BtoBマーケティングのトレンドを先行する米国では、BtoBビジネスの事業戦略においてアカウントベースドマーケティング(ABM)への投資が欠かせないものとなっています。
2024年現在はABMに関する多くの事例が存在し、すでに「正攻法」は確立されているのが現状です。正攻法に忠実な戦略を立案、実施さえできれば、多くの場合は失敗を避けられるようになっています。
しかしながら、ただ“正攻法”に則って忠実にABMを実行すれば成功するにもかかわらず、知見が浸透しているはずである米国企業でさえも、ABMが失敗に終わる例が散見されます。
その理由は、実際にABMを実施していくにあたり、相当の予算やリソースの投下が必要であるにもかかわらず、多くの企業はこれができていないからです。
事実、ABMの戦略立案には「緻密な計画や調査」「ターゲット企業へのアプローチ方法を試案する創造性」に加え、何よりも「それを遂行しきる忍耐力や粘り強さ」が求められるため、ABMの実行にかかる難易度は高いといえます。
だからこそABM戦略の立案段階で、BtoB企業が陥りがちな失敗のポイントを理解しておくことが、ABM戦略を実施する上では重要です。
そこで今回はMarketOne Internationalでリリースされた6 common ABM mistakes to avoidをベースとして翻訳と一部加筆を加え、ABM実施時に避けるべき6つのポイントと解決策を紹介します。
目次
ABMで避けるべきポイント①:成果につながらないKGI・KPIを設定する
そもそも、ABMを実施する明確な目的を持っていますか。なぜABMが自社によって有益なのか腹落ちしているでしょうか。
ABMでよくある失敗例は「ABM実行に向けた動機を明確化する前に、ABM施策を開始してしまい、成果につながらないKGI・KPIを設定してしまう」ことです。その誤ったゴールのもと施策を継続すれば、ABMの成果を打ち出せず、失敗に終わってしまうでしょう。
ABM施策を成功させるためには、成果を正しく計測・トラッキングできる明確な指標の設定が不可欠です。例えば投資対効果を測るROIなどの指標を用いながら、施策を曖昧に評価することを避ければ、マーケティングや営業が「集中すべき施策」を明らかにする必要があります。
ABMの戦略立案を始める前には、以下のような観点から、ABMを取り組む意義を十分に検討した上で、事業目標や成果指標を設定することが重要です。
- そもそもABMを実施したい動機とは何か?
- 短中長期で事業目標が達成し得るに十分な見込み顧客やパイプラインの創出ができているか?
- ABMでの最重要ターゲットを以下のような観点で特定できているか?
- 既存の収益源の内訳で、大きな割合を占める企業はどこか?
- 今後の収益見込みを加味した上で、収益向上に寄与する見込みが高い企業はどこか?
- マーケティングが創出したリードに対し、営業から「商談先にふさわしい」といったフィードバックを得られており、営業とターゲティング企業の合意ができているか?
- 事業全体や既存のパイプライン状況を鑑み、注力したいマーケティングの方向性は決まっているか?(例:新規顧客の獲得を推進したいか、既存顧客からの売上を伸ばしたいか、それとも両者の改善を狙いたいかなど)
- ABM自体が事業に対し、有益な戦略であると裏付ける市場調査の実施を行なったか?
- 専門家や各部門のステークホルダーなどからABM実施に対する意見やインサイトの収集をおこなったか?
つまりは、マーケティングの一存でABM戦略を策定するのではなく、全社でABMのビジョンを共有・反映し、足並みをそろえて施策を開始することが求められるのです。
ABMで避けるべきポイント②:営業とマーケティング部門の連携を阻む社内文化を変えない
全社的な連携が必要とはいったものの、数あるABMの案件において、「マーケティングと営業のアライメント(連携)」に課題を感じていると挙げるクライアント企業は多く存在しました。
その理由は、ABM施策でマーケティングと営業間で求められる“連携”は、従来の部門間連携と大きく異なり、「抜本的な変革」が必要となるからです。
「従来型のマーケティングにおける連携」では、一連のカスタマージャーニー(すなわち顧客接点)において、「特定のタイミング・タッチポイント」で営業にリードを渡すような連携スタイルを基本としています。
一方、ABMではターゲット企業において「あらゆる顧客接点」で両部門間の緻密なやり取りが必要となります。
例えばABMでは、営業が最前線で見込み顧客と密度の濃い会話を通して情報を収集し、決裁者など当たるべきターゲットを選定します。
その傍らで、マーケティングでは営業が取得してきた情報を基に顧客理解を深めながら、ターゲットの興味関心を高めるコンテンツを作成します。
この際、営業は見込み顧客が知りたい質問に答えるために、マーケティングが作成したコンテンツを利用できるでしょう。
ABMを成功させるためには、このようにマーケティングが施策開始直後から営業を巻き込み、KGI・KPI設定について双方の合意を取った上で、施策を走らせることが重要です。営業とマーケティングはワンチームとして、重要顧客からの受注を目指し、ナーチャリング活動まで含めて一丸となることが求められます。
ABMの知見が深い米国BtoB企業では、「ABMはアカウントベースド“マーケティング“ではなく、ABX(アカウントベースド“エクスペリエンス“)である」という見解も出始めています。
この意見には、「営業とマーケティング間で重要顧客に対するコミュニケーションのサイロ化を回避し、一貫性をもった顧客体験を共創すべき」であるというニュアンスも含まれています。
つまり、ABMを単なるマーケティング施策の1つだと捉えているうちは、ABMの成功は見込めないのです。
ABMで避けるべきポイント③:ABMの専任者を確保しない
ABMにおいては、注力企業に対して高度にパーソナライズされたマーケティングキャンペーンの立案が求められます。その上では、マーケティングチームに「ABM専用の担当者」をアサインする必要もあるでしょう。
しかし、ほとんどの組織では既存のリソースでABMを運用せざるを得ないのが実情です。そのため、営業・マーケティングチームは定常業務・ABMのキャンペーンを同時に実行せざるを得ない状況となっています。
実際、米国ではマーケターの37%が、「ABMにおける最大の課題はマーケティング予算と人材の不足である」と回答しています1。
そのような状況下では、営業・マーケティングで、ABMのスコープ決めを行うワークショップを開催することが有効です。これによりABMで「どのレベルを目指すべきか」「現在はどの程度の習熟度なのか」の目線合わせを行えます。
スコープや施策の目的を明確にすることで、ABMで必要なアプローチを定義できるため、今後想定される課題がどのようなものかのかも、ある程度把握できます。
これらを明確にすることで、追加人材の登用についての議論も前に進められます。 この場合、自社の営業やマーケティングチームへの採用が第一候補にあがります。
しかし、今後のABMの進捗次第では、固定で人材を配置することが難しい場合もあるでしょう。 そのようなケースでは、必要に応じて工数の規模を可変できる外部エージェンシーなどへの業務委託も視野に入ります。
「どのくらいの工数と予算をかけるか」が、ABMにどれくらいの重きを置くかの「物差し」となります。実行可能なABMのレベルと期待される投資対効果を測る上では、事前に投下できるリソースを明確化しましょう。
これらを定義することではじめて、ABMの組織においての重要度と、全社戦略にどの程度インパクトを与えるかを考えられるようになるのです。
投資対効果を可視化すれば、ABM戦略を実行する上での経営幹部からの賛同も得やすくなるでしょう。
ABMで避けるべきポイント④:ABM施策に対する役員からの支持を得ていない
ABMの実施にあたり、役員によるABMへの支持も必要です。以下のいずれかにあてはまる状況の場合、貴社におけるABM施策の推進は上手くいかない可能性が高まります。
- 役員層にABM施策の実施についての必要性が十分行き届いていない
- 役員層がABMの実施に意欲的でない
- 役員層がABMについての理解を深めず、「とりあえずやってみよう」という姿勢である
多くのマーケティングキャンペーン施策と異なり、ABMは長期的なリソースの投下が必要とされます。
前述のとおりABMは「企業レベルの戦略」ですので、自社の事業戦略とも連動する必要があり、実行する上では役員からのサポートも欠かせないのです。
ABM施策を成功に導く上では、Bombora社は以下の通り役員層がABMを主導することを推奨しています2。
役職 役割
CEO(最高経営責任者) ABM成功に向けたビジョンを打ち出し、ABMのゴール設定を行う
CFO(最高財務責任者) 現在の収入源と見込み収益を明らかにし、ABM実施が長期的な成長因子になり得ることを伝達する
CMO(最高マーケティング責任者) マーケティングや営業をはじめとした各部署のABMに対する支持を得るために、各部署との連携や推進をする
ほかにも米国ではCRO(Chief Revenue Officer:最高収益責任者)という、収益全体の最高責任者として、主にマーケティング、営業事業全体を横断して統括する役職を設けることが主流となり出しています。
CROのポジションを設けることにより、部門間連携を強化し、顧客獲得・育成・維持まで全体を統括しつつ、企業の全体収益の最大化を目指せます。
この例からもわかるとおり、ABMの成果を着実に打ち出していくには、役員層の協力が不可欠なのです。
そもそもABMは「企業そのものを対象とした戦略」が基盤となるため、一般的な「見込み顧客(個人)」を対象としたマーケティングキャンペーン戦略から逸脱しています。
それゆえ、多くの企業で採用している従来のマーケティング戦略と異なるアプローチが求められます。ABMでは、既存戦略に最適化された組織構造までも変革していくことが求められ、必然的に長期的なコミットメントが必要となります。
ABM推進では、社内ステークホルダーに対して「いかにABMが腰を据えて取り組むほど価値がある施策であり、成功に向けて多くの試行錯誤が必要であるか」を訴求し続けなければなりません。
マーケティング部署の一存では動かせきれないABMは、対外的な取り組みのみならず、社内における組織内マーケティングも取り組むことが求められます。
特に、日本企業では細部の執行役員であるCxOを設けているケースは少ないため、「マーケティング・営業事業部長」「全体を統括する役員」を巻き込むことが重要です。
「インターナル・マーケティング」がマーケット・イン型の事業開発を加速させるでも解説しているとおり、マーケティングなどの現場レベルに留まらず、「全社を挙げたマーケティングへの取り組み」に昇華できるよう、日本企業の文化に即した地道な働きを続けていきましょう。
ABMで避けるべきポイント⑤:ABMにそぐわないKPIを採用する
前述のとおり、ABMに最適化した組織構造への変革が求められているなかで、施策の指標となるKPIも同様にアップデートしなければなりません。
一般的に、株主への業績開示が四半期単位で行われる以上、事業成果も短期的なサイクルで示す必要があります。
しかしながら、ABMは中長期にわたって取り組むべきものであるため、「わかりやすい成果」が出るまでには、非常に時間がかかります。
つまり、各四半期のサイクルを経たとしても「ABMの成果が従来型のマーケティングよりも出ていない」ようにみえてしまいかねないのです。
ABMを行う上では、「成果の尺度」そのものも異なるため、KPIの立て方から変えていかなければなりません。業績にも影響が出ることから、経営陣からの理解を得ることの重要度は、非常に高いといえます。
ABMキャンペーンを行う上では「これまでの意味をなさない指標(=ABMでは使えない指標)」は、切り捨てなければなりません。
なぜなら、経営陣の関心領域である「CV(コンバージョン)数」「顧客維持率」「顧客ロイヤルティ」などの指標が、長期にわたるABMキャンペーンでは意味をなさないためです。
では、ABMキャンペーンにおけるマーケティングKPIはどのように設定するのがよいのでしょうか。
ABMは18カ月から24カ月にかけて、あらゆるチャネルで「実行し続ける」ものです。そのため、 各チャネルで適切なタイミングで顧客接点を持ち、顧客の関心を惹くのに十分なコンテンツを用意する必要があります。
「Eメールの開封率・クリック率」「SNSのインプレッション数」「オフラインエンゲージメント」などの「わかりやすいものの、それだけでは意味をなさない指標」に頼っていては成果に繋がりません。
中核となるKPIとして、ABMでは以下のような指標に焦点を当てるべきです。
ABMで使うべき指標 KPI
顧客評価 ブランド認知
顧客との関係性 アカウントカバレッジ
顧客単位の収益 商談数
ターゲット顧客群のカバー率 各社における保有コンタクト数
これらのKPIは、段階を踏みながら各顧客企業を理解した上で、顧客企業の情報(アカウントインテリジェンス)を構築しつつ、時間をかけながら測定していく必要がある点には留意しましょう。
ABMを組織に導入する上では辛抱強く、長期的に考えることが重要です。従来型のマーケティングより成果が出るのに時間がかかるとしても、粘り強く続けることで、最終的に経営層からの評価も得られます。
ABMで避けるべきポイント⑥:従来のデータ設計やプラットフォームで成果を計測する
BtoBにおけるマーケティングの多くは、MQLやパイプライン、リードジェネレーションに焦点を当てた構造・設計を有しており、MAをはじめとする各マーケティング・プラットフォームはこれらを最大化するために設定されています。
一方で、ABMは企業そのものを対象とした戦略であることを踏まえると、従来のマーケティング戦略の考え方では、ABM戦略の実行はままならず、必要なデータすら取得できないでしょう。
自社で使用しているプラットフォームにおいて、「見込み顧客=コンタクト」から「企業=アカウント」レベルに尺度を変える上では、既存プロセスの変更が必要になります。
特にMAやCRM、ABMプラットフォームに始まるBIツールや各ダッシュボードは、「企業単位のデータ」を取得できるように最適化されていないため、抜本的にデータ設計を見直さなければなりません。
例えば、特定企業に対して複数の事業部門の営業がアプローチする場合、「企業ごとの売上データ」を取得することすら難しくなります。顧客の情報管理の単位が「個人」である限り、データのサイロ化は避けられなくなってしまうのです。
実際に米Zoominfoによると「マーケターの約6割が4割程度の低い精度で取得された見込み顧客のデータを信用している」との調査結果が出ています3。
ABMの成果を正確に測るには現時点で利用しているプラットフォームで収集できるデータに限界がある前提を理解しなければなりません。その上で、「企業単位のデータ」で計測できるスコアリングモデルを整備し、定量的に計測できるよう、データ設計にも力を入れるべきでしょう。
加えて、長期的な施策だからこそ、定性的な指標にも目を向ける必要があります。例えば営業が各自でもっているターゲット企業に対するインサイトや、KPIのトラッキングなど、より定性的な指標でも活用していくことが、ABMでは求められるのです。
おわりに
ターゲットを「特定の企業単位」に絞って実行するABMでは、各社で異なるニーズ・意思決定のプロセスがあることを前提に戦略をパーソナライズしていく必要があります。
特に、新規にABMに取り組む場合は、急いで実行に移るのではなく「過去どのような過程で戦略を練ったか」を振り返りながら、ターゲット企業に適した戦略を着実に策定することが大切です。
ABMの成果を正しく測る上では、「①正確なデータを収集できる基盤づくり」に加え、長期にわたるキャンペーンプログラムに対応するための「②営業・マーケティングの連携リソースの確保」「③プラットフォーム戦略の最適化」の3要素を網羅しなければなりません。
いち企業で実施するにはハードルが高いものの、社内外のリソースを効果的に活用することで多岐に渡るポイントを押さえながら、長期的な目線を持って、着実にABM戦略を形作ることが大切なのです。