マーケットワン・ジャパンが主催した「BtoBマーケティングフォーラム2026」が、2026年7月7日・8日の計2日間にわたりオンラインで開催されました。今回のテーマは「探索の『芽』を収益の柱へ ー 自社の資産を『事業』へと昇華させる実践知」。
大手製造業を中心とする各社の実践をもとに、自社が持つ技術・知財・知見を新たな収益の柱へと育てるための考え方や取り組みについて議論が交わされました。
講演内容を基にした前編記事では、優れた技術や製品を生み出しても事業化につながらない背景にある「1→10の壁」をご紹介しています。
新規事業には既存の取引先がいないため、「誰が買うのか」「本当に買ってくれるのか」「なぜ買ってくれるのか」を一から明らかにしなければなりません。そのうえで、「誰に」「何の価値で」「どのように」を構造化し、事業の仮説を具体化するGTMモデルについて解説しました。
後編では、「市場を観る」「組織を連動させる」「本気をつくる」の3つの軸から、「技術」を「事業」へと変え、1→10の壁を突破するための考え方を掘り下げていきます。
良い製品を“ビジネスにする”技術 1→10で止めないために、ビジネスをつくるために「市場を見る」ことの重要性
「技術」を「事業」にする-1→10の壁を超える3STEP
前編で解説したように、日本の大企業には、優れた技術を生み出す「0→1」の力があり、成立したビジネスを自社事業として大きく育てる「10→100」の力もあります。
一方で、その間にある「1→10」では、生み出した技術を市場で売れるビジネスとして成立させることが求められます。

前編で見てきたように、既存の取引先を持たない新規事業では、技術として優れているだけでは「10→100」へ進むことはできません。技術と事業の間にある空白を、市場との対話を通じて一つずつ埋めていく必要があります。
さらに、GTMモデルによって事業の仮説を具体化したとしても、それだけで1→10を突破できるわけではありません。見るべき市場を定め、実際の顧客との対話を通じて仮説を検証し、その結果を研究開発や事業部門の意思決定へとつなげていく必要があります。
では、GTMで描いた事業仮説を、実際に「市場で成立するビジネス」へと変えていくには何が必要なのでしょうか。
そのプロセスは、大きく「市場を観る」「組織を連動させビジネスとして成立させる」「事業化に向けた本気をつくる」という3つのSTEPに整理できます。
3つのSTEPはそれぞれ独立しているわけではありません。市場を観ることで事業の仮説を具体化し、市場との対話から得た情報をもとに組織の判断をつなぎ、その事業を継続して育てる人と仕組みをつくる。
それぞれのSTEPで何を考え、どのように「技術」を「事業」へと変えていくのかを詳しく見ていきましょう。
STEP1:未来から逆算して市場を観る
1→10で最初に求められるのは、個別の顧客だけではなく、その先にある「市場」を観ることです。
0→1の段階では、「顧客はいるのか」「PoCに参加してくれるのか」といった問いから、技術や製品に対するニーズの有無を確かめていきます。
しかし、1→10では、それだけでは十分ではありません。「その顧客は本当に買ってくれるのか」「同じ理由で他の顧客にも買ってもらえるのか」「その顧客にとって何が価値になるのか」「継続的に自社が競争優位を保つ事が出来るのか」まで踏み込む必要があります。

個別の顧客から好意的な反応を得られたとしても、それだけでビジネスとして成立するとは限りません。一社だけに存在する特殊なニーズであれば、市場としての広がりは期待できないからです。
個別顧客との対話を重ねながら、その先にどのような市場が存在するのかまで見通すことが、1→10では問われます。
新規事業のテーマを探索する際には、以下のようにいくつかの入り口が考えられるでしょう。

顧客が抱える「ペイン」から課題を探す方法もあれば、「あったらいい」という「ゲイン」から新たな需要を捉える方法もあります。自社が持つ「テック(技術)」や、他社にはない特殊事情・資産である「アンフェア」を起点に事業機会を考えることもできます。
ただし、いずれも「入り口」が見つかっただけです。顧客のペインが個社固有の特殊事情であれば、市場として広がらない可能性があります。
「あったらいい」というゲインも、継続して利用し、対価を支払うほどの価値がなければ事業にはなりません。技術についても、それによって顧客にとって何が変わるのかを説明できなければ、技術的な優位性だけで終わってしまいます。
顧客が「困っている」ことと、「お金を払ってでも解決したい」ことは異なるのです。
経営資源が有限である以上、顧客企業のなかで優先順位が付かなければ、実際の購買にはつながらないでしょう。そのため、誰が、どのように困っているのか、その課題は予算を投じてでも解決するものなのかまで見極める必要があります。
「事業」にするためのテーマ設定
こうした落とし穴を避けるためには、自社の技術だけから用途を探すのではなく、「どの市場で事業をつくるのか」というテーマそのものを定める必要があります。
その際の判断軸となるのが、「Market(市場・社会課題)」「Capability(自社が保有する能力)」「Will(将来テーマとして取り組む意思)」の3つです。

市場に魅力があっても、自社にそこで価値を生み出せる能力がなければ事業化は難しくなります。一方、自社に優れた技術があっても、それを必要とする市場がなければビジネスにはなりません。
この3つが重なる領域から、「勝てそうな市場」ではなく、自社が将来「勝つべき市場」を見定めていきます。この見定めた市場が、前編で紹介したGTMモデルのLayer1「Market & Account」において、狙うべき企業を絞り込んでいくための出発点となります。
ここで起点にすべきなのは、現在ではなく未来からのバックキャストです。
まず、将来の社会課題をもとに「自社が勝つべき市場」の仮説を置きます。その未来から現在へとバックキャストし、何に集中するのか、何には手を出さないのか、自社は何をしたいのかを決めていきます。

自社が持っている技術を起点に「どこなら売れそうか」を探すのではありません。将来どの市場で勝つのかを先に定め、そのために現在何をすべきかを逆算し、見るべき市場を定めることが、1→10の壁を超える最初の必要軸となります。
STEP2:組織を連動させビジネスとして成立させる
1→10では、技術そのものの評価から、その技術がビジネスとして成立するかどうかの評価へと判断軸を切り替える必要があります。
「その技術は作れるのか」「狙った性能を実現できるのか」が問われる0→1、「既存事業として拡大できるのか」「担い手は誰なのか」が問われる10→100とは異なり、1→10では、「市場で稼げる事業になるのか」を見極めなければなりません。つまり0→1ではお金を出して買って貰らえるのかの壁があり、1→10では継続的に儲かるのかの壁があるのです。買ってもらえる事と儲かる事の間には大きなギャプがあり、これに気づき克服する事が出来ないと1→10の壁を越えられず、結果として次の成長の柱となるような10→100の段階に進む事業を産み出すことができません。
単に「この技術に興味を持つ顧客がいる」というだけではなく、「誰がどのような課題を抱えているのか」「その課題は個社の特殊事情ではなく市場としての課題なのか」「その課題に対してどのような価値を自社が組織として提供できるのか」を明らかにします。
そのうえでVPC(Value Proposition Canvas:価値提案)を描き、実際の顧客との対話を通じて、想定した価値が本当に受け入れられるのかを確かめていきます。これは、前編で紹介したGTMモデルのLayer2「Buyer & Value」を、実際の顧客との対話を通じて検証していくプロセスにあたります。
ここで求められるのは、技術の完成度をさらに高めることだけではありません。顧客との対話によって、「なぜこの技術が必要なのか」「なぜ顧客がお金を払うのか」「自社の技術に継続的な優位性が確立できるのか」を検証し、技術的に優れている状態から、ビジネスとして勝てる状態へと判断軸を移していくことが求められます。
「困っている」と「お金を払う」は別物
顧客との対話で注意したいのが、顧客から得られる好意的な反応を、そのまま事業性の証明と捉えないことも大切です。
新しい技術や製品を顧客に見せれば、「面白い」「こんなことができるなら使ってみたい」と評価されることはあるでしょう。しかし、顧客が困っていることと、その課題を解決するために実際にお金を払うことは同じではありません。
経営資源には限りがある以上、課題が存在していても、企業としての優先順位が低ければ予算は付きません。「あればうれしい」というNice to haveなのか、「お金を払ってでも解決したい」というMust haveの課題なのかを見極める必要があります。
この違いが表れやすいのが、PoCです。
顧客が自社で予算を確保してくれる、発生している課題を自発的かつ具体的に説明できる、予算や導入設備について具体的な話が出るといった反応があれば、課題の強さを判断する材料になります。
一方、無償でPoCを実施できたとしても、それだけで有望な事業機会とは判断できません。無償だから試しているだけであれば、有償化した途端に顧客が離れる可能性も考慮する必要があります。

PoCそのものを目的にするのではなく「顧客がなぜその課題を解決したいのか」「どの程度の対価なら支払うのか」「その背景にどのような経営上の理由があるのか」まで確かめることが、事業性を判断するうえで求められます。
BtoBビジネスでは、さらに一人の顧客が抱える課題から、部門・役割、企業、そして市場へと視点を広げ、その課題がどこまで共通して存在するのかまで確かめます。
まず見るべきなのは、「個客」、すなわち一人の顧客が抱える具体的な課題です。
そこから、その課題を抱える「バイヤー(部門・役割)」、対象となる「アカウント(ターゲット企業)」、さらに同様の課題を持つ企業で構成される「マーケット(業界・地域)」へと視野を広げていきます。

こうして「誰が、なぜ、どの程度のお金を払うのか」を市場まで広げて確かめることで、1→10における判断材料が具体化します。
市場の解像度が上がれば、研究開発や営業、事業部門なども、技術の可能性だけではなく、「この市場で、この顧客に、この価値を継続的な優位性を持って提供する事業をつくる」という共通の前提で判断できるようになります。
STEP3:事業化に向けた本気をつくる
「1→10」で市場の可能性を見極め、ビジネスとして成立する確度を高めても、それだけで新規事業が自社の事業として育つわけではありません。最後に必要となるのが、その事業を継続して育てていくための「本気」をつくることです。
ここでいう「本気」とは、単に新規事業への熱意を持つことではありません。
「なぜ自社がその事業に取り組むのか」という意義を共有し、「誰が担うのか」を明確にしたうえで、組織として継続的に人や予算を投じられる状態になっていることを指します。
新規事業を一部の担当者だけの取り組みにせず、自社の事業として育てていくための当事者性をつくるということです。
新規事業の創出で必要な「両利きの経営」をマーケティング視点で徹底解説でも紹介したように、大企業の経営では、既存事業を磨き込む「知の深化」と、新たな事業機会を探す「知の探索」をバランスよく進める「両利きの経営」という考え方があります。
新規事業の文脈に置き換えれば、将来の収益の柱となる事業を探す「探索」と、現在の収益を支える既存事業を磨き込む「深化」を並行して進めることになります。
大企業なら、既存事業には顧客も売上もあり、社内の組織や評価制度もすでに整っています。一方、新規事業は当初の売上規模が小さく、将来の事業性にも不確実性が残ります。
特に素材産業のように事業化まで10〜20年を要する領域では、その間に組織再編や担当者交代、経営交代が起こることもあります。
短期的な利益だけで評価されれば、探索を継続するための人員や予算を確保できず、事業化に至る前に取り組みが止まってしまう可能性もあるでしょう。
だからこそ、「1→10」では市場や顧客を見つけるだけでなく、その事業を誰が担い、どのような体制で継続して育てていくのかまで考える必要があります。
1→10を次の事業へつなぐ組織の作り方
では、「1→10」を継続的に進め、「10→100」までつなげるには、どのような組織の仕組みが必要なのでしょうか。
研究開発部門には新しい技術を生み出す役割があり、既存の事業部門には現在の事業を成長させる役割があります。
しかし、まだ十分な売上を生み出していない新規事業を引き受け、市場との対話を続けながら事業として成立するところまで育てる役割は、既存組織のなかでは曖昧になりやすいものです。
そのため、1→10を担う仕組みを考える際には、「入口設計→仮説検証→上流設計→移管設計」までを一連の流れとして捉える必要があります。

新規事業の入口設計では、市場と自社のCapabilityの交点から、取り組むべきテーマを設定します。
仮説検証では、予算や出口を最初から固定するのではなく、市場との対話を通じて事業仮説を実情に合わせて変更していく「ピボット」が求められます。そして上流設計では、未来から逆算して開発の方向性を定める「バックキャスト」が必要です。
さらに、その先には「移管」があります。
探索によって事業としての可能性が見えてきた後、「どの段階で、どの事業部門が引き受けるのか」について、受け皿となる既存組織まで含めて設計しておかなければ、1→10を突破しても、10→100へ移る段階で再び事業が止まりかねません。
ここで問われるのは、制度やプロセスだけではありません。前述した当事者性を、組織のなかにつくっていく必要があります。
その際、事業をやりたいという個人の想いや情熱だけに頼るのではなく、事業そのものの魅力度を高め、全社にとって取り組む意義を共有することで、組織としての当事者性を高めていくことが必要です。
市場の課題と、自社が取り組む意義、そして組織と組織の役割をつなぐ。それによって、新規事業を一部の担当者だけの活動から、自社が将来に向けて育てる事業へと変えていきましょう。
「1→10」をつなぎ、技術を次の収益の柱へ
前編・後編を通じて見てきたように、優れた技術を生み出すことと、それを事業として成立させることは別の問題です。
特に新規事業では既存の取引先がいないため、「誰が買うのか」「なぜお金を払うのか」を一から確かめ、市場で成立するビジネスへと育てていかなければなりません。
日本の大企業には、優れた技術を生み出す「0→1」の力も、成立したビジネスを大きく育てる「10→100」の力もあります。
だからこそ、その間にある「1→10」を一過性の取り組みで終わらせず、技術と市場、そして組織をつなぐ仕組みをつくることが求められているといえます。
自社が勝つべき市場を定め、顧客との対話によって事業性を確かめ、組織として本気で育てていく。その「1→10」をつなぐ力が、自社に眠る技術や知財を、次の収益の柱へと変えていくのです。
