スマートフォンやSNS、IoTデバイスの急速な普及によって、企業が取得できるデータの量も大幅に増加し、ビジネス活動のあらゆる領域に影響を及ぼしています。 マーケティング領域においても例外でなく、さまざまなマーケティングツールが増えたことも相まって、取得できるデータの量・種類は増え続けています。
一方で、BtoBマーケティングで膨大なデータを有効活用するポイントとは?で触れられているように、大量のデータが蓄積されたからといって、必ずしも「活用できるデータ」が増えるとは限りません。 筆者自身、前職でマーケティングの戦略や施策を企画する立場で「まずは何が課題か」を探るためにデータを集めてみたものの、「何のデータを分析すればいいか」がわからず、施策の速度が鈍化した経験があります。
前提となる「仮説」は正しいか? データ分析の前に確認すべき方針内で解説したように、重要なポイントは「データ分析は仮説を前提に進める」ことです。
ただし、注意しなければならないのは「仮説だけあっても、何がマーケティングに使えるデータなのか把握していないと、ビジネスに役立つ有意義な分析結果は得られない」ということです。
BtoBマーケティングでも顧客理解のためにデータを活用します。その際、顧客から得られる明示的データ(例:担当者名、メールアドレスなど)だけでなく、顧客の行動から推測される暗示的データ(例:自社サイトでの行動データなど)と組み合わせることで、より解像度の高い顧客理解が可能です。
そこで、本記事ではBtoBマーケティングで活用するべきデータについて、「明示的(Explicit)データ」「暗示的(Implicit)データ」の性質を整理・解説し、データ活用に至るまでの手順を紹介します。
明示的(Explicit)データとは
明示的(Explicit)データとは、フォームへの記入、アンケートへの回答、個人情報の提供など、明示的な行動を通じて直接取得できる情報を指します1。一般的には、資料ダウンロードやメルマガ登録時のフォーム提出で、顧客が情報を入力することによって得られます。
明示的データの長所は、目的に沿ってデータが整備されていればデータ成型などを行う必要がないため、扱いが容易であるという点です。 事前に格納先の項目や選択肢を定義し、それに沿って情報を格納することで、そのまま分析可能なデータとして活用できます。
短所としては、フォーム入力を通じて見込み客が能動的にデータ入力をする必要がある場合、データ取得のハードルが高いという点が挙げられます。入力者が不正確な情報を入力する可能性もあるため、情報の正確性に疑問が残る場合もあるのです。
名刺のような信ぴょう性の高い情報源を除き、フォーム入力された情報をうのみにするのではなく、後述する暗示的データと組み合わせるといった対策により情報の正確性を担保する必要があるといえます。
暗示的(Implicit)データとは
暗示的(Implicit)データとは、明示的に記述または直接提供されていないが、他の利用可能なデータから推測または推定できる情報を指します。例えば「Webページの閲覧数」「メールの開封数」「イベントやウェビナーへの参加履歴」などが挙げられます。
米Forrester社の調査によると「購買者の68%は、自分自身でオンラインから情報収集することを好む」というデータもある2ため、オンライン上での行動を取得することは見込み顧客へのアプローチ手段を定義する上で非常に重要です。
暗示的データの長所は、顧客の行動を起点としてデータが生成されるため、回答バイアスがなく本音に近い傾向が反映される「信ぴょう性の高さ」にあります。サイト訪問などの行動でも容易に取得できるため、顧客からデータを提供してもらうハードルが低く、データの情報量が豊富であるという点もメリットです。
短所としては、サイト訪問の履歴だけがデータとして並んでいても「そのデータが何を意味するのか」について仮説立てを行う必要があることでしょう。具体的には、暗示的データは、そのままでは一定のルールに則って対応を分岐させるようなMAの施策に反映させづらいのです。
「そのデータが何を表し、どう類型化されているか」「そのパターンに則って、アプローチ手法をどう分岐させればいいか」といった形で、データ分析しやすい形に変換する必要があります。
明示的データと暗示的データは相互補完される
明示的データの信ぴょう性の低さは、暗示的データも併用して相互補完することで、施策に上手く組み込むことが可能です。
例えば、顧客ニーズを調査する目的でアンケート施策を実施する際、リース切れの時期もヒアリングするとします。この際、明示的データとして「リース期限(=明示的データ)」のデータを入手できます。そのデータを信じるのであれば、リース期限が近付いている場合はマーケティングやインサイドセールスを経由せず、すぐさま営業がアプローチすべきです。
ただし、明示的データゆえに、不正確な情報が紛れ込むケースも十分に考えられます。この際、Cookie情報が紐づいていれば顧客ごとの「Web上の行動データ(=暗示的データ)」と照らし合わせ、「リース期限が迫っているか(つまり、購買意欲が高まっているか)」といった形で、“裏どり”を行うことが可能です。
明示的・暗示的データはどちらも一長一短あるため、顧客理解のためには両方のデータを組み合わせて活用する必要があります。
明示的・暗示的データの活用に至るまでのステップ
以上のような特徴を持つ明示的・暗示的データを自社で活用する上では、以下の「Why/What/How」のフレームワークに沿ってデータの活用方法を定義するのが有効です。
- Why:何を目的としてデータを分析するのか?
- What:どのデータを分析対象とするのか?
- How:どのようにデータを取得するか?
それぞれ、個別に解説します。
Why:何を目的としてデータを分析するのか?
前述の前提となる「仮説」は正しいか? データ分析の前に確認すべき方針で解説したように「データ分析の際の仮説はビジネス上の目的によって変わる」旨を述べていました。
つまり「自社は何を目指すのか」「その上ではどのような戦略をとるのか」といった経営層の意思決定を理解し、マーケティングにおいて何を実現すべきなのかを検討する必要があります。
例えば、その企業において、既存顧客の売上を伸ばすことを目標に掲げているとします。その場合、目標を実現する上での戦略が「アップセルを狙うのか」「クロスセルを狙うのか」によってみるべきデータは異なります。
アップセルを狙うのであれば、どれくらいの余地があるか探るために、従業員数を確認し、既存導入数と照らし合わせることでアップセルの余地を探ることが考えられます。
クロスセルを狙う場合、他商材に対しての興味関心を表すデータを取得する必要があるでしょう。
What:どのデータを分析対象とするのか?
データ取得の目的を定義できれば、次は「どのようなデータを分析するのか」を精緻化します。これについては「①:ペルソナ作成→②:バイヤージャーニーの作成→③:コンテンツマップの作成」の手順で実施しましょう。
①:ペルソナ作成
まずは、ペルソナ作成を行う必要があります。ペルソナとは、自社にとって「理想の顧客像」を表し、ビジネスにおけるさまざまなシーンで議論されるものです。
ただし、特定企業の特定個人をターゲットとするBtoBビジネスでは、このペルソナ像が自社内でぶれてしまうケースも珍しくありません。
3つのコンセプトで考えるBtoBマーケティングのペルソナ設計で触れたとおり、BtoBにおけるペルソナについて議論する上では、以下の3つの概念を把握しておく必要があります。
- ICP(Ideal Customer Profile):自社ソリューションとマッチ度の高い架空の企業。
- DMU (Decision-Making Unit)/Buying Center:顧客企業における各部門の役割・機能。
- 個人レベルでのペルソナ: 架空の顧客に関する詳細なプロファイル
それぞれで求められる要素は企業毎に異なるため、自社戦略から紐解きつつ関係部署と議論を重ね、作成することが重要です。
②:カスタマージャーニーの作成
次は、ペルソナに基づいてカスタマージャーニーを検討します。カスタマージャーニーとは、「ブランドの最初の認識から始まり、製品やサービスの評価、最終的に購入の決定に至るまで、バイヤーが通過する全てのプロセス」3です。
ペルソナとして想定している架空の人物が、自社サイト上の行動だけでなく「一連の購買行動においてどこで情報収集を行い、どこで自社との接点を持つのか」「どのようなタイミングで購買の意思決定をするのか」を一連の流れとして整理します。
③:コンテンツマップの作成
米HubSpot社の定義によると、コンテンツマップとは「適切なコンテンツを適切な人に適切なタイミングで配信するための計画」です4。
「作成したバイヤージャーニー上に位置する顧客がどのような課題を抱え、その課題に対して自社のどのコンテンツが役立つか」をマッピングしたものがコンテンツマップとなります。
コンテンツマップを活用することで「自社のどのコンテンツを閲覧している顧客であれば、購買に対して温度感が高まっているか」を見極められるようになります。
ただし、暗示的データであるWeb上の閲覧履歴を施策に活用できる状態にするには、それぞれのデータがどのような意味を持つのか、意味づけをする必要があります。
既に検討が進んでいる顧客にアプローチしたい場合はそれら購買に近い段階の見込み顧客にとって役立つコンテンツの価値を重くする。逆に検討が進む前からアプローチをしたい場合はコンテンツ検討初期の見込み顧客がよく閲覧するコンテンツの価値を重くするという形で、自社にとってどのような情報が重要か目的によって重みづけの仕方は異なります。
How:どのようにデータを取得するか?
BtoBマーケティングにおけるデータ利用が抱える問題でも触れたようにデータの整備は非常に重要で、特に明示的データ・暗示的データを取得する際に課題として発生するのが、「データの入力形式」です。MAツール・SFAに入力するデータの形式が定義されていなければ、入力の際に表記揺れや記入ミスなども発生し、いわゆる“汚いデータ”となってしまいます。
そのため、事前に「どの項目に、どのような形式でデータを保持するのか」を定義しておく必要があります。
例えば、暗示的データの場合、MAにそのままデータとして格納しても使用できるようにはならないため、まずは「データを意味のある情報」に変換することが大切です。
コンテンツマップと照らし合わせつつ、「どのコンテンツに触れている方に注力してアプローチするか」決める。その上で、各データをスコア化し格納することで、スコアが高い顧客は自社がアプローチすべき顧客だと判断できるようになります。
おわりに
BtoBマーケティングにおいて、膨大なデータを活用できる情報に変換するためには、「ビジネス目的に沿った仮説を前提として進める」「仮説立案する上で、どのようなデータが活用できるのかを把握する」という2軸が重要となります。
マーケティングにおける顧客理解という観点では、顧客から提供される明示的データだけでなく、行動に紐づいているため偽ることが難しい暗示的データを組み合わせることでより深く顧客理解を深められます。
結果として、顧客志向のマーケティングを実現するための「Always On」とは何か?で解説した通り、自社がアプローチするべき顧客に対し、適切なタイミングで適切な情報を届けるというライトタイミング・ライトコンテンツでのアプローチが可能になるでしょう。
- Storyly「Explicit vs Implicit Data: What Is the Difference?」 [↩]
- FORRESTER「The Ways And Means Of B2B Buyer Journey Maps: We’re Going Deep at Forrester’s B2B Forum」 [↩]
- Qualtrics「Understanding and mapping the B2B buyer journey」 [↩]
- HubSpot「Content Mapping 101: The Template You Need to Personalize Your Marketing」 [↩]