2024年を迎えた現在も、物価高が続き、各社で値上げを進めようと模索されています。デフレが長く続いた日本では、世界の主要国のなかでも原価の上昇を販売価格に転嫁することに苦戦していることが見て取れます。
「価格設定(プライシング)」においてはいくつかの技法がありますが、「原価に対する積み上げ思考」で価格を設定してしまうと、本来なら売れる価格よりも低い金額の値付けになってしまいます。
一方で、「自社の製品価値」から逆算した値段の設定にしようとするとBtoBビジネスでは、販売代理店などの仲介企業の存在もあり、「顧客への販売価格の実態がわからない」という課題もあるのも事実です。
自社の利益幅を決め得る価格設定はビジネスにおいて大きな影響を持つだけでなく、特に製造業においては、値付けによって変動する数量により、工場の稼働率や自社の原料や部品の仕入れ価格にも影響を与えます。
そのため、BtoBの新規事業・開発におけるプライシングでは、「市場の声を開発に活かす」「開発されたものをビジネス戦略に反映させる」の両軸を踏まえることが必要です。その際には「顧客の声」が重要なインプットとなります。
今回は、市場ニーズに即した価格設定で不可欠な「顧客の声」をどのように拾い、どのように反映させていくのかを論考します。
目次
BtoBにおけるプライシングの基本的考え方
商品価格は、マーケティングミックスと言われる4Pの1つ「Price (プライス) 」を占める、マーケティングを構成する重要な要素のひとつです。
価格設定に関しては「自社・競合・市場など複数の要素を加味して決定する必要があり複雑である」とコトラー・ケラー共著の『Marketing Management』でも述べられているとおり、非常に難しい問題となっています1。
そもそも、 世界的なインフレ傾向があるなかで、日本において消費者物価指数は横ばいであるのが現状です2。 この物価指数に関しては、消費者が日常的に購入する財・サービスの価格がどれくらい変動したかを示す指標であり、BtoCの消費者市場における指標です。しかし、BtoB事業体でも最終的に製品やサービスは、消費者市場へと流れる構図となっているため、最終受益者の市場である消費者側の価格の受け入れ度合いによって、BtoCだけでなくBtoB事業においても、「値上げ」に関しては敏感になっているのが実情でしょう。
「BtoBメーカーにおけるプライシングとデマンドセンターの役割」記事でもご紹介したとおり、Marketing Managementによると、プライシングは6つのステップに分類でき「プライシング方法の選択」は、5ステップ目に位置づけられています。
「いま、日本企業にマーケティングが必要な理由」でも記載したような「プライシングにおける方法」は、原価から積み上げる「マークアッププライシング」と、顧客に受け入れられる価格を基準とする「知覚価値価格」に分けられます。
前者のマークアッププライシングに関しては、原価に対して必要なマージンを加味した価格を設定していくため、提供価格の幅はマージン率によって決定されます。
一方で、知覚価値価格は提供価格から逆算して算出するため、高い価格を設定することができれば、製造するメーカー側は高い利益を確保可能です。
BtoBにも多い 「特に高い価格(利益率)を確保することを狙う」「新規事業などの新規性のある価格を設定する」といった状況下では、知覚価値価格によるプライシングが求められます。
なお、Marketing Managementでは価格の設定の際には以下のようにも述べられています。
「競合よりもよりユニークな価値を持ち、見込み顧客に示していくことがカギとなる。そのためには顧客の意思決定プロセスへの深い理解が必要である」
以上を踏まえると、価格設定においては「①:競合と差別化した価値の提示」「②:顧客を理解した上での顧客に受け入れられる価格設定」の2つが重要であるといえるでしょう。
BtoBのプライシングでは「自社製品の価値」の定義づけが必要
前述した①の差別化した価値創造においては、その根本となる自社製品の「価値創造」が重要です。
顧客が自社で導入する製品・サービスを選択する際には「製品が顧客ニーズをどれだけ満たしているか」「顧客問題をどの程度解決できるかが決定的であるか」といった評価基準が発生するでしょう。
つまり、自社の技術・品質といった「自社視点」ではなく、あくまで「顧客視点」に立った際の価値創造により、多くの差別化要素が生まれ得るのです。
その際、マーケティングに求められる主要成果は「顧客の獲得・維持・育成」であり、ターゲットとなる市場を選択したうえで、顧客価値を創造・提供・伝達していくことが求められます。マーケティングが成果を実現するうえでは、「自社の価値」にフォーカスし、「自社で提供可能なのか」「顧客や市場にいかに伝えていくべきか」が重要な要素となります。
マーケティングにおけるサービスドミナントロジック (SDL) の考え方において、商品・製品そのものが価値ではなく、顧客との共創を通じた経験や関係こそが「サービス」であり、価値であると考えられています。つまり、自社の「価値」を考える上では、顧客との共創の視点を取り入れていく必要があるのです。
共創を進めるための要素の1つが「顧客ニーズと自社シーズのマッチング」であり、顧客ニーズを起点にして「自社技術が顧客にとってどんな価値を生み出すか」という視点が求められます。
このような、自社のサービスやプロダクトが顧客に提供する独自の価値やベネフィットを明確に表現したものを「バリュープロポジション(価値提案)」と呼び、自社が持つ価値を整理する上では重要な考え方です。
ただし、「顧客が感じる価値」は各社・各人で異なるため、まずは対象の顧客像を明確にします。提供価値があるかは顧客軸で整理する必要があるため、「自社視点」のみで検討がされている場合では「価値の再定義」が必要になる場合もあります。
市場で受け入れられる価格設定で重要な「顧客の声」
BtoBにおけるプライシングは、以上を踏まえたうえで「顧客に受け入れられる価格」を考えていく必要がありますが、BtoBビジネスでは“市場価格”を取得することが難しい点が課題になります。その要因のひとつとして、いわゆる「カタログ定価」を参照しようにも、BtoBでは往々にして定価からの「ディスカウント(値引き)」も発生するため、“実際の市場価格”の取得が難しいという側面を持っています。
そのうえで、価格がどの程度売上に影響をもたらすか=価格弾力性を加味しながら値付けを行なっていくことが求められます。高い値付けをしたい場合、差別化などで価格弾力性を低くしていくことが重要になり、低くするポイントがやはり「顧客ニーズ」に基づくユニークな価値のある製品・サービスを保持していくことです。
新規事業・開発の標準ステップにおいて、「市場の声を開発に生かす」「開発されたものをビジネス戦略に反映させる」の両軸をバランスさせながら進めます。そのなかで、新規事業・開発の価格設定において、マーケティングに求められる役割は、重要なインプットとなる「顧客の声」の取得です。
市場レポートなどのマクロデータだけでなく、自社の顧客や「想定される未来の顧客」とインタビューを持つなどして、“市場の生の声”を製品価格に反映させていく必要があります。
プライシングに影響を与える要素としては、以下のように「政府が介在するマクロ要因」レベルのものから、各企業の活動でコントロールできる「マーケティングや営業活動で個々に得られる情報」が存在します。
マーケティング起点で得られる情報は、中立的な立場の視点を持ちやすいものの、顧客からの情報取得が難しく直接「顧客の声」は入りづらいため、インプットが集まりにくいという側面があります。一方、営業活動においては、顧客との接点を持つため情報は集まりやすいものの、個別の営業担当者の力量や顧客ごとの状況で左右されます。
事業の根幹である価格設定においては、さまざまな顧客の声を獲得しつつ、バランスを取りながら意思決定をしていくことに注意しましょう。
「顧客の声」獲得ではベンチマーク企業の設定が有効
このようにマーケティング・営業で取得できる「顧客の声」は一長一短であることから、価格設定に活かすためには自律性を与えすぎるのではなく、バランスをとることが大切です。
そもそも、BtoBの新規事業の初期フェーズでは、上位の少数の顧客で売り上げの大多数が構成される「パレートの法則」に沿った売上分布になるケースも多々あります。
この法則を踏まえると、BtoBの価格設定で「顧客の声」を拾う際には、その領域を代表する企業などの「ベンチマーク顧客」の設定が有効だといえます。
幅広く市場の情報を獲得しようとすると、確かに参考になる情報を得られる一方で意思決定も難しくなりかねません。しかし、ベンチマーク顧客をマーケティング・営業・研究開発が連携をとりつつ設定できれば、全社一丸となって情報獲得・売上獲得に繋げるための取り組みも可能です。
ベンチマーク顧客など自社にとっての「フラグシップ顧客」との関係性強化は、以下のようなメリットを生み出すため、効率的な事業開発も実行しやすくなるでしょう。
「顧客の声」取得で重要なデマンドセンターの体制構築
このように、BtoBのプライシングで必要な「顧客の声」を効果的に取得していくためには、マーケティングのみならず、他部門との連携強化が必須といえます。その際に有効なのが、当ブログでもたびたび紹介しているデマンドセンターの体制構築です。
デマンドセンターとは、全社における「市場戦略を実行する仕組み」「顧客接点機能」を“セントライズ(集結)”させた組織機能であり、優先して集約するべき要素は「情報」となります。
BtoBのプライシングでも、「顧客・自社のポートフォリオ」「競合他社の動向」といった情報を、いかに正確に素早く取得できるかが重要です。
そこでデマンドセンターを構築することで、「顧客のニーズ情報」「負け商談の失注理由」など、市場や競合視点の情報が蓄積されていくことになり、価格設定で重要な「顧客の声」のインプットを効率的に取得・集結できます。
ただし、デマンドセンター体制の構築ではマーケティング・営業などの顧客接点部門が自社ビジネスの文脈を共有した上で、同じ目標に向かって歩んでいく必要があります。求められるのは、顧客・市場に関する一次情報を全社一丸となって取得し、意思決定ができる「仕組みづくり」です。これにより、自社全体で「マーケティング的思考」を持つことが可能になり、「顧客の声」を起点にしたプライシングが可能になります。
デマンドセンターの概要については、以下の記事でも解説しています。デマンドセンターはプライシングのみならず、BtoBビジネスにおけるマーケティングそのもので役立つ概念ですので、こちらも合わせてご参照ください。
関連記事:BtoBのデマンドセンターとは?今こそ顧客志向の仕組みづくりが必要な理由
関連記事:デマンドセンター構築を推進するフレームワークを解説
関連記事:なにがデマンドセンターの運用の妨げとなるのか?円滑な運用を達成するためのポイント
おわりに
日本企業は高い技術力を武器とした引き合いだけでなく、対象企業へアプローチする際は、技術や性能のみならず「顧客視点」での提供価値で考えて値付けを行なっていかなければなりません。
BtoBのプライシングでは顧客視点での価値設定が求められますので、「顧客の声」が重要なインプットとなります。ただし、マーケティング・営業が個々に顧客情報の取得に努めるだけでは、事業開発に活かせるだけのインサイトを簡単には得られないでしょう。
そのため、営業やマーケティングなどの顧客接点部門だけなく、設計や開発を含めた全社規模での「マーケティング思考」が必要です。デマンドセンターは各部門の機能や取得情報を一元化できるため、BtoBのプライシングで必要な「顧客の声」の取得にも大いに貢献します。
当社マーケットワン・ジャパンは、BtoBの新規事業・開発時におけるプライシングとマーケティングの機能についてまとめたホワイトペーパーも公開しています。下記より取得いただけますので、より理解を深めたい方、社内への展開を進めたい方、あわせてお役立てください。