2025年現在、多くの企業が持続可能な成長を実現するために、新規事業の発掘や研究開発を重要視するようになりました。
しかし、新たな価値創出では、本格的に研究開発を始める前に、試作品や一定の研究成果を市場に投入し、顧客の反応を得た上でブラッシュアップしていく必要があります。
製造業は顧客の「潜在ニーズ」をどうやって新規事業・研究開発に活かすべきか?では、顧客の声である「VoC(Voice of Customer)」を取得することで、より顧客が求める技術の開発に繋げられると述べました。
一方で、商流が複雑なBtoBビジネスでは、直接的なビジネスパートナーだけでなく、エンドユーザーのニーズを取得していかなければなりません。
そこで本稿では、BtoBビジネスでエンドユーザーの声を収集する重要性やその手法を解説します。
目次
BtoBビジネスにおけるエンドユーザーとは誰か?
そもそも、BtoBビジネスにおいてエンドユーザーとは誰を指すのでしょうか。
エンドユーザーという言葉は、辞書的な意味では、文字通り「End(終点)のUser(利用者)」を意味し、ビジネスの流れの最下流に位置する組織または個人が該当します。
BtoCビジネスでは、エンドユーザーは基本的に「一般消費者」を指すのが一般的です。
一方で、BtoBビジネスでは、自社のビジネスの流れやサプライチェーン内での立ち位置によってエンドユーザーの定義が異なります。
例えば、自社が電池に使用される材料を開発する企業である場合、直接の取引相手は「自社の材料を用いて電池を製造する電池メーカー」です。しかし、エンドユーザーは「電池を利用する企業」であり、電気機器メーカーや電気自動車メーカーが想定されるでしょう。
場合によっては、電気機器や電気自動車を使用する一般消費者こそがエンドユーザーであると考える人もいます。
このように、自社を起点とした際に誰がエンドユーザーにあたるか、その解釈は人によって異なるのが実情です。
そのため、自社でエンドユーザーの声を収集する際には、まずはその定義を明確にし、社内外で共通認識を持つことが必要です。
BtoBビジネスでエンドユーザーの声を収集する重要性
では、なぜエンドユーザーの声の収集がBtoBビジネスの研究開発においても重要なのでしょうか。
その理由は、直接の取引先のニーズだけを反映すると、市場の本質的な需要を十分に満たせない可能性があるためです。
Robert G. Cooper(ロバート・G. クーパー)氏の著作『ステージゲート法――製造業のためのイノベーション・マネジメント』では、新製品の開発が成果に繋がらない要因は「VoCの収集対象とする顧客基盤を広げたり、バリューチェーンを下って『顧客の顧客』の声を聞いたりしていないから」だと述べられています1。
つまり、VoC収集の重要性を理解していたとしても、自社の直接的な顧客からしか意見を収集しないと、新製品開発のための十分なインプットを得られないのです。
そもそも、BtoBビジネスの商流は、自社と直接取引を行う顧客と完結するものではなく、バリューチェーンの川上から川下に至るまでに複数企業が介在します。
特に、商流の川下に位置するエンドユーザーも、間接的にですが、自社の技術に関する最終評価を下す存在です。
例えば、自社が前述した電池の材料メーカーであり、新規で開発した材料のアピールポイントが「電池が貯蓄できる電力の容量が大きくなる点」だったケースを考えてみましょう。「直接の顧客は電池メーカー」「エンドユーザーは自動車メーカー」とします。
この場合、電池メーカー(顧客)は、その性能により「充電の回数が少なくて済む電池」を提供できると考え、材料を採用するかもしれません。
しかし、エンドユーザーである自動車メーカーが求めていたのは、「充電回数の削減」よりも「軽量化」であった場合、自社が新たに開発した材料には価値を見出さないでしょう。
BtoBビジネスでは、エンドユーザーのニーズが直接取引先(顧客)のニーズにも影響を及ぼし、最終的には自社が開発すべき技術の方向性に影響を与えます。
もし、エンドユーザーの声を無視すれば、市場の本当のニーズとズレた技術を開発してしまい、結果として評価されないリスクが高まります。
谷地弘安氏の著作『技術者のためのマーケティング』でも、「BtoBの世界でのヒット商品は『直接の顧客』ではなく、『顧客の顧客」まで踏み込んで情報を集めたものが多い」と述べられています2。
確かに、直接の取引先の声を収集することは重要ですが、それだけでは市場の全体像を十分に把握できないことがあります。取引先の要望を満たす技術が、必ずしもエンドユーザーの期待に沿ったものとは限らないためです。
つまり、バリューチェーン全体を俯瞰して、エンドユーザーのVoCまで収集することが、最終的に市場価値の高い製品の創出に繋がるのだといえます。
エンドユーザーの声を研究開発に繋げるためのVP(Value Proposition)分析の手法
エンドユーザーの声を研究開発に活かすためには、常に顧客視点を意識することが不可欠です。
その上では、「自社製品の最終評価を行うエンドユーザーは誰か」という顧客の指定を行い、「自社の技術がどの顧客層に価値を提供するのか」を明確にする必要があります。
エンドユーザー像が曖昧なままでは、技術開発の方向性が定まらず、市場とのミスマッチが生じる可能性があります。
顧客視点の分析には、「VP(Value Proposition:価値提案)」の考え方が役立ちます。
VPとは、顧客に対して「自社の技術や製品が提供する価値」を明確にし、競合他社との差別化を図るためのフレームワークです。
VPを明確にすることで、自社の技術がエンドユーザーにどのような影響を与えるのかを具体的に理解できます。
VP分析の手順は、大きくは以下の7つのステップに分けられます。
<VP分析の手順>
1. 顧客の指定
- どの層の顧客をターゲットにするのかを明確にする。
2. 顧客の課題
- 顧客が直面している具体的な課題を洗い出す。
3. 顧客が期待することの整理
- 顧客が製品やサービスに対してどのような期待を持っているかを把握する。
4. 価値提供の方法の設計
- 自社の技術や製品が顧客の課題をどのように解決し、期待に応えるのかを定義する。
5. 競争優位性の確立
- 競合との差別化要因を明確にし、独自価値を提供する。
6. 市場適合性の検証
- 提供する技術や製品が市場のニーズに合致しているかを検証する。
7. フィードバックの研究開発への反映
- エンドユーザーの声を継続的に収集し、研究開発に反映させる仕組みを構築する。
VP分析のポイントとなるのは、同一の商材であっても「顧客によって課題やニーズが異なる」という点です。
前述した電池を開発している企業の例では、エンドユーザーとして完成車メーカーを挙げていました。
しかし、実際のビジネスでは「電気機器メーカー」「電気自転車メーカー」「太陽電池などを取り扱う住宅メーカー」など、顧客も多岐にわたるのが一般的です。
この場合、「電気機器メーカーは小型化を求めている」「住宅メーカーは安全性を重視している」というように、顧客によって求めるニーズが異なってきます。
そのため、VPを設定する際には、各顧客のニーズを個別に分析し、それぞれに最適な価値提案に繋げる必要があります。
例えば、電気機器メーカー向けには「高性能ながら小型化を実現する技術」が強みとなるかもしれませんし、住宅メーカーには「厳格な安全基準を満たす信頼性の高い電池」という点が価値として響く可能性があります。
顧客ごとにVPを定義することは労力が必要ですが、VPの検討を通じて自社の技術や製品の「市場における立ち位置」を改めて整理する機会にもなりますので、根気強く臨む必要があります。
新たな価値の創出には「顧客視点」で取り組むことが求められる
ここまで述べたように、エンドユーザーの声を直接収集することで、企業は市場ニーズをより正確に把握し、最終的な市場価値の向上に繋げることができます。
単なる技術革新にとどまらず、市場で本当に評価される「価値ある製品」の創出に繋げられるでしょう。
ただし、エンドユーザーの声を「取得すること」が目的になってはいけません。大切なのは「それをいかに技術開発に活かすか」です。
その上では、自社製品を使うことで、エンドユーザーはどのような価値を得られるのかを正しく捉える必要があります。
その手法の1つとしてVPの考え方を紹介しましたが、実際の製品開発では「自社の技術(シーズ)視点」の分析だけでなく、よりエンドユーザーに寄り添った「顧客ニーズ視点」も求められます。
研究開発を行う際、「この技術はどれだけ革新的か」という視点になりがちですが、それだけでは市場のニーズとズレが生じる可能性があります。
むしろ、「この技術によってエンドユーザーはどれだけの便益を得られるのか」という観点こそ、市場から求められる新製品を生み出す礎になります。
BtoBビジネスの構造は複雑ですが「自社が向き合うべき顧客は誰なのか」「その顧客が本当に望んでいるものは何か」を丁寧に紐解いていきましょう。
- Robert G. Cooper著『ステージゲート法――製造業のためのイノベーション・マネジメント』英治出版 [↩]
- 谷地弘安著『技術者のためのマーケティング』千倉書房 [↩]