事業領域です。
このような社会課題解決型の新規事業を創出する上では、顧客や社会と協力して新たな価値を創造する「市場共創型マーケティング」のアプローチが不可欠となっています。
新規領域への探索では「当たった際のインパクト」が必須
実際問題、新規事業の創出は「千三つ」といわれるほどの難しさがあります。例えば、新規事業開発で知られる株式会社リクルートでは、1980年代から新規事業のコンテストを実施しています、「不の発見」を起点にした事業創出を続けています1。
同社は、毎年数百の事業アイデアから5つを選び、事業化していますが、40年以上の歴史の中で実際に大きな事業として残っているのは10以下だといいます。これは、新規事業の成功確率がいかに低いかという証左でしょう。
このように、どのようなテーマで新規事業を創出したとしても事業化する可能性が低いのであれば、事業化に成功した際のインパクトが大きくなるCSVを目指す方が理に適っています。
その上で、CSVを実現する「市場共創型」事業の重要性が増しているのは当然といえます。
経済産業省が2022年3月に発表した「ルール形成型 市場創出の実践に向けて『市場形成ガイダンス』」でも指摘されているように、CSV実現のためには、未来ニーズや社会課題解決を起点とした価値創造(イノベーション創出)が必要とされています。
特に製造業に目を向けると、製品開発を通して新規事業創出のエンジンとなるR&D部門では、より市場に近いところで開発を行い、さらには市場を創造していくことが求められています2。
例えば、【ストーリー】JFEスチール研究所:若手を育て 事業を育てる ― 変革を推進する新規事業開発 未来への展望でも紹介しているように、JFEスチール研究所では市場のリアルな声を製品開発のプロセスに取り込んでいます。
これにより、研究開発の方向性が明確になり、新規事業開発が加速しました。結果的に、社内での注目度も高まり、他部署にも変革の波が広がっています。
社会課題を起点とした「マテリアリティの特定」とは
さて、以上のような市場共創型マーケティングと新規事業開発の取り組みでは、自社の強みと社会課題を効果的に結びつけることが必要です。そこで求められるのが、社会課題を起点としたマテリアリティの特定です。
冒頭でも述べたとおり、マテリアリティの特定とは、自社が優先的に取り組むべき重要課題を特定し、社内外のステークホルダーに対して「なぜこの課題に注力するのか」「どのように課題解決に取り組むのか」を周知する取り組みです。
そのため、本来は企業の財務パフォーマンスや市場競争力などの経済的側面や、企業統治やリスク管理などのガバナンス面からも課題を特定することもあります。
一方、CSV実現を目指す共創型マーケティングは「自社の企業価値の向上」「社会課題の解決」を同時に追求するものですので、社会課題を起点としたマテリアリティの特定が必要になります。
社会課題を軸としてマテリアリティを特定する際には、主に3つの要素を考慮する必要があります。
<①:社会的価値の評価>
- 社会にとって優先的に解決すべき課題を特定すること。例えるなら「誰かがお金を出してでも解決したい」と考える課題を見つけ出すことが重要。これにより社会のニーズを正確に把握し、真に価値のある解決策を提供できるようになる。
<②:自社が取り組む意義の分析>
- 自社のミッションやパーパスとの整合性を確認すること。企業が取り組む課題は、単に社会的に重要であるだけでなく、自社の存在意義や長期的な方向性と合致している必要がある。これにより、社内の理解や支持を得やすくなり、持続的な取り組みが可能になる。
<③:勝てる可能性の検討>
- 特定の社会課題における自社の強みと市場性を評価すること。ただし、この要素は優先順位としては最後に位置付けられる。なぜなら、社会的価値が高く、自社の意義とも合致する課題であれば、たとえ現時点での勝算が低くても、長期的には大きな成功に繋がり得るため。
これら3つの要素を総合的に評価し、「社会的に価値があり、自社が取り組む意義があり、かつ自社が勝てる可能性がある」事業領域をマテリアリティとして特定します。
重要なのは、3要素の「優先順位」で、なるべく「①→②→③」の流れで検討しましょう。
その理由は、順序を逆にすると、自社の強みは生かせても社会的価値が低い。あるいは自社のパーパスと整合性が低い事業を選んでしまう可能性があるためです。
そのような事業は、たとえ短期的に成功しても、長期的な企業価値向上には繋がりにくくなりかねません。
マテリアリティを活用した事業創造の実践ステップ
マテリアリティを特定した後、それを活用して具体的な事業を創造していくプロセスが重要です。
このプロセスは、市場共創型マーケティングの理念を実践に移す段階であり、以下の5つのステップで構成されます。
- Step1:目指す姿の設定と実現ロードマップの策定
- Step2:テーマ設定の軸の具体化
- Step3:テーマ候補の選定と市場規模の検討
- Step4:顧客候補へのアプローチとニーズ獲得
- Step5:投資すべきテーマの決定と社内外への発表
各ステップは、マテリアリティを基に新規事業を具現化し、市場での検証を経て、最終的な投資判断につなげていく流れになっています。
Step1:目指す姿の設定と実現ロードマップの策定
Step1では、特定されたマテリアリティに基づいて、企業が目指す具体的な姿を設定し、その実現に向けたロードマップを策定します。
まず、マテリアリティとして特定された社会課題に対して「自社がどのような貢献を果たしたいのか」「どのような状態を実現したいのか」をという“目指すべき姿”を明確にします。
この目指す姿は、単なる理想像ではなく、具体的かつ測定可能な形で表現することが重要です。例えば「2030年までに、自社の技術を活用して途上国のX%の人々に清浄な水を提供する」といった形で、具体的な目標を設定します。
次に、この目指す姿を実現するためのロードマップを作成します。ロードマップには、短期・中期・長期の目標を設定し、各段階で必要となるリソースや取り組むべき課題を明確にします。
加えて、市場の動向や技術の進歩に応じて柔軟に修正できるよう、定期的な見直しの機会も組み込んでおきましょう。
このステップでは、社内の様々な部門からの意見を取り入れることが大切です。R&D、マーケティング、財務など、異なる視点を持つ部門が協力することで、より実現可能性の高いロードマップを策定できます。
Step2:テーマ設定の軸の具体化
Step2では、Step1で設定した目指す姿を実現するための具体的な「テーマ設定の軸」を明確にします。
“軸”とは、新規事業や研究開発のテーマを選定する際の基準となるもので、主に「自社における正当性」「市場の妥当性」の2つの要素を考慮して具体化します。
<自社における正当性>
- 自社パーパスとの関連性
- 自社の技術開発段階・進捗
- 自社ビジネスとの相関性
- 自社の組織文化やケイパビリティとの親和性
<市場の妥当性>
- 社会課題としての重要性
- 市場規模と成長性
- 技術・実現難易度
- 競合状況
これらの軸を用いることで、自社の強みや目的と市場ニーズや社会課題のバランスを取りながら、テーマを評価できるようになります。
ただし、上記の評価基準はあくまで一例ですので、具体的な内容は各社の特性や目指す方向性に応じて設定しましょう。例えば、正当性(自社)ではパーパスとの整合性や既存技術の応用可能性、妥当性(市場)ではSDGsとの関連性や想定市場規模などが考えられます。
これらの軸や評価基準は、経営陣や各部門の責任者を巻き込んだワークショップなどを通じて設定し、社内で目線合わせを行なっておくことが大切です。加えて、この軸は固定的なものではなく、市場環境の変化や自社の状況に応じて適宜見直しを行う必要があります。
定期的なレビューの機会を設け、必要に応じて軸の再定義や新たな軸の追加を行うことで、常に最適なテーマ選定を行うことが求められます。
Step3:テーマ候補の選定と市場規模の検討
Step3では、「想定される具体的な未来の顧客(価値提供の相手先)」を具体化(仮説立て)しながら、Step2の軸をもとにテーマ候補をプロットします。
例えば、当社マーケットワン・ジャパンが過去に支援した計測機器メーカー様では、従来の産業用計測機器の事業領域を超えて、サステナビリティや社会課題解決に貢献する新規事業の創出を目指していました。
そのため、SDGsの目標に沿って市場を再定義し、自社の技術や知見を活かせる新たな事業機会を探索しており、同様のStep1〜2を経て定義した軸をプロットしました。
このプロットにより、各テーマ候補の位置づけが視覚化され、優先順位付けが容易になります。社会的インパクト、市場性、技術的実現可能性などの軸に基づいて、従来の事業領域にとらわれない新たな成長機会を特定することができました。
テーマ候補をプロットしたら、集まった候補をStep2で設定した軸に基づいて評価します。この段階では、詳細な分析よりもスピードを重視し、簡易的なスコアリングなどを用いて各テーマの可能性を“大まかに”判断します。
評価を通過したテーマ候補については、より詳細な市場規模の検討を行います。市場規模の検討には、公開データの活用だけでなく、業界専門家へのヒアリングや先行的な市場調査なども積極的に取り入れるのが有効です。
ただし、社会課題解決型の事業創出を目指す場合、従来の市場定義にとらわれない新しい視点での市場規模算出が必要になることもあります。
Step4:顧客候補へのアプローチとニーズ獲得
Step4は、Step3でプロットしたテーマ候補にイノベーションセンターが主体となってリソース(①ヒト、②モノ、③カネ、④情報、⑤時間、⑥知的財産)を投資していくべきか否かを、主に「市場の妥当性」の軸で検証します。
ここで求められるのは、想定した未来の顧客やパートナー候補が「切実なニーズを抱えているのか」「その総和を踏まえて十分に大きく、かつ成長する市場なのか」を見極める“顧客発見”の取り組みです。
顧客発見を行う上では、まずは「各テーマ候補に対して想定される顧客像」を具体化します。
BtoB事業の場合は業界や企業規模、担当部署まで詳細に定義するのが通例で、この段階で顧客のニーズや課題に関する仮説を設定します。仮説は、これまでの市場調査や内部分析から得られた情報を基に、できるだけ具体的に立てることが必要です。
次に、仮説検証のための最適なアプローチ方法を選択します。個別訪問やオンライン調査、フォーカスグループインタビュー、実証実験への参加募集など、さまざまな手法を組み合わせて用います。
特に、「VOC(Voice of Customer)」の獲得に重点を置き、顧客の真のニーズや潜在的な課題をヒアリング・調査していきましょう。アプローチの際は、単に自社の製品やサービスの説明をするのではなく、顧客が抱える課題や、その解決によってもたらされる価値について対話を行います。
この過程で「当初想定していなかった新たなニーズ・課題」が発見されることもあります。
こういった新たな発見は、仮説の修正や再設計に繋がるものです。想定外のニーズを拾えることで、「新たな事業機会の発見」「既存の事業構想の革新的な改善」を行える可能性が高まり、イノベーション創出の重要な契機となります。
最終的に、得られたフィードバックは、定性的・定量的に分析し、テーマ候補の妥当性の評価・改善に活用します。特に、「顧客の顧客」の視点も取り入れ、バリューチェーン全体での価値創造を考慮することが重要です。
このサイクルを繰り返すことで、より確度の高い事業構想が練り上げられていきます。また、この過程で獲得された顧客との関係性は、将来の事業展開における重要な資産となる点も踏まえておきましょう。
Step5:投資すべきテーマの決定と社内外への発表
Step5は、これまでのステップで得られた情報と知見を基に、実際に投資すべきテーマを決定し、それを社内外に発表する段階です。
社内向けには「なぜそのテーマが選ばれたのか」「どのような価値創造を目指すのか」を明確に説明し、全社的な理解を得ることを目指します。
社外向けには、投資家や顧客、パートナー企業などに向けて、新規事業の方向性や期待される社会的インパクトの説明を行います。社外向けの発表では、単なる事業計画の発表ではなく、社会課題解決に向けた自社の取り組みとして位置付け、ステークホルダーからの共感と支持を得ていくことが重要です。
社内外に向けた発表においては、前述した経済産業省の「ルール形成型 市場創出の実践に向けて『市場形成ガイダンス』」で紹介されている「この指とまれ」アプローチが参考になります。
「この指とまれ」アプローチは、自社が特定の社会課題に対して先駆的に取り組む意志を表明し、同じ課題に関心を持つ他社や組織に協力を呼びかけるものです。これにより、単独では解決が困難な大規模な社会課題に対しても、複数の企業や組織が連携して取り組むことが可能になります。
具体的には、投資すべきと判断したマテリアリティに対して「なぜ“今”その課題に取り組むべきか」「なぜ”多様な主体が連携して取り組む必要があるのか」を説明する物語性をメッセージに含めます。
加えて、各セクターに期待する「協力や連携の内容」「その取り組みが自社の企業価値にもたらす影響」についても明確に伝えることも大切です。
「この指とまれ」アプローチを行えば、自社が最初にそれに取り組む「ファーストペンギン」になるという“所信表明”の役割を果たすことにも繋がります。
このような表明は、社会課題解決に向けた取り組みの先駆者としての自社の立ち位置を明確にし、そのほかの企業・組織との協力関係を構築する上では必須といえるでしょう。
難しいからこそ、「大きく勝てる市場」を狙っていく
社会課題を起点としたマテリアリティの特定は、単に社会課題のリストを作成することではありません。「自社の事業活動が社会に与える影響」「社会の変化が自社に与える影響」を深く理解し、その中から最も重要な課題を選び出し、表明する作業です。
この取り組みを通して、企業は自社のパーパスと社会ニーズを結びつけ、新たな事業機会を見出せるでしょう。
社会課題起点でマテリアリティを特定する意義としては、探索領域における事業創造の難しさと、それゆえの大胆な挑戦の必要性が挙げられます。
前述のように、新規事業の成功確率は決して高くありません。新規事業開発が得意なことで知られる企業でさえ、数百のアイデアから生まれた事業のうち、長期的に成功を収めるのはごく僅かです。
しかし、だからこそ「どうせ狙うなら、大きく勝てる見込みのある市場・領域を目指す」姿勢が重要になります。
言い換えれば、新規事業を成功させる確率を上げることは難しいため、仮に10本に1本しか当たらないのであれば、単なるヒットではなく「ホームラン」を狙うべきなのです。
それを踏まえると、社会的価値が高く、自社のパーパスと整合性があり、かつ大きな市場ポテンシャルを持つ領域にこそ、果敢に挑戦する必要があるといえます。
たとえ現時点での勝算が低くても、そのような領域で成功を収めれば、企業価値を大きく向上させる可能性があります。
- 杉田 浩章 (著)「リクルートのすごい構“創”力: アイデアを事業に仕上げる9メソッド」日経BPマーケティング(日本経済新聞出版; New版 (2017/5/1) [↩]
- 経済産業省「ルール形成型 市場創出の実践に向けて『市場形成ガイダンス』」 [↩]