2024年現在は技術革新や地政学的リスクなど、世の中の不確実性が高まり、さまざまな場面で企業の「パーパス」の重要性が語られるようになりました。
パーパスの変革期を見逃さない:グローバルマーケティングで勝つブランディングの力【対談】などでも言及されているように、グローバルマーケティングにおいてもパーパスは重要な役割を果たします。
米ベスト・バイの元会長兼CEOで同社の経営再建をリードしたユーベル・ジョリー氏も著書『ハート・オブ・ビジネス』で、企業経営におけるノーブル・パーパス(偉大なる存在意義)の重要性について以下のように説いています1。
“ノーブル・パーパスは世の中に与えたいと願うポジティブな影響のことであり、ひいては公益に貢献することである”
ベスト・バイでは新規事業を検討する際、「①:会社のパーパスに沿っているか」「 ②:顧客にとって良いものか」「 ③:実現可能か」「 ④:『そのうえで』利益をもたらすか 」の四点を軸と置いていると解説されています。
一方で、「パーパス」の重要性をなんとなくはわかっていても、「それがどのように自分たちに影響があるのか」を掴みにくいものでもあるでしょう。
筆者としては、「パーパスの存在」で自らの意思決定や、その後の世の中の空気を変えた組織は「ラグビー日本代表」が思い浮かびます。
ここ10年の活躍が目覚ましく、2019年の日本開催のラグビーワールドカップで日本代表は初のベスト8入りを果たしました。
この成果の前提にあるのは、2024年の再登板も記憶に新しいヘッドコーチ エディ・ジョーンズ氏のもと、強豪国である南アフリカに勝利した2015年ワールドカップでの通称「ブライトンの奇跡」にまで遡ります。
今回は、パーパスの存在がどのような影響を与えるのかについて、ラグビー日本代表の例を参考に論考します。
目次
2015年に起きた、世紀の番狂わせ「ブライトンの奇跡」
今からおよそ9年前、2015年ラグビーワールドカップ イングランド大会で日本代表は、強豪国の南アフリカと同組に入り、初戦の相手として争いました。このとき、現地のブックメーカー・ウィリアムヒルは日本勝利のオッズを34倍と判定しています。つまり、「誰も日本が勝つとは思っていない」状況だったのです2。
当時、日本代表チームはワールドカップで通算1勝しかできておらず、(2引き分けが挟まるものの)16連敗だったことから、誰の目にも敗北は自明のようにも思われました。
しかし、実際の試合では奮闘をみせます。試合終盤まで、ビハインドではあるものの、「29対32」と強豪に対して、確かな「成果」をあげたのです。
それはかつてのワールドカップで強豪ニュージーランドに17-145で敗れ、「国辱」とも揶揄された歴史からすると、接戦に持ち込んだだけでも「大奮闘」との雰囲気がありました3。
日本代表は、変わらず奮闘を続けます。試合終了間際に猛攻をしかけ勝利まであと一歩のところまで漕ぎ着けます。試合終了間際には、相手のペナルティを得ました。
ここで、日本代表は「ペナルティキックで比較的高確率でスコアを得る」、もしくは「スクラムなどで一か八かトライする」という選択を迫られます。前者ですと3点が入り引き分けで試合終了。後者であれば5点を得られ勝利できるものの、少しでもミスがあれば3点差で負けてしまいます。
当時、日本代表チームは迷わず後者を選び、リスクを背負ってでも勝ちを目指す選択をしました。
日本代表チームは最終的にトライを獲得。南アフリカに勝利し、のちに「世紀の番狂わせ」と語り継がれる“奇跡的な勝利”をもぎ取ります。
敗者のマインドセットとラグビー日本代表の「パーパス」
この勝利の背景にはさまざまな要因があり、大会後に多くの書籍が出版されたり、監督のエディー・ジョーンズ氏自らが講演の場で語ったりしています。
「誰も勝てると思っていなかった」と前述しましたが、それは観客だけでなく選手も感じていたことであったそうです。エディー氏は自著『ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング』のなかで、「日本人の選手の『自分たちは弱い』という思い込みは、非常に強固でした」と述べています4。
エディー氏は、選手たちの「自分たちはできない」という思い込みを取り除きながら、プレースタイルからマインドセットに至るまで「ジャパン・ウェイ」と呼ばれる“日本らしさ”を活かすことを考えたとのことです。
「自分たちにはできない」
これは「失われた30年」のなかで、隣国の台頭を横目で見ながらも、自分達の手で成功体験を創出したことがない、我々ビジネスマンにもいえるのではないでしょうか。
そのような「敗者のマインドセット」を打開する上では、明確な目標を持つことが重要です。
「日本のラグビー文化を変える」という言葉を添えて、「日本は世界のトップ10に入る。ワールドカップでも勝利する」と目標を掲げたと『ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング』内で述べられています。
その後、そういったエディー氏の掲げた目標はチーム内に浸透し始め、選手のリーダー陣による結成3年目のミーティングで、当初の目標が「歴史を変える」に変化したとのことです5。
さて、これらのラグビー文化や歴史を変える、といった「大義」はどのような影響をもたらしたのでしょうか。
筆者は、ラグビーワールドカップに選手として出場した畠山選手の講演に参加したことがあります。その際に、「日本ラグビーの誇りを取り戻す。この目的があったので、あの場面で引き分けを狙うことは一切考えなかった」とお話されていました。曰く、「勝ちに行くことで全員一致していた」とのことです6。
日本代表チームが掲げたこのような目標は、ある意味では「パーパス」とも言い換えられるでしょう。
南アフリカ戦に出場した、ニュージーランド出身のトンプソン・ルーク選手は勝利に繋がるスクラムを組む直前にこう絶叫したと報道されています7。
「歴史を変えるのは誰!?」
パーパスが浸透し、一人ひとり意思決定=行動指針に反映された例といえるでしょう。
(なお、当のエディ監督本人は「なぜこの場面で引き分けを狙わないんだ」と怒鳴り、無線機のヘッドホンをコンクリートにたたきつけて壊してしまったという後日談もあります8)
パーパスを実現するための組織能力とは
一方で、パーパスは掲げていても実行されていなければ「額縁に飾ってあるだけの理念」と大して変わりません。それを実現するためには、メンバーが腹落ちしつつ、実現に向けて日々努力する必要があります。
日本代表は「世界一」ともいわれる過酷なトレーニングを行っていたことで有名でした。前述の畠山選手も「目的(達成)のためにハードワークできた」と述べています。
パーパスを掲げることはすなわち高い目標を掲げることを意味します。現時点で出来ていないことを実現する上では、ハードワークが必要です。
ビジネスシーンに置き換えると、仮に高い目標を掲げても、他社との差別化ができなければ、競争上の優位性は維持できません。
楠木 建氏の著作『ストーリーとしての競争戦略』では、競争戦略では「他社とのポジショニングによる差別化(Strategic Positioning)」に加えて、「他社に模倣されない組織能力(Organizational Capability)」も必要であると述べられています9。
これは「他社に模倣されない自社らしさ」のことです。ラグビー日本代表の場合、先に挙げた日本らしさを活かす「ジャパン・ウェイ」がまさにそれにあたるでしょう。
現代は、企業組織でも多様性が増している
ラグビーは「居住国主義」といわれ、代表国の国籍が必要ありません。そのため居住期間が5年以上であれば代表の資格を得ることが可能です。
これは、発祥の地であるイギリスが大英帝国時代に、植民地のルーツを持つ選手に対応したことが関係しているといわれます10。
そのため、日本代表においても多くの海外にルーツのある選手が選ばれています。しかし、別のカルチャー・言語を持つ選手たちは、恵まれた体格やスキルなどを持つ一方で、チームとしてのまとまりを持たせるのは容易ではありません。
そのなかで、ニュージーランド出身でキャプテンを務めたリーチ・マイケル選手は、ワールドカップの大会前に日本のルーツを知ろうと、君が代に出てくる「さざれ石」を見学して一体感を高めたと伝えられています11。
筆者自身、初めてマネジメントを経験した際は、異なるキャリアをバックグラウンドに持つメンバー(なかには海外出身のメンバーも)が在籍しており、日本語・英語を絡めたチームマネジメントが大きなチャレンジであったことを覚えています。
2024年現在、グローバ展開をしている場合、日本企業においてもレポートライン(自分の上長・部下)が海外オフィスであるなど、多様化の傾向が見受けられます。
ハーバードビジネスレビューでは「多様性がある組織の方が高い成果を上げている」と述べられています12。
一方で、上手くマネージできなければ、たちまちチーム全体が立ち行かなることも容易に想像できます。
「多様性を高める」ことが特に求められた現代において、現場を束ねるリーダーの胆力はこれまで以上に必要性を増しているのです。
重要なのはパーパスの先にある意思決定
2010年代における日本代表のケースでは浸透したパーパスのなかで、局面局面での意思決定の積み重ねが実現した好例といえます。
一方で、パーパスという名の「自社らしさ」があっても、実行・実現できなければ意味がありません。その上では、自らの説明責任・決断が不可欠です。
日本企業の課題は「意思決定ができないことである」と、当社主催の講演に登壇いただいた早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は述べられました。
入山教授曰く「『意思決定が仕事』である会社のトップを担う人材が日本にほぼいない」ことが課題であるそうです。
一方で「意思決定は場数で磨かれる」とお話しされています。つまり、リスクを背負ってでも決断するリーダーシップが求められているのです。
「パーパス」についての議論では、「パーパスの中身」に終始することが多々あります。
しかし、それを実現する「組織能力」「個人のリーダーシップ」が育まれて初めて実現されます。これらは一朝一夕で育まれるものではないのも事実です。
「小さな意思決定を自分の責任下で遂行する」
パーパスとは、このような体験をメンバー一人ひとりが日々経験するなかで醸成されていくものなのではないでしょうか。
- ユベール・ジョリー (著), キャロライン・ランバート (著), ビル・ジョージ (その他)『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)――「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』英治出版 (2022/7/22) [↩]
- サンスポ「南アの勝利『確定的』…日本勝利のオッズは『34倍』」 [↩]
- ラグビーワールドカップ「『国辱』すべてが“アマ”当然の145失点」 [↩]
- エディー・ジョーンズ (著) 『ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング』講談社 (2016/12/2) [↩]
- 荒木 香織(著)「リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表『躍進』の原動力」講談社(2019/12/18) [↩]
- デイリー「15年ラグビーW杯は日当2000円だった 畠山『誇りを取り戻すため、ハードワーク』」 [↩]
- 文集オンライン「【南ア戦で奮闘】「歴史を変えるのは誰」38歳トンプソンルークが4度目のラグビーW杯で見せ続けた“タックル”!?」 」 [↩]
- Sportiva「奇跡ではなく必然だった。ラグビー日本代表のジャイアントキリング」 [↩]
- 楠木 建 (著)『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社 (2010/4/23) [↩]
- shiRUto「ラグビー代表に外国人選手がいる理由は? 発祥地『大英帝国』の歴史が背景に 」 [↩]
- 産経新聞「ラグビー日本代表が『さざれ石』の前で君が代」 [↩]
- ハーバードビジネスレビュー「多様性があるチームほど聡明な3つの理由」 [↩]