2022年12月まで続いた厳しいゼロコロナ対策の影響は、中国経済において2024年に至っても内需の低迷を引き起こし、経済成長の足かせとなっています。ここ数年の不動産不況の影響もあり、中国経済の減速傾向が顕著な状況です。
帝国データバンクが2024年8月に発表した「日本企業の『中国進出』動向調査(2024年)」によると、中国に現地法人や製造拠点を持つ日本企業は2022年から2024年にかけて300社増加したとあります1。しかし、この数値はコロナ禍前には及ばないことから、日本企業は中国市場への依存を見直す動きをみせているとも捉えられます。
一方で、現在は中国政府が2015年から推進している「中国製造2025」の設定期日が迫っており、「データ域外流通を促進・規範化する規定」も一部緩和されるなど、日本企業にとってプラスの要素もあります。
これは、日本企業にとって追い風となる状況もあり、中国市場への進出を模索している企業も少なくないのではないでしょうか。
そこで本稿では、製造業における中国市場向けマーケティングを支援してきた当社マーケットワン・ジャパン(以下、マーケットワン)の知見を基に、日本企業と中国企業の商習慣の違いや、製造業が中国市場に進出していくための効果的な方法を解説します。
目次
日本企業と中国企業の商習慣の違い
日本企業と中国企業との大きな違いとしてあげられるのが「スピード感」です。
一般的に日本企業は欧米企業と比べても意思決定に時間がかかるといわれています。意思決定プロセスが複雑な大企業であればなおさらその傾向が強く、日本企業の弱点とも言えます。
それに対し、中国企業はビジネスにおいて欧米企業と同等か、それ以上にスピード感を重視します。中国はいわゆるトップダウンでの意思決定がなされる企業が多いことが特徴です。まさにアジリティの高さが中国式ビジネスの強みといえるでしょう。
実際に、中国企業との取引では、「総経理(日本の社長にあたる事実上の経営トップの役職)」との商談を運よく設けられた場合、条件が合えばすぐに取引開始の決定がなされることも少なくありません。
調達部門との交渉も同様で、瞬時に判断するための情報を求められることが多く「商材の価格やスペック」「いつから供給できるのか」といった情報は最初から準備しておくことが必要です。
中国企業内のアプローチすべき「キーパーソン」
前述のとおり、中国企業の強みは意思決定の速さにあります。しかし、その特徴は製品や案件の性質によってはデメリットにもなり得ます。
実際問題として、5年後10年後に世に出ることが期待される技術の多くは中国企業視点では「あまりにも遠い未来の話」に感じられるきらいがあります。
中国企業の関心ごとは、もっぱら「量産品をいかに低コストで製造して販売していくか」です。
そのため、価格やスペックが決まっていない開発品のニーズをヒアリングする対象としては、「研究開発のバックグラウンドがない総経理(日本の社長にあたる事実上の経営トップの役職)」は、訴求相手として適切でないケースが多くなっています。
そのような中国市場で日本企業がスペックインを狙う場合、キーパーソンとなる人物は以下のように整理できるでしょう。
<量産品の場合>
- ①:総経理
<開発品・技術案件の場合>
- ②:自社内の研究開発組織のトップ(自社内に研究開発組織がある場合)
- ③:校弁企業の総経理(大学教授。校弁企業の場合)
上記のうち、③の校弁企業についてはその設立背景も踏まえて理解しておく必要がありますので、次項より個別に解説します。
校弁企業がアプローチ対象の場合
校弁企業とは、大学発ベンチャー企業とも呼ばれ、大学が自ら設立した企業を指します。この校弁企業が生まれた背景には「中国企業のR&D機能の不足」「大学の資金不足」などの要因があり、ハイテク分野を中心に数を増やし成功してきました。
日本の大学発ベンチャーとの違いは「大学が直接経営にも参画する」ケースが多いことです。校弁企業の総経理は、大学の教授である場合が多く、Eメールアドレスも大学のものをそのまま使用しているケースもよくあり、大学にいながら経営の指揮をとっています。
そのため、校弁企業にアプローチする場合は、開発中の製品や技術の優位性を訴求する先として総経理である大学教授がキーパーソンとなります。
実際、彼らの多くが研究分野の権威であり、高い技術を持った日本企業との連携に前向きな姿勢を見せる傾向にあります。
実際に、過去マーケットワンが行った支援プロジェクトで校弁企業の総経理に架電によるアプローチをした際も、会社の代表番号からではなく、大学の電話番号からのアプローチでたどり着いたケースがありました。
中国市場はキーパーソンの特定方法/チャネルも日本と大きく異なる
加えて、中国市場ではSNS事情も日本とは大きく異なっており、キーパーソンの特定方法にも相違があります。
グローバルマーケティングでは、主にビジネス特化型のSNS「LinkedIn」を活用して特定しています。しかし、LinkedInは2023年に中国市場から撤退しており、LinkedInを介したターゲット企業へのコンタクトができなくなっているのです。
そんな中国市場で積極的に活用されているのが「WeChat(微信)」です。WeChatは13億人を超えるユーザーを誇り、中国版LINEのような国民的なメッセージツールでありながら、ビジネスの領域においても大きな存在感を示しています。
中国では初めて顔合わせをする相手と名刺を交換するのではなく、WeChatのIDを交換することが多くなってきています。またビジネス上のメールのやり取りや書類の授受もWeChat上でおこなうケースが増えている状況です。
もちろん、個人アカウントで行っているためセキュリティ上の不安はありますが、個人とビジネスの垣根が日本人ほど高くない中国人の気質に合ったツールであることがわかります。
また「Weibo(微博)」もWeChat同様、注目すべきSNSです。Weiboのアクティブユーザーは6億5,000万人とWeChatには及びませんが、中国では広く普及しているソーシャルメディアです。
Weiboは企業ページの設定もでき、公式アカウントからの情報発信を行えます。
この2つのSNSは「WeChat=LINE、メッセンジャー」「Weibo=Facebook、X(旧:Twitter)」と近い機能を持っていると紹介されます。
キーパーソンへのコンタクトを試みる場合はWeChat、企業としての情報発信であればWeiboというところでしょう。
中国市場におけるマーケティングの難しさとは
以上のような特徴を持つ中国市場では、当然ながらマーケティングのベストプラクティスも日本市場とは大きく異なります。
現在は、グローバル展開を進める企業にとって、デジタルを介したアプローチがスタンダードになっています。特に、MA(マーケティング・オートメーション)はグローバルマーケティングの推進でも有用であることから、多く活用されるツールです。
しかし、中国市場においては、他国と比較して成果を出すまでに工夫が必要な場合があります。
<前編>マーケティングオートメーション(MA)の活用で知っておきたいメルマガ配信における重要指標でも解説したように、MAを使ったメールマーケティングでは「配信到達率」が重要指標となります。
しかし、中国市場では配信到達率が他国と比べ明らかに低いケースも珍しくありません。中国市場で配信到達率が低くなってしまう要因としては、以下のものが挙げられます。
- BtoBであってもメルマガ登録にフリーアドレスを使う場合が多い。
- フリーアドレスを提供している主要企業も数社に限られ、それら企業が国外にサーバーを置く事業者からのメール配信を規制しているケースもある。
このような場合は、中国へのメルマガ配信に向けた対応が必要となるケースも多く、まさに「MA泣かせの市場」といえるでしょう。
MAを用いたグローバル施策を他国と同様に実装しても、メール到達率が著しく低いことにより、中国市場に向けた情報提供やプロモーション機会が減少し、「ブランド認知度の向上」「顧客エンゲージメントの確保」が難しくなります。
とはいえ、中国は人口が多い分、メールアドレスの保有コンタクト数も大きくなりやすいのは事実です。
そのため、MAを展開する際には中国プロバイダー向けにホワイトリスティングの申請を行うといった適切な施策することで、その効果を最大化できます。
中国市場におけるマーケティング活動では、日本で有効な手法に依存せず、WeChat公式アカウントやWeiboも活用し、現地の状況に応じたコンテンツ配信を検討することが大切です。
まとめ
日本企業の中国市場への進出は、商習慣の違いや地政学リスクの大きさから、初めの一歩を踏み出す際に考慮すべき要素が多いのが実情です。
一方で、中国市場はイノベーションが進み巨大な市場であり続ける魅力的なマーケットでもあります。中国におけるマーケティング活動をする上では、商習慣の違いを踏まえた上で、「誰がキーパーソンなのか」を精緻に見極めなければなりません。
また、デジタルツールを活用する際にも、諸外国向けの画一的な方法ではなく中国市場ならではのセオリーを踏まえておく必要があります。
なお、中国市場ではテレマーケティングといったオフラインのマーケティング活動も引き続き有効です。中国市場進出に向けた施策においては、画一的な手法を採るのではなく、自社のマーケティング目標から紐解いた適切なチャネル選定を行いましょう。
また、2021年11月1日に中国個人情報保護法が施工されたため、個人情報の取り扱い方法に関しても、各社ごとでポリシーが存在する状態になっています2。商習慣だけでなく、法解釈においても中国ならではのポリシーに沿った対応が求められます。
- 株式会社帝国データバンク「日本企業の「中国進出」動向調査(2024年)」 [↩]
- PwC「中国個人情報保護法のポイントと日本企業が講じるべき対策」 [↩]