2024年現在のBtoBビジネス環境では、各企業おける「新たな領域への挑戦」「新規事業の探索」などが求められています。このような状況下、マーケティングの機能の重要性が、さまざまな組織で問われるようになってきました。
その際、多くの企業が直面する課題として、マーケティングをはじめとする戦略・方針が「絵に描いた餅」となり、「具体的な実行に移せない」点が挙げられます。
つまり、各組織でマーケティング戦略の重要性や必要性は高まっているものの、戦略を実際の行動に落とし込んだ際の運用負荷が増大するという現実も存在しているのです。
「仮説の立案」「具体的な取り組みの計画」など、マーケティングの取り組みでは戦略的思考が不可欠です。しかし、日々の業務に追われるなかで、望む企画(ないしは計画)に十分なリソースを割り当てられないとの悩みを持たれている方も多いでしょう。
このような背景のなかで、欧米ではマーケティング業務を整理し、その運用をサポートする「マーケティングオペレーションズ(MOps)」という概念が注目されています。『The State of the Marketing Operations Professional (2023)』によると、15億円以上(10 million USD +)の売り上げ規模の企業において、80%以上の組織が、専任の組織または担当者を設けているとのことです1。
一方、日本はまだマーケティングオペレーションズが浸透しきるまでの過渡期にあり、十分な認知がされていないのが現状です。そこで今回は、マーケティングオペレーションズの概要や、日本企業にとっての重要性を解説します。
目次
マーケティングオペレーションズ(Mops)とは
丸井 達郎氏/廣崎 依久氏の著作である『マーケティングオペレーションズ(Mops)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識』によると、は以下のように定義されています2。
“マーケティング組織のデータ用システムの活用を推進するために、マーケティング活動の管理体制やプロセスの構築そしてその運用を行う役割を指す”
さらに、米MarTechの公開している記事も参照すると、マーケティングオペレーションズに求められる役割は次のようなものだとわかります3。
- マーケティング活動の推進
- マーケティングメンバーへのトレーニングやサポート
- マーケティングシステムへの予算の取り決め、選定、実装、そして管理・運用
- マーケティングテクノロジースタック(マーケティングシステム)の全体設計・アーキテクト
- マーケティングデータを、営業やカスタマーサービスなどの関係者に利用可能にした上での有益なデータの展開
上記のとおり、マーケティングオペレーションズに求められる役割は、広範な領域を含みます。
「オペレーション」という言葉自体は「運用」と訳されがちです。しかし、マーケティングオペレーションズでは、日々の定常業務の運用だけではなく、「マーケティングに関わる戦略の理解」「システムの全体設計と運用」「導入したシステムを現場に根付かせ、データを活用可能にする」といった機能が求められます。
日本では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の機運が高まっています。しかし、多くの企業でDXのもとに新しいシステムの立案や実装が進められても、それが成果に結びつかない。あるいは、システム導入そのものが目的になってしまい、なかなか成果が出ないとの声も多く聞かれます。仮に新しいシステムを導入しても「ワークフローの変更に現場のメンバーがついてこれない」という課題もあるでしょう。
現に、IPAが公開している『DX白書 2023』では以下の指摘があります4。
“日本企業によるAI・IoTの利活用は米国企業と比べて遅れており、その導入目的において日本は業務効率化、米国は顧客価値の向上という違いがみてとれる。日本企業は導入目的を社内向けから顧客・社外に向けていくこと、データの利活用領域の拡大と取組成果を測定し取組の改善・成果創出につなげていくことが必要となる”
マーケティングオペレーションズは、マーケティング領域におけるこのような課題に対応するため、戦略と運用を理解した上で、システム選定や活用を進める取り組みです。
マーケティング組織においては、各・ロール(権限)に「戦略策定」「コンテンツ作成」「製品担当」など、幅広い役割が割り振られます。そのため、適切なテクノロジーを用い、成果を出すためには専門的な技能が必要です。
マーケティングが成果を出す上での基盤を整え、マーケティングとしての「仮説立案」「その仮説検証するなどの“本質的にやるべきこと”」に注力できる環境を整えることが、マーケティングオペレーションズの本質的な役割といえます。
マーケティングオペレーションズの基盤は「テクノロジーとデータ」
2024年現在は、スマートデバイスの発達やリモートワークの浸透などにより、顧客側の情報収集のあり方が大きく変容しました。
同時に、顧客の関係性強化を進めるため、多くの企業で新しいテクノロジーの導入が進んでおり、近年はAI技術の急速な発展によりその傾向が顕著にみられます。
半導体技術の発展とともに、大量のデータ通信が行われるようになったことも加わり、そのインサイトをマーケティングにも活用しようと「データドリブン」の号令が各企業でかけられています。
データ活用では、その前提となる「活用できるデータを保ち続ける」ことが重要です。しかし、BtoBデジタルマーケティングでデータドリブンを支えるための着眼点でも述べたように、データ分析・活用においては、データ成型などの事前準備で多くの工数がかかり、実際の運用にはかなりの負荷がかかっているのが実情でしょう。
一方で、データのサイロ化に企業はどう向き合うべきか?の記事では、多くの企業がデータのサイロ化という課題に直面しており、うまくデータ活用ができていないとも述べました。
この問題の根底には、組織のサイロ化が存在します。マーケティングオペレーションズの運用領域は、マーケティングのみならず、それに統合されるさまざまな仕組みやシステム、各部門に散らばる運用までが含まれます。
前述の『The State of the Marketing Operations Professional』によると、海外企業ではCoE(Center of the excellence)のような形で集約されたマーケティングオペレーション組織を持つ企業が50%を超えるという報告もあります1。
ここから、各組織間での顧客接点に関わる情報・マーケティング活動の知見を集約することで、自社のノウハウを蓄積し、横展開していく工夫が見て取れます。
近年、日本企業でもマーケティングオペレーションズは導入が進みつつあり、【対談】クラレ:企業経営の礎を固めるマーケティングオペレーションズとは? の記事で、株式会社クラレの経営企画室 室長補佐の中東孝夫氏は以下のように述べています。
“クラレにとって重要な経営課題の一部を「マーケティングで解決する」という定義から始めようとしています。まずは、自らが定めた中期経営計画に沿って、社会の要請に応じた健全な状態をみんなでつくるところから始めましょう、と。そのために必要なのがまずはマーケティングオペレーションズであり、これは分散させず統合していくべきものだ、というお話を始めています”
顧客側はあくまで一貫した体験価値を求めるものです。自社内の組織間の分断は顧客視点でみれば望ましいものではないでしょう。そのため、マーケティングだけではなく、「ラストワンマイルを埋める」という視点が必要になります。
つまりは、自社の最適化だけではなく、顧客視点での最適化を折衷案とした戦略に加え、そこから紐解いた運用が重要になるということです。
ただし、顧客との接点はイベントデータやメールマガジンのデータなど、さまざまなチャネルに跨るため、「自社で活用可能な形」に統合する必要があります。
近年は、「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」と呼ばれる概念・システムが広まり、さまざまなデータを一箇所に集約する機能が注目されています。
マーケティングオペレーションズでも、組織間のデータを統合し、全社的な顧客理解を深めることで、顧客中心の戦略を推進できます。日本企業が直面するデータサイロの課題を克服し、顧客満足度を向上させるためには、マーケティングオペレーションのさらなる発展と導入が求められるのです。
関連記事:BtoB マーケティングの理想と現実のジレンマ – 顧客視点 vs 自社視点 –
日本企業でマーケティングオペレーションズ導入が遅れている背景と課題
多くの海外企業ではマーケティングオペレーションズが成熟し、高いレベルで体系化されつつあることが、各リサーチからも見出せます。もちろん、海外でもすべてが完璧であるわけではなく、各社ごとの課題があります。そのため、当社マーケットワングループでも世界中でアドバイザリーのご依頼を数多くいただいています。
一方で、冒頭で述べたとおり、グローバル規模で比較すると日本ではマーケティングオペレーションの導入が遅れており、「導入にかかる課題対応やその議論の前段階」にいる企業が多いのが実情ともいえます。
この背景には「マーケティング機能そのものの認識が曖昧である」という問題があります。日本の多くの組織では、マーケティングをどのように捉えるかが、担当者や役員レイヤー、各ステークホルダーによって異なります。
「新しいことすべてがマーケティング」と定義する人もいれば、「リード・見込み顧客を発掘すること」と捉えられるケースもあるなど、さまざまな視点が存在します。
日本は、歴史的に技術が強く、製品中心(シーズ志向・プロダクト志向)の文化が強いといわれてきました。しかし、現代においては”作れば売れる”という状況から、”うまく売る”ことへの転換が求められています。
にもかかわらず、日本企業におけるマーケティングの扱いをみると、「マーケティング」のミッションが各社各様で、マーケティングのさまざまな機能が分野ごとに分散してしまっています。
一橋大学日本企業研究センター研究叢書から出版されている『日本企業のマーケティング力』では、以下の記載があります5。
“典型的な日本企業には, マーケティング部門が設置されず, マーケティングのさまざまな機能は, さまざまな機能分野に分散している。「マーケティング」を担うと組織内で考えられている担当者がどの部門に配属されているのかは企業によって異なり, その配属先に応じて, 担当者が中心的に担っている機能も異なっている。”
つまり、運用をする上では一定の“型”が必要になる一方で、その前提となる「マーケティングの役割」自体が曖昧になっているため、日本においてはベースとなる知見が蓄積されづらい構造になっているのです。
マーケティングの役割を組織全体で共有することが重要
このような状況を踏まえ、日本企業でマーケティングオペレーションズの導入を促進するためには、まずはマーケティング機能の重要性と役割を組織全体で共有することが必要です。
全社共有を図る上では、マーケティング活動を統合し、戦略的に管理するための専門部門の設置を検討することも1つの解決策でしょう。
日本企業がグローバル競争において勝ち抜くためには、マーケティングオペレーションズの導入とその成熟化が急務といえます。そのためには、組織全体でマーケティングの価値を再認識し、体系的な推進体制が必要です。
マーケティングオペレーションズは、「まずは効率的なマーケティング活動の仕組みを作り、実現可能な運用に落とし込みつつ、それを促進(イネーブルメント)する」役割を担っています。
これは、自社内出活用可能なデータを特定・利用して、顧客関係性の維持や向上を実現するための土台となる、非常に重要なものです。
しかし、前述のとおりマーケティングに求められる機能や役割、ミッション、目的が組織内で一致していないため、各人の中での期待値も異なります。
このような状況では、マーケティングプロセスを体系的に機能させること自体困難でしょう。そのため、マーケティングオペレーションズを成功させるには、まず組織内でこれらの前提条件を整えることが必須なのです。
マーケティングオペレーションズ導入の前提条件
マーケティングオペレーションズを機能させるためには、「ただ導入する」のではなく、導入に向けた土台を整えるまでのプロセスを適切に管理する必要があります。
具体的には、自社(あるいは自社事業)が進むべき方向性と、それに基づいたマーケティングが求められる役割を明確に理解し、言語化する。その上で、導入に求められる前提条件を整えるということです。
例えば、マーケティングオペレーションズの導入前に必要な条件としては、以下のものが挙げられます。
- 組織のビジョンとマーケティングの目標の一致
- 明確なマーケティング戦略の策定
- 適切なテクノロジーの選定
- 部門間の連携体制の構築
マーケティングオペレーションズはいち部門で完結するものではなく、全社的な規模の取り組みです。組織内での共通の理解を築き、必要なテクノロジーとプロセスを適切に組み合わせることではじめて、競争力強化の恩恵を得られるでしょう。
おわりに
McKinsey & Companyのレポートによると、マーケティングオペレーションズがうまく機能している企業では、マーケティングによる成果が15〜25%向上すると述べられています6。
これは、マーケティングオペレーションズの重要性を示すデータであります。一方で、そもそもとして高度に機能させるためには、マーケティング戦略・実行プロセスが乖離せずシームレスに連動していなければなりません。
「マーケティングオペレーションズを導入するから効果が向上する」のではなく、マーケティングオペレーションズの必要性を組織全体が理解した上で、戦略段階から成熟させていくことが、成果を向上させるためには必要です。
とはいえ、マーケティングオペレーションズを推進する前提条件すべてが整うことを完璧に追い求めていると、いつまでたっても結果につながらないことも事実でしょう。
マーケティングオペレーションズのような大掛かりな取り組みでは、大きな絵を描くことも重要ですが、同時に「できることから整えていく」バランス感覚も重要になってきます。
マーケティングオペレーションズに求められることは、「ただ運用を回すこと」ではなく、上位の方針から適切な手段を選び、着実に実行をしていくことです。その点、マーケティングオペレーションズは「戦略ありき」であるといえます。
一方で、戦略の正しさはその美しさだけで判断されるものではなく、実行での成果をもって証明されるべきです。
戦略と実行は相互依存関係にあるものであり、乖離させることなく運営することが求められるのです。マーケティングの領域において、そのカギの一つが「マーケティングオペレーションズ」にあると言えるでしょう。
- Marketing Ops 「The 2023 State of the Marketing Operations Professional “MO Pro”」 [↩] [↩]
- 丸井 達郎,廣崎 依久 共著『マーケティングオペレーションズ(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識』 [↩]
- MARTECH「What is marketing operations and who are MOps professionals?」 [↩]
- IP(独立行政法人情報処理推進機構)「DX白書2023」 [↩]
- 山下 裕子 (一橋大学准教授),福冨 言 (京都産業大学准教授),福地 宏之 (東洋学園大学専任講師),上原 渉 (一橋大学准教授),佐々木 将人 (一橋大学講師) 共著『日本企業のマーケティング力』 [↩]
- McKinsey & Company「How digital marketing operations can transform business」 [↩]