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<後編>「企業価値×社会的価値」を両立させる探索領域へのアプローチ方法とは?

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大企業の持続的な成長を実現するには、既存事業の深化だけでなく、新たな市場や事業の探索が不可欠です。日本の大企業は既存事業の効率化や改善に長けている一方で、長年培ってきた組織文化や業務プロセスがイノベーションの障壁となることがあります。 

加えて、不確実性の高い新規事業への投資は、短期的な業績への影響を懸念する経営陣や株主からの理解を得にくいという側面もあるでしょう。 

本稿では、2024年6月に開催された「BtoBマーケティングフォーラム」に登壇した当社執行役 大橋 慶太の講演内容を基に、探索領域で新規事業創造を実現するための条件や具体的なアプローチ方法を解説します。 

探索領域におけるイノベーションの条件 

企業の成長戦略を考える上で重要な概念である「探索領域」「深化領域」ですが、これらの領域では、求められるイノベーションの性質が大きく異なります。 

深化の領域では、既に成立している市場や顧客に対して、既存の機能の高度化や持続的イノベーションが求められます。これは現在の事業や製品を改善し、効率を高めていく取り組みですので、短期的な成果が見えやすく、多くの日本企業が得意としている領域です。 

一方、探索の領域では、自社にとって未開拓の市場や新しい顧客層に対して「破壊的イノベーションやビジネス革新と技術革新を組み合わせていく」ことが求められます。ここでは、既存の枠組みにとらわれない斬新なアイデアや、これまでにない価値提案が必要です。 

「企業価値×社会的価値」を両立させる探索領域へのアプローチ方法とは?

深化領域では、「既知のニーズに対して、既知のシーズを組み合わせ、深掘りし、磨き込む」アプローチが採られます。これは、顧客からの具体的な要望に対して、自社の慣れ親しんだ技術や知識を用いて改善や最適化を行うプロセスです。 

対する探索領域では、「自分たちの認知範囲外のニーズを探索して、既存のシーズと組み合わせる」アプローチが必要となります。 

ここでは、自社の技術やリソースを新しい分野にどのように応用できるかを考え、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを発見し、それに応える製品やサービスを創造することが求められます。 

VoC(Voice of Customer)起点の探索領域へのアプローチ方法とは 

VoCとは、「顧客の声」を意味するマーケティング用語です。 

従来型のマーケティングにおいては、VoCは「顧客の声を聞く」ことを意味します。VoC分析により「対象とする潜在顧客の声(=潜在課題や要望)から、製品開発におけるヒントを得られる」という考えが一般的でした。 

ただし、探索領域のBtoBにおけるVoCが果たす機能は、さらに重要な機能があります。 

それは「聞く」だけでなく、自社のアイデアや構想を直接対象となる「顧客に伝える」機会でもあるということです。また、VoCアプローチにより顧客のニーズを理解することに加え、「顧客自身も気づいていない潜在的なニーズ」を喚起し、新たな価値創造の可能性を探れるようになります。 

このアプローチは特に、まだ市場が形成されていない新しい領域での事業創造で効果を発揮します。顧客との対話を通じて、社会課題の本質を深く理解し、それに対する革新的な解決策を共に創り上げていくことが可能となるためです。 

VoC起点のアプローチで考慮すべき要素

CSV(Creating Shared Value)経営の実現も踏まえた探索領域の事業化では、考慮すべき要素として以下の3点が挙げられます。 

  • 市場の魅力度:規模・成長性 
  • 競合優位性:自社が勝てる可能性 
  • 自社のパーパスとの整合性 

これら3つの要素を十分に考慮し、バランスを取ることで、失敗のリスクは高いものの、チャレンジする価値のある事業領域を特定できます。 

ただし、これらの要素を効果的に評価し、探索領域での事業創造につなげるためには、従来の大まかな市場分析ではなく、より深い洞察が必要で、市場を「個客レベル」まで解像度を上げなければなりません。具体的には以下のステップを踏みます。 

  • STEP1:マーケット(業界・地域)の選定 
  • STEP2:ターゲットアカウントリスト作成 
  • STEP3:狙いの部門(例:設計部)の選定 
  • STEP4:狙いの役職やミッション・業務理解 
  • STEP5:顧客の製品・工程・用途の理解 

この5つのステップを踏むことで、市場全体の傾向だけでなく、個々の顧客の具体的なニーズや課題を深く理解できます。そのインサイトを基に、市場の見込み顧客の声を基にした仮説検証型の探索を行うことで、新規事業案の市場認知も拡大していけます。 

具体的には、顧客との対話を通じて自社の新しいアイデアや構想を伝え、そのフィードバックを得ることで、市場ニーズに即した事業案の精緻化が可能となるのです。 

同時に、この過程で自社の取り組みが市場に認知されることで、潜在的な顧客や協業先との新たな接点が生まれますので、さらなる事業機会の発見にも繋がります。 

VoCを基にした探索領域における事業創造のプロセス 

探索領域への事業創造プロセスは、社会的価値と経済価値を両立させる前提で、何を目指すのかを決め、VoCを基にビジネスモデルを創出します。 

このプロセスは以下の3つのフェーズで構成されます。 

  • フェーズ①:ターゲット市場の明確化=マテリアリティ特定 
  • フェーズ②:ビジネスモデル策定 
  • フェーズ③:VoCによるビジネスモデル検証 

それぞれ個別に解説します。 

フェーズ①:ターゲット市場の明確化=マテリアリティ特定 

新たな成長機会を創出し得る「社会課題起点のマテリアリティ特定」の方法とは?でも解説したように、マテリアリティの特定とは「自社の事業成長 × 社会の持続可能性」に繋がる重要課題を特定し、それに取り組むことを社内外のステークホルダーに表明する取り組みです。 

「企業価値×社会的価値」を両立させる探索領域へのアプローチ方法とは?

目指すべきは真のWin-Winの解決策を見出す、右上の「パーパスと利益の両立」です。この領域は「社会的意義(企業の存在意義)」「商業的意義(経済的な成果)」の両方が高いレベルで実現されている、探索領域の事業創造のチャンスがある場所です。 

例えば、環境問題の解決に貢献しつつ、新たな市場を開拓するような事業がこれに該当します。 

このフェーズで新たな市場を特定していく際には「自社の強みや技術を活かしつつ、社会課題の解決に貢献できる領域」を特定することが必要です。 

フェーズ②:ビジネスモデル策定 

次のフェーズでは、精緻性を追わず「新領域における事業のプロトタイプ」を作成します。 

ここでは「市場創造の視点」を持ち、社会課題解決と事業性の両立を目指すことが求められます。プロトタイプ段階のビジネスモデルは、市場からのフィードバックに基づいて柔軟に修正・改善できるようにしておかなければなりません。 

実際には、多様なステークホルダーの意見を取り入れ、潜在的な顧客ニーズや市場動向を十分に考慮しながら、実現性の高いビジネスモデルを構築していくことになるでしょう。 

フェーズ③:VoCによるビジネスモデル検証 

最終段階として「競争のルールを変えるヒント」を見つけることが必要です。具体的なアプローチとしては、以下の3ステップを踏みます。 

  1. 仮説設計:研究テーマ関係者、事業側の関係者数名でフレームワークをベースに議論し、仮説設計を行う。 
  2. 想定市場・顧客における検証:仮説設計を基にした想定市場・顧客へ直接アプローチし、想定仮説の検証やニーズの獲得を行う。 
  3. 社内承認:検証も含めた今後の展開プランを事業責任者から承認をもらい、事業側からも求められる研究開発に着手できる状態を目指す。 

VoCを基にした仮説検証型の探索により、短期間で仮説の精度を高めることが可能になります。加えて、自社の知名度がない探索領域において「自社の市場認知が拡大する」という恩恵もあるため、探索領域の事業創造の実現可能性を高められます。 

探索領域の取り組みは「挑戦し続ける」ことが大切 

探索領域における事業創造は、企業の持続的成長にとって不可欠な挑戦といえます。しかし「探索領域において正解はない」というのもまた事実です。 

本稿で紹介したVoC起点のアプローチや事業創造のプロセスは、不確実性の高い領域における1つのセオリーではあります。しかし、これらはあくまでも「指針」であり、各社がそれぞれの状況に応じて柔軟に適用し、独自の方法論を確立していかなければなりません。 

探索領域での挑戦は、失敗のリスクを伴います。しかし、その過程で得られる学びや、組織全体のイノベーション能力の向上は、たとえ個別のプロジェクトが成功しなくても、長期的には自社の競争力強化に繋がると考えます。 

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