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【対談】豊かさと感動のその先へ 世界一を目指し「二兎を追う」クリアソン新宿の挑戦

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多くのプロスポーツチームは、地名をチームの名に冠しています。本拠地を示すだけにとどまらず、地域社会に根ざすという宣言の役割も果たしているからです。「Criacao Shinjuku(クリアソン新宿)」はその名の通り、東京都新宿区をホームタウンとするサッカークラブです。

新宿区と包括連携協定を締結し、名実ともに地域社会の一員として、サッカーを通じて社会課題の解決に取り組んでいます。ただ、タグラインの“Enrich the world.”が示すように、彼らは地域に根ざすと同時に本気で世界を見据えている点で、異色の存在といえるかもしれません。

今回は、2024シーズンのクリアソン新宿・フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサーである森岡 隆三氏に、クリアソンの世界観や目指すもの、ビジネスとしてのスポーツクラブ経営と社会的価値向上の両立について伺いました。

全盛期のさなかによぎった疑問 その答えがクリアソンにあった

大橋:クリアソンでは、理念・ビジョン・価値観・行動指針をそれぞれ明文化して掲げられています。理念=Missionである「スポーツの価値を通じて、真の豊かさを創造し続ける存在でありたい。」には、サッカーチームとして試合に勝てばいいだけじゃない、という強い意思を感じました。

森岡:ありがとうございます。

大橋:タグラインの「Enrich the world.」にも、世界一という未来を見つめる野望が滲み出ています。森岡さんは長きに渡る選手時代を送られ、日本代表キャプテンとして世界と戦うご経験もなさっています。そのうえで、今はアマチュアリーグのJFLに所属するクリアソン新宿にいらした理由は何だったのでしょうか?

クリアソン新宿 フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサー 森岡 隆三 氏

森岡:個人的には、現役時代から「豊かさ」や「感動」をすごく重視していたんです。2000年のアジアカップで優勝した時、翌年にコンフェデレーションズカップ、翌々年の2002年には日韓共催ワールドカップが控えていました。目の前の目標に向かって勝つぞ!という欲や野心はもちろんありましたが、同時に「だから、何?」という気持ちも実はあって。成し遂げたことやそれに追随する喜びや感動を自分だけで噛み締めていたところで、どこかで還元しなくては意味がないのではないか、という疑問、焦燥感といいますか……。

大橋:選手としては最高潮というか、世界レベルの舞台に立っている最中にそんな想いをお持ちだったとは、驚きました。

森岡:当時の自分に可能なアクションを探した結果、スタジアムのシーズンシートを購入して、障がい者施設の方々にお贈りしていました。その原点にあったのは、清水エスパルスの育成選手だった頃の慰問活動です。社会貢献活動の一環として重度障がい者施設を訪れたんですが、それは自分の価値観がひっくり返るような体験でした。自分の努力や苦労なんて取るに足らないものだ、と強く思わせられました。現在の活動の根底にあるのは、この頃の経験ですね。

大橋:試合の勝ち負け以外の何かに気づき、求めるようになる原体験だったわけですね。

森岡:そしてなにより、サッカー選手が第一線に立っていられる時間は、そんなに長くありません。私自身も、京都パープルサンガに在籍していたある夏、チームから「翌年は選手として契約しない」と言い渡されて……。しかし、だからこそかもしれませんが、そこから引退までの日々は、すべてが凝縮されたように充実していたことをよく覚えています。

大橋:プロスポーツはどこまで行っても勝敗が重視されて然るべきですし、アマチュアよりもプロ、ベンチよりもレギュラーが偉いという思想が強いと思います。自身のキャリアを重ねるごとに、森岡さんはそうした一般論とは一線を画する価値観を見つめ始めた、と。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太

森岡:そうですね。おっしゃるようなレッテルをつけたがるのは世の常ですが(苦笑)、もっと別の次元にあるものを大切にしたいと思うようになっていきました。そんな想いがより一層高まったときクリアソンと出会い、世界観や理念、文化に共感したこともあり、今シーズンからジョインすることに決めたんです。

壮大な可能性と、ミクロな地域密着を同時に見据えて

大橋:森岡さんが惹かれたというクリアソンの世界観について、具体的に教えていただけますか?

森岡:理念や価値観だけなら、どこのクラブにでもあるんですよ。ただ、一見きれいごとのように思えるその理想にも、臆せず堂々と向かっていく。すごく純度の高い「青春力」が、クリアソンにはあります。たとえば、互いに忌憚なくプレーのフィードバックを伝える慣習はもちろんのこと、練習で感動した人を紹介しあう「感動大賞」という取り組みがあるんです。良いものを良いと伝えると同時に、良くないもの、うまくできていないものにもきっちりと向き合う文化は、究極の青春だと私は思っています。

大橋:地域社会やステークホルダーなど、外に向けた活動についてはいかがでしょうか。

森岡:まずは「Criacao Leader’s College(クリアソン・リーダースカレッジ)」ですね。体育会に所属する学生向けのセミナーで、一流アスリートやビジネスパーソン、他団体の学生との交流を通じ、チーム運営やキャリア意識について議論し、考えを深めてもらうための活動です。私が京都パープルサンガでコーチを務めていた当時スピーカーに招いていただいたこともありましたが、熱量の高い学生との触れあいは、指導者としても興味深い機会となりました。

大橋:キャリア教育は社会的にも関心が高まっていますし、それとスポーツを掛け合わせた取り組みはユニークな活動だと感じます。

森岡:他にも、2023年にはクラブの選手が150件ほどの介護施設を訪れるなど、地域に根ざした活動を積極的に行なっています。特定非営利活動法人「green bird(グリーンバード)」の取り組みは楽しいですよ。我々は歌舞伎町チームとして参加しているんですが、クリアソンの社員とホストクラブ経営者がリーダーを務め、歌舞伎町を練り歩いてごみ拾いをするんです。ごみ拾いといえば普遍的な社会貢献活動ですが、実際には、ごみを拾いながら街の人達と気軽に話してつながりを育んでいくのが目的です。

大橋:そもそも新宿区というのが、とても特徴的で独特な街ですよね。

森岡:新宿区は、日本の中でも課題先進特区と呼ばれる街ですからね。単身者や高齢者が非常に多いですし、区の人口に対して約11%が外国籍の方なんです。先日はクリアソン新宿のホームゲームに合わせて、近隣のフットサルコートで外国籍の方々と交流会を行いました。種々の課題はありますが、クリアソンがスポーツをハブとして、それを解決する成功事例になれたら、他の地域や海外でも横展開できるかもしれません。壮大な可能性とミクロな地元密着、両方にフォーカスしています。

「違い」から新たな価値を生み、感動と豊かさを循環させていく

大橋:あえて素朴な質問をしたいのですが、世界を目指すサッカーチームが、サッカー以外のことにも率先して取り組む理由って何なんでしょうか?

森岡:「豊かさ」というキーワードに紐づきますが、違う世界からの学びや得たものを循環させ、還元させることが大切だからです。たとえばクリアソンは、日本ブラインドサッカー協会とアライアンスを組んでいますが、ブラインドサッカーは感覚とコミュニケーションで成り立つスポーツです。

サッカーとは似て非なるスポーツですが、むしろ大いに学びを得られます。コミュニケーションにこだわるクリアソンが、コミュニケーションのもとに成り立つブラインドサッカーから学びを得て、また別の何かにつないでいけたら、それは非常に豊かだと思いませんか?

リーダーズカレッジも同様、学びを得た若者たちが、また別の人や世界に向けて新たな価値を生み出していく。それは、クリアソンの考える「豊かさが循環している状態」です。与えるだけでもないし、もらうだけでもない。誰かから受け取ったものを別の誰かに与え、価値を生み出すことを繰り返していくハブとして進んで行けば、結果的にクリアソンは世界一になれると信じています。

大橋:なるほど。タグラインの「Enrich the world」も意味する「豊かさ」というのは、異なる世界や考えがつながり、境界を超えて互いに影響しあっていくことなんですね。一方で、ビジネス的な観点ではサッカークラブの経営も重要になります。クラブの価値観や世界観を変えることなく、サッカーチームとしてさらに強くなっていければ、より素敵な感動を多くの人たちに届けられますし。

森岡:その点でいえば、我々がやるべきは、パス一本の精度で雄叫びを上げたくなるような感動を生み出すことに尽きますね。感動って、与えようとして与えられるものじゃないと思うんです。だからこそ、感動を「創造」し続ける存在でありたい。

大橋:おそらくそこで出てくる壁やジレンマを乗り越えることが、サッカークラブとしての強さになるんでしょうね。

森岡:確かに勝負の世界ですから、理想と現実が混在しています。JFLに昇格したことで、より試合での勝利も必要となるステージに足を踏み入れることとなりました。いわば、クリアソンは「何を以て勝つのか?」という命題を日々突きつけられています。地域社会への貢献など社会的価値は重要である一方で、それだけでは不十分。クリアソンとしての答えを導き、結果で見せていかなくてはなりません。

経済活動と社会貢献 二兎を追うことの難しさと面白さ

大橋:サッカークラブ経営というビジネス的側面から見ると、やはり勝てる強いチーム、集客できるチームが求められます。一方で、サッカーチームが社会貢献活動に注力していると見た場合、NGOや大企業が取り組む社会課題の解決に匹敵するのか?という問いが生まれる。いわば、内容も方向性も全然違う二兎を追う挑戦ですが、クリアソンはあくまで二兎を追い続けるんでしょうか?

森岡:その問いに答えるなら、我々は堂々と二兎を追います。二兎を追い続けるし、本気で世界一にもなれると思うからこそ、目指しているんです。ただし、本気度と実現性の解像度は、必ずしも一致するものではありません。私自身は世界一を本気で目指していますが、例えば若いスタッフや選手たちが、同じ目線を持ち続けられるかと言えば、そこの伝え方には難しさも感じています。

大橋:なるほど。実践されている取り組みはどれも、クリアソンが目指す世界一に向けた最初の一歩である。でも、社会課題を解決して世界を良くしていこうと本気で進むならば、社会課題の規模やレベルが変わるたびに、理解を深めて目線を上げる道筋も同時に探っていかなければいけないのだと感じます。

サッカーの方も同様で、ステージが上がるほどに、頑張りや感動“だけじゃない”ものも必須になります。そうしなければ勝てないレベルを求められるわけですから。ステージが上がれば頑張るのは当たり前で、頑張ることの意味もレベルも段違いに上がると腹落ちさせて、一丸となって目線も行動も変える必要がありますね。

森岡:まさしくそうです。いずれはがむしゃらに頑張るだけでは通用しない壁に突き当たるので、身体が資本のスポーツ選手は自分自身が投資対象でもあると自覚し、自律しなければいけません。そういった意識づけは、今後のマネジメントの課題でもありますね。

大橋:サッカークラブとして強くなって世界一になるのは、本業なので、経済的価値の追求です。一方で、「Enrich the world.」に表される豊かさを求める活動は、社会的価値の側面になります。前者だけではクリアソンらしさが失われてしまうし、後者だけでは単なる慈善事業になってしまう。今、多くの企業はこれらの両立を求められており、それは持続的な成長に必要だと考えられています。クリアソンも同じく、二兎を追い続けることを諦めない、という姿勢を感じました。

森岡:たとえ、二兎を追う挑戦がうまくいかなかったとしても、それすらも「豊か」だと思うんです。成功が大切なのではなく、成功を求めて何があるかわからない道のりを進んで行くことそのものが大切なのですから。むしろ、「何にもうまくいかなかった結果、世界一になれた」という方がよっぽどクリアソンらしいでしょう。失敗して挫折して、3歩進んで2歩下がるようなプロセスだったとしても、前向きに受け止めて進んで行くステップを楽しんでいきたいですね。

大橋:勝てる道よりも、豊かさと感動をたくさん生み出せる道を選んでいくということですね。新宿から世界へとつなげていく本気の勝負を突き進むクリアソンの世界観を伺い、改めて応援していきたいと思いました。本日はありがとうございました。

対談のまとめ

サッカークラブとしての成長や成果を出すこと、そして、社会貢献を通して豊かさと感動を産み出すこと。クラブとして堂々と真剣にこの“二兎”を追います、とおっしゃっていたことが心に残りました。ビジネスの世界においても、自社の真の企業価値向上に向けて、企業利潤と社会貢献いう一見相反する“二兎”を追おうと取り組む企業が増えています。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授によって提唱されたCSV(Creating Shared Value)の考え方です。単なるポーズではなく、「自分たちの成長と社会貢献の“二兎“を追うことによる価値向上」という難しいテーマに真剣に取り組む潮流が、業界を超えて広がっていることを強く感じられる対談でした。

プロフィール

森岡 隆三
2024シーズン クリアソン新宿
フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサー
桐蔭学園高校卒業後、鹿島アントラーズ、清水エスパルス、京都サンガF.C.などで活躍。2009年からは指導者の道へ。京都サンガF.C.でコーチやU18監督、ガイナーレ鳥取で監督、清水エスパルスでアカデミーのアドバイザー、ヘッドオブコーチングを歴任。JFA公認S級コーチライセンス保持。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長

Text:Aki Kuroda
Photo:Nanako Ono
Edit:Tomoko Hatano