「DX」「データドリブン」というキーワードは世に溢れていますが、マーケティング領域においてもデジタル化の波が押し寄せています。
データ活用が進んでいる企業では、コトラー(Philip Kotler)の提唱する「マーケティング5.0」でも必要性が説かれた「データドリブンマーケティング」に取り組むケースも増えています。
マーケティングは「ニーズを満たすことで収益を生み出す営みである」とは、DXと正しく向き合うためのマーケティングコミュニケーションの考え方でも解説したとおりです。
データドリブンの重要な対象として「顧客ニーズ」が当てはまることは確かでしょう。つまり、マーケティングにおけるデータ活用では、顧客に関するデータを集め、活用することがキモになるのです。
一方で、BtoBの領域においては、顧客ニーズのデータとしての活用が遅れているといわれています。その要因は多岐にわたりますが、そのなかでも「データ・組織のサイロ化」は代表的なものの1つです。
本稿では、データ活用を目指す企業で「なぜサイロ化が起きるのか」に焦点をあて、論考していきます。
BtoBビジネスでデータ分断が起きやすい要因
BtoB企業でデータ活用がうまくいかない背景にあるのは、まさにこの“データの分断”です。データの分断が起こる要因には、BtoBではマーケティングが直接顧客とやり取りすることが少なく、時には代理店などが介在することから情報取得が難しくなる……、というBtoBビジネスならではの事情もあるでしょう。
「顧客ニーズを軸にする」といっても、実際に取得するデータは多岐にわたります。例えばBtoBの顧客接点機能として、代表的なものとしては以下のとおりです。
- マーケティング活動
- 営業活動
- カスタマーサポート / カスタマーサクセス
- 製品開発などの市場調査他事業部の活動
このように、顧客接点は多岐にわたり、各タッチポイントで顧客情報を取得する担当者も部門を横断して複数存在するため、データの一元化が困難になってしまっているのです。
近年は「OMO(Online Merges with Offline)」という、オンラインとオフラインを統合した取り組みの重要性も増しています。すなわちオフラインのデータだけでなく、“オンライン上のデジタルデータ”まで含めて、「顧客に関わるデータ」を取り扱わなければならなくなっているのです。
さらに、自社で取得したデータだけでなく「外部から購入したデータ」「代理店に業務を委託している場合に提供されたデータ」なども加わることも、データの分断が起きてしまっている要因としてあげられるでしょう。
例えば、マーケットワンではインサイドセールスやテレマーケティングとしてのコール業務を請け負っていますが、その過程で取得したデータ自体をクライアントに納品します。
こういった形で、外部から提供されたログやレポートを自社の資産にするためには、自社データベースに別途インポートするなどして、集約化していかなければならないのです。
データのサイロ化とは?
BtoBマーケティングにおけるデータ利用が抱える問題でも「蓄積するデータが増えても、使えるデータが増えるわけではない」と解説しました。データ活用において“使えないデータ”まで蓄積される要因の1つとしてあげられるのは「データのサイロ化」です。
サイロとは、もともと飼料や穀物等の原料を並べた巨大タンクを意味します。複数のサイロでは連絡通路などはなく“独立した構造”になっています。
転じて、ビジネスの文脈でサイロ化が用いられる場合は「各システム・プロセス・コミュニケーションなどが孤立してしまい、お互いが連携されていないこと」という意味合いです。
同一顧客のデータであっても、前述したようにさまざまなチャネルから流入するデータ群が「サイロ化」してしまえば、活用できるデータにはなり得ません。
データのサイロ化は、まさに多くの組織が抱えている課題でもあります。それは企業だけではなく、行政においても同様です。総務省の資料「地方公共団体の情報システムの標準化に向けた取組」を参照すると、地方自治体ごとでシステムが乱立してしまい、標準化を急いでいることがわかります。1
同じ個人であっても、別のシステムに登録されたデータである限り、識別や活用が難しく、二重の手続きなどで効率性が下がることは明白です。政府は、次世代の識別子としてマイナンバーを推進していますが、活用するうえで重要になるマイナンバーカードの普及率は2022年7月末時点で45.9%と道半ばのようです。2
「活用したくてもデータが分断されてしまっていて、連携がとれない」というのは、日本全体の問題であるといえるでしょう。
データのサイロ化の本質は「組織のサイロ化」
マーケティング視点でみると、たとえ「Webサイトで情報を収集し、営業と会話し、コールセンターに電話した人」が特定の個人一人であったとしても、データがサイロ化している状況では、データを有意義に活用することは難しいでしょう。
筆者自身、多くの現場でデータのサイロ化に関する悩みをみてきました。
サイロ化が起きる要因として、とりわけ大きな理由の1つは「そもそも“組織”がサイロ化し、部門間でのコミュニケーションが取れなくなっていること」があげられます。
顧客データの収集は、一人の担当者が行っている分には、自分で管理すればよいため大きな問題は起きません。
一方で、組織の規模が大きくなっていき、顧客接点機能が組織内で分断され、それぞれで最適な仕組みやシステムが組まれるようになっていくと、途端にサイロ化が進みます。
加えて、それらの取り組みが部門を超えて共有されていないとなると「後からデータをつなげたくてもできない」状況になり得るでしょう。
部門ごとに最適化され、独自の進化を遂げたプロセスは、雇用の流動性が低い日本では、属人化してブラックボックスになってしまうケースも多々あります。
近年は、そのような状況下で「CDP (カスタマーデータプラットフォーム)」が注目を浴びています。CDPとは、さまざまなデータソースからデータを統合・蓄積するためのプラットフォームで、分散されたデータを集約して“活用できる状態”するための機能です。
データは活用できれば強力な武器となり得る一方で、異なる思惑で設計された複数のデータベースから集約することは、相当な工数がかかるでしょう。「机の中に眠っている名刺」のような、そもそも電子化されていないものは集約をしたくてもできないのが実情です。
時間がかかる全体最適化への取り組み
各組織でDXプロジェクトが立ち上がる際には「データ活用体制の全体最適化」がテーマとして扱われるケースも増えています。
一方で、部門横断での業務を社内で把握できている人が少ないため、要件定義の段階から外部コンサル会社に相談することも多いでしょう。その場合「1.要件定義やあるべき姿の構想→2.システムの導入」など、段階を踏みながら最適化を進めるケースが一般的です。
この際、考えておくべきことは「全体最適化されたシステムが出来上がるには、かなりの時間がかかる」ということです。
前述した総務省の資料でも、複数年をかけながらのロードマップが示されていますが、企業のシステムでは少なくても3-5年、実態として10年単位の時間がかかることは珍しくありません。
問題は時間をかけて「完璧なシステム」「統合されたデータ」が出来上がったとしても、従業員のリテラシーが追いついていなければ、使いこなすことはできないということです。
エクセル上で1セル1文字を入力しているものは「神エクセル」と揶揄されますが、その文化が続いている限り“真のデータドリブン”が果たされたとはいえないでしょう。
つまり、組織におけるデータ活用の体制を最適化する際には、システムだけでなく、従業員のスキルやリテラシーなども重要になってくるのです。
マーケティング変革を加速させるために必要な「7Sモデル」とは?では、企業変革において求められる各要素をマッキンゼーの7Sモデルで解説していますが、このフレームワークを用いるとわかりやすいでしょう。
組織変革では、全体の戦略とそこに基づくシステムそのものの「ハードウェア」だけでなく、スキル・スタッフ・スタイル、そして共通の価値観などの人に関わる「ソフトウェア」も重要です。
どれだけ良いシステム環境(データ活用のためのシステム・仕組み)を構築しようとも、それを使いこなす“ソフト(=社内人材)”のリテラシーも重要となります。
全体最適か個別最適か
DXのように全部門を巻き込んで、「会社システムのあるべき姿」から逆算したシステムを組むことが、サイロ化を解消し一貫性のあるデータ活用を図っていくうえでは効果的といえます。
一方で、社内の足並みを揃えつつシステムを組む時間を考えると、体制構築までの期間は長期にわたるため「中期経営計画を跨いでの活動」や「経営トップの任期以上の活動」になる可能性もあるでしょう。それを踏まえると、事業インパクトという観点からは相当な辛抱が求められることになります。
とはいえ、部門単位で個別最適を進めると機動力はあるものの、サイロ化の原因になりかねません。どちらにもメリット・デメリットがあり、難しい問題です。
以上を踏まえると「全体最適 vs 個別最適」という対立軸ではなく、「全体最適 × 個別最適」という図式で、できる限り“両取り”を考えることが大切といえるでしょう。
その際、キーワードになるのは「組織間の密なコミュニケーション」です。多くの場合、システムやプロセスを構築する取り組みでは、特定の部門内で閉じて終えることは少なく、たいていの業務には他部門が関わってくるはずです。
例えば、顧客データ取得を目的として、マーケティングシステムを導入する場合でも、IT部門はもちろん、営業部門など並列して動く部門ともヒアリングなどを通じた連携が求められます。
「どんな仕組みにするか」「どのようにすれば使い勝手が良いか」という操作や業務の話は発生しても、「ビジネス上、どんなデータが重要か」という議論があまりなされないケースを、筆者は多くみてきました。
データドリブンを目指すうえでは、どんなシステムを入れたとしても「あくまで主役はデータ」です。
ただし、必要なデータはすぐにたどり着けるものでもないため、「自社は何を目指すのか」「その上ではどのような戦略をとるのか」「そのうえで意思決定をする上で必要なデータは何か」と、上位から逆算することではじめて求めるデータを明確化できます。
「データ」と聞くと無機質な響きがありますが、使えるデータにしていくうえでは、「コミュニケーション」という人間らしい側面が重要になることは踏まえておきましょう。