2023年現在は市場環境の変化や、ESGをはじめとする社会課題に対して、各企業は対応が求められており、新しい価値を生み出すイノベーションの重要性が高まっています。
一方、マッキンゼー&カンパニー社のレポートでは、「日本のR&D支出は高い水準にあるものの、生産性・特許取得件数ともにグローバルにおける順位は低下している」と指摘されています。
さらに同資料には、「外部環境が大きく変化し不確実な環境においては、外部パートナーシップ の活用はイノベーション創出の鍵となり得る」との記述もありました1。
自前主義を脱却した外部との協業・共創はオープンイノベーションと呼ばれ、各企業で その取り組みが進められつつあります。
オープンイノベーションに関しては、自社が外部の技術・アイデアを取り入れる「インバウンド型」と、自社が外部に提供する「アウトバウンド型」に区分されます。
アウトバウンド型の取り組みは本インサイトでもたびたび論題にあがっている「新規領域に向けた探索活動」の一環です。
さまざまな機関・組織が発表している各タイプ別の論文分布などをみると、主流なのはインバウンド型の取り組みの方で、アウトバウンド型については全体の10%未満に留まっているのが現状です2。
これについては、アウトバウンド型のような製品の新規性や革新性が高い探索活動の成功確度はそもそもあまり高くない上、開発期間が長くなるという事情も影響していると推察されています。
このように「探索」の性格が強くなるアウトバウンド型のオープンイノベーションの推進において、アウトバウンド型に即したマーケティング思考が必要になります。そこで今回は、マーケティングにはどのような役割や考え方が求められるのかについて論考します。
アウトバウンド型オープンイノベーションとは?
そもそも、イノベーションの定義とは何なのでしょう。経済産業省の資料では、以下のように記載されています3。
<「イノベーション」の定義>
「研究開発活動にとどまらず、
- 社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値(製品・サービス)を創造し
- 社会・顧客への普及・浸透を通じて
- ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動を『イノベーション』と呼ぶ」
さらに、経済学者のJoseph Schumpeter(ヨーゼフ・シュンペーター)氏はイノベーションを「生産諸要素の非連続的な新結合= 自社資産の新しい組み合わせ」と定義していました4。
つまり、「研究開発にとどまらない資産の新しい組み合わせ(新結合)により、新たな価値を生み出し、ビジネス上の対価を得ること」といえるでしょう。
そのなかで、オープンイノベーションとは自社だけでなく、外部のリソースを組み合わせることで、問題解決をする手法を指します5。
これはイノベーション創出にあたって新たな人材を雇うといった「自前主義」の従来がクローズドイノベーションとは取り組みの考え方が大きく異なります。
それぞれの違いをまとめると、以下のとおりです6。
前述のとおり、オープンイノベーションは自社が技術や情報を取り入れる「インバウンド型」と、自社が外部に対して提供する「アウトバウンド型」に分類されます7。
本稿の主題となるアウトバウンド型オープンイノベーションとは、上記のように外部から技術や知識を「自社に取り入れる」取り組みです。
このアプローチは、新しい市場の機会を探る。あるいは既存の技術や知識の外部活用を通じて追加の収益を生むために活用されます。
“アウトバンド型”のイノベーションが持つ意義
では、日本企業がアウトバウンド型のイノベーションを採用する恩恵とは、どのようなものなのでしょうか。
前提として、インバウンド型は「外から内へ」の取り込みを目指し、新しい技術や知識を自社に導入することを目指しています。
一方で、アウトバウンド型は最終的に「内から外へ」の開放を図ることによって、自社の資産を外部と共有・協力して価値を生み出すことが目的です。
外に向けて価値を提供する場合、有償・無償の2パターンが考えられます8。金銭対価を求める場合、技術・ノウハウ等を外部に売却または使用許諾することで、自社の資産を外部に対し、金銭的対価と引き換えに提供するのが一般的です。
あるいは、無償で行うなら「開示を通じた技術の標準化(デファクトスタンダード)」「開示した技術・ノウハウに対する外部からのフィードバック(例:ニーズ・活用方法など)」を通じた、業界におけるプレゼンス向上や、事業の推進を図るのがアウトバウンド型の特徴といえます8。
このように、自社の知識・アイデアのアウトプットを通じて、外部からの更なる知見を取り込むことで、自社におけるイノベーションの有効性や効率性を高められます。
つまり、「自社情報の外部開示」というアウトバウンド活動を行えば、外部からのフィードバックが得られ、外部の知識・アイデアが内部に蓄積するインバウンド・フローが促進されるのです。
これは「アウトバウンド・イン」と呼ばれ、外部への開示の頻度を高めることで、技術機会やプロジェクト評価が高まることが確認されています9。
アウトバウンド型イノベーションにおけるマーケティングの役割
アウトバウンド型オープンイノベーション創出においては、自社の技術(シーズ)の価値を外部に対して発信し、顧客ニーズを満たし続けなければインバウンド・フローのサイクルを回し続けられません。
その上では「マーケティング思考」が非常に重要です。
これは、「顧客ニーズを満たすことで収益を得る営み」といわれるマーケティングには、自社技術に対してベネフィットがある顧客像を具体化し、「顧客ニーズ」を起点とした活動が求められるからです。
日本企業は伝統的に高い技術力を武器とした引き合いの獲得が強い一方で、自社から外部にアプローチする「探索活動」の機能や経験が少ないともいわれています。
しかし、アウトバウンド型のような新領域への探索活動は成果が出るまで時間がかかる場合も多いため、マーケティングが起点となりつつ、全社的にチャレンジし続けることが重要です。
マーケティングの視点で考えると、その期待される成果は、顧客の「獲得・維持・育成」となります。その上では、ターゲット市場の選定、顧客価値の創造や提供、他部門への伝達をしていくことが、取り組みとして求められるのです。
加えて、アウトバウンド型が自社技術やアイデアを外部に提供する活動であることを加味すると、「顧客価値」がキーワードとなります。
つまり、ライセンスアウトなどの技術外販はもちろん、(たとえ無償での技術開示でも)顧客に「自分ごと化」した上で活用してもらうためには、「外部顧客に対してどのような価値があるか」を整理することが重要になってくるのです。
アウトバウンド型イノベーションで必要な「自社技術価値の再定義」とは
アウトバウンド型オープンイノベーションにおけるマーケティングの役割の1つは「顧客ニーズの整理」だと定義しましたが、実際はどのようにアプローチすればよいのでしょうか。
オープンイノベーションを含む市場探索を行う場合、ターゲットとなる企業や研究機関等の「顧客」は、関連する「用途」「工程」に紐づくものです。
そのため、市場の切り口となるセグメンテーションやターゲティングが重要になってきます。
ただし、情報を届ける先は企業内での「個人」になるため、ターゲット企業・部門内から各キーパーソンに絞り込んだ上での情報開示・情報取得が大切です。
その上で求められるのは、相対する顧客の「個人」単位での興味関心に即したメッセージを届けることが重要になります。
この際に求められるのが「サービスドミナントロジック」の視点です。
サービスドミナントロジックにおいて端的に説明すると「あらゆる活動をサービスととらえ、企業だけで価値創造をするのではなく、価値は顧客と共創する」という理論や考え方を指します。
この概念は2000年代初頭にLusch Robert F(ラッシュ,ロバート・F)とvargo Stephen L(バーゴ,スティーブン・L)によって提唱され、商品中心の伝統的な価値の提供・交換の視点を持つグッドドミナントロジックと対比されて用いられてきました。
新しい価値を創る探索活動 ~ 具現化サイクルによる 持続的な変革の実現 ~でも解説 されているように、新規参入する市場においては、サービスドミナントロジックの考えた方を踏襲し、「既存プレイヤーが満たせていないか、自社事業の影響で満たすことができないニーズ」を探し、イノベーションの可否を判断する場合もあります。
マーケティングにおけるサービスドミナントロジック理論では、商品・製品そのものが価値ではなく、顧客に活用してもらうことによる顧客側の便益や、共創を通じた経験や関係そのものが価値に繋がると解釈できます。
つまり、アウトバウンド型オープンイノベーションでは「顧客との共創」を前提として「自社技術の持つ価値は何か」について考える必要があるのです。
アウトバウンド型イノベーションで求められるマーケティング的考え方
アウトバウンド型オープンイノベーションで顧客との共創を進める上では「ニーズとシーズのマッチング」が重要になってきます。
その上では、顧客ニーズを起点にした「自社技術が顧客にとってどんな価値を生み出すのか」という思考が大切です。
このような、商品・サービスが顧客に提供する独自の価値を明確化したものを「バリュープロポジション(価値提案)」と呼びます。
バリュープロポジションは自社の技術やアイデアの「価値」を整理する上では重要な考え方ですが、感じる価値は顧客ごとに異なります。
そのため、まずは「アプローチする顧客像」を明確にした上で、「どのようなベネフィットがあるか」を顧客軸で整理・再定義することが重要です。
アウトバウンド型の取り組みでは、「顧客に使ってもらった便益」が価値になりますので、その判断自体は受け手に委ねられるためです。その上では、「顧客の定義」について社内で明確にする必要もあるでしょう。
このようにして「顧客ごとに感じる価値」を明確化するためには、製造業は顧客の「潜在ニーズ」をどうやって新規事業・研究開発に活かすべきか?でも解説したように、顧客ニーズに根差した「仮説構築」が大切です。
イノベーションを生み出そうと思えば、「顧客すら気づいていないニーズ」を拾っていく必要があります。「顧客が気づいていないもの」に気づくために、顧客インサイトに基づいた仮説が求められるのです。
ただし、初期段階で立てた仮説は往々にして間違いであるケースも珍しくありません。
そのため、「打率を上げること」の難易度が高い局面も頻繁に発生します。
そのようなケースでは、仮に失敗があったとしても「打席を増やすことで成功の種を1つでも多く得る」ことを目標としつつ、自社価値を外部に投げかけていくべきでしょう。
自社で考え続けるのではなく、顧客側の反応をみつつ、「シーズとニーズのマッチング」を図って、継続的な共創に繋げていくことが大切なのです。
まとめ
オープンイノベーションにおけるアウトバウンド型の取り組みは、「自社技術の提供による収益化」「技術情報やアイデアの外部開示」などを目的としています。
アウトバウンド型の取り組みを進めるなかで、自社から働きかけをしていくと、外部からのフィードバックを得られ、「情報を開示することで情報が集まる」状態となっていきます。
大切なのは、闇雲に活動をするのではなく、「自社の情報が顧客に対してどのようなベネフィット」があるかの棚卸しをしつつ、しっかりとした仮説をもってアプローチするマーケティング思考です。
その上で、自社が持つ技術やアイデアなどの資産に対する「価値」の再定義をし、顧客視点を軸として共創による価値提供を進めることで、アウトバウンド型のイノベーションの成果創出に寄与していけるでしょう。
なお、当社マーケットワン・ジャパンは、アウトバウンド型オープンイノベーションにおけるマーケティングの役割についてまとめたホワイトペーパーも公開しています。
下記より取得していただけますので、「より理解を深めたい」とお考えの方は、下記よりダウンロードください。
- McKinsey & Company「日本企業がR&Dの生産性向上に向けて取り組むべき5つのテーマ」 [↩]
- 山内勇, 山内勇,三井絢子日本知財学会誌 (2017) 「アウトバウンド型オープン・イノベーションとイノベーション成果」 [↩]
- 経済産業省「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」 [↩]
- 経済産業省:「ウィズ・ポストコロナ時代における 地域経済産業政策の検討 (地域の価値創出:地域のイノベーション) 」 [↩]
- Harvard Online [↩]
- JOIC/NEDO「オープンイノベーション白書第三版」 [↩]
- JOIC/NEDO「オープンイノベーション白書 第三版」を基に、当社にて作成 [↩]
- 山内勇, 山内勇,三井絢子日本知財学会誌 (2017) 「アウトバウンド型オープン・イノベーションとイノベーション成果」を基に、当社にて作成 [↩] [↩]
- アレックス・オスターワルダー (著),イヴ・ピニュール (著),グレッグ・バーナーダ (著),アラン・スミス (著),関 美和 (訳)「バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る」翔泳社 (2015/4/17) [↩]