先日、本ブログで公開した企業経営の礎を固める マーケティングオペレーションズ とは?の記事では、マーケティングを進めていく上で、その基盤を支えるマーケティングオペレーションズの重要性について語っております。
マーケティング活動の基盤となるプラットフォームの代表格がMA(マーケティング・オートメーション)ツールです。MAツールは、MA(マーケティングオートメーション)の全体像とは?自動化を成功させるための必要知識にもある通り、キャンペーン・プログラムやリードマネジメントの自動化などの多様な機能を持っています。
一方で、その多彩な機能があるがゆえに、マーケティング担当者は各種機能や、求められるビジネス要件に対応し続けなければならないのも事実です。
そこで今回は、MA運用を進める上で、マーケティング担当者にはどのような素養が求められ、どのようにしてスキルを育成するべきかについて考察します。
MA運用を“始める前に”必要な知識
まず、ケーススタディとして当社マーケットワンジャパン(以下、M1J)のトレーニングの一例を紹介します。M1Jには未経験から入社する人もおり、入社後最初の業務として週に1度の定常のメール配信に携わります。そのため、最初の数ヶ月間はMAの通常のオペレーション、つまりメールの作成やキャンペーンの配信といった日々のルーティン業務を重点的に学ぶことになります。
MA(マーケティングオートメーション)におけるメール配信を標準化するためのポイントを解説でも解説したように、M1JにおけるMAの運用業務は型化されているため、未経験でも短期間で適応できるような各種テンプレートやマニュアルが存在します。このような型化はマーケティングオペレーションズを高度化させる上で必須の取り組みです。
担当者が通常運用に習熟してくると「自身が行っている日ごろの配信業務が全て」であるかのような錯覚に陥ることがあります。しかし、最終的にはダニング・クルーガー現象と呼ばれる「初期段階では自分ができると思い込むものの、あるタイミングで自分のスキルの限界を痛感する状態」に陥ることも珍しくありません。
その背景としては 「型を作ること」と、「出来上がった型の上で運用すること」には大きな隔たりがあることも起因しています。
私自身、新人時代は運用スキルを習熟し、そこから各種ベンダーが提供している認定資格を取得した後でさえ、同様の壁に直面しました。
M1Jでは、グローバル規模のネットワークを有しています。クロスボーダーのプロジェクトにおいて、各国メンバーと一緒に仕事をしていると、MAの無限の可能性を目の当たりにし、自分が知っている機能がいかに“全体の一部”であるかを実感したものです。
グローバルメンバーと会話している際に印象的だったのが「メールモンキーになるな」という言葉でした。これは「単純なメール配信業務に満足し、それだけをひたすら続けると、その先の学びがなくなってしまう」ことを指しています。
つまり、あくまでMA運用においては、より多様で幅広いスキルが求められるのです。
そういった前提を踏まえて、社内外の多くのマーケターをみていると、各種ツールの操作スキルの前段階として「MA運用で必要な、マニュアル記載されていない前提知識」が暗黙の了解として存在することで、躓いている方も多いと感じています。
そこで以下より、MA運用の前提として知っておくべき知識を大きく3つご紹介します。
MA運用の前提知識①:Webに関する知識
1つ目は「Webの知識」です。MA運用では、以下のようなWebに関する基礎的な知識が求められます。
- Webトラッキングの基礎知識
- ランディングページの構築方法
- クッキーの基本的な仕組み
- ファーストパーティークッキーとサードパーティークッキーの違い
- SEOに関する知識
- UX/UIデザインに関する知識
など
近年のツールは、ドラッグ&ドロップでWebの構築が可能になっています。とはいえ、それでもある程度のHTMLやCSS、JavaScriptといった最低限のコーディングの知識が求められるのが実情です。
自分で全てを構築するまでは行かなくても「それがどういう仕組みで動いているのかを理解すること」は重要です。何かトラブルがあった場合、「それがフロントエンドで発生しているのか、バックエンドの問題なのか」といった問題の切り分けができなくなってしまうためです。
MA運用で多くのコンバージョンを獲得するためには、レスポンシブデザインやインターフェイスなどの「ユーザー視点」でのユーザーエクスペリエンス(UX)に関する知見も求められます。
このように、MAを運用する際には、Webに関する技術的な視点と、顧客導線を最適化するためのユーザー視点が必要なのです。
MA運用の前提知識②:ITに関する知識
2点目は「ITの知識」です。これは、MAがマーケティング“システム”であることが理由です。
例えば、IP制限を行う企業では「グローバルIPやプライベートIPといったIPアドレスの違い」「外部データベースとデータファイルを受け渡す際のSFTPサーバーが何であるか」を知っておく必要があります。
他にもMAでのメルマガ配信を行う際には、なりすまし認証に関連するSPF、DKIM、CNAMEといったIT側の設定などについても、具体的に何を意味しているのか理解しておかなければなりません。
こちらについては、<前編>マーケティングオートメーション(MA)の活用で知っておきたいメルマガ配信における重要指標の記事でも解説していますので、あわせてご参照ください。
これらを理解する上では「ITパスポート」などの資格試験の範囲のITの基礎知識の取得は、文字通り「パスポート」のようにデジタルを取り組む上での前提条件となります。
MA運用の前提知識③:データベースに関する知識
マーティン カイン氏 、クリス・オハラ氏共著の 「カスタマーデータプラットフォーム デジタルビジネスを加速する顧客データ管理」によれば、MAにおける最初のブレイクスルーとして、データベースにSQL機能を持つことが挙げられています。1
SQLとは、データを抽出し、それをセグメントするための機能で、これまで人力で行われた作業を自動化できるようになります。
以前はこれらのデータ抽出においてはSQLのプログラミングスキルが必要でしたが、現代のツールはそれらを内包しています。そのため、SQLのプログラミングスキルは必ずしも必要ではなくなったのですが、データ抽出をする際に「どのようなデータ型であればデータが取得できるか」という基本的な知識は、依然として重要といえます。
データベースの基礎はcsvに代表されるスプレッドシートのテーブル構造ですので、まずはエクセルの中級程度のスキルが必要です。表計算だけでなく、データのルックアップ、テーブルでの集計・関数を活用したデータ型変換や集計などを日常的に行っている人であれば問題なく対応できるでしょう。
しかし、ここに苦手意識を持っている人は、MA運用でも苦労を強いられる可能性が高いといえます。
ただし、動画サイトなどで教育コンテンツが充実しているため、一通りカバーして自分で「遊んでみる」だけでも十分な知識は得られますので、まずは苦手意識を持たずに取り組むことが大切です。
基礎知識の習熟につながる業務理解の重要性
以上3つの前提知識があれば、MAの未経験であってもすぐに適応することができるでしょう。
一方で、MAは結局のところ「マーケティングの業務アプリケーション」であり、マーケティングで活用されるツールの1つに過ぎません。
そのため、これらの知識やシステムへの知見がなくても、「業務への深い理解」があれば、短期で習熟できる可能性は十分にあります。
近年は、BtoB領域でもデジタルマーケティングに力を入れていますが、まだまだ各社のデジタルに関する知見は乏しいかもしれません。しかし、自社の業務に深く習熟していれば、デジタルの経験がなくても順応はしやすいといえます。
ただし、日本の雇用形態は一般的に「メンバーシップ型」といわれ、1つの職種を深く掘り下げるよりも、さまざまな業務をローテーションするのが一般的であるため「専門的な人材が育ちにくい」というハードルが存在します。
近年はMAだけでなく、SaaSに代表される業務に特化したツールが溢れているため、業務に対する理解が乏しいままシステムに触れているだけでは、習熟するのは難しいかもしれません。
それを踏まえると、大局的には業務を深く掘り下げることを目指すのであれば、メンバーシップ型からジョブ型への移行が求められるといえるでしょう。
一方でここで述べた「基礎的な知識」については、今後ITを活用していく上では必須なものになっていくと考えられます。国をあげてDXなどのデジタル化を進めていくためには、就職する前段階、つまり中等教育や高等教育の段階で知っておくべき知識ともいえます。
近年はメンバーシップ型からジョブ型への移行について論じられています。
これらを踏まえると、企業戦略や社会人のキャリアと初等教育を分離して考えるのではなく、「変化し続ける社会の慣習として求められる素養」から逆算し、戦略的にキャリアと教育を連動させた「エデュケーションプランの一貫性」が重要になってくるのではないでしょうか。
とはいえ、それは長期視点での話であり、企業は直近の足元目線で、具体的にできることを考える必要があります。その上では、マネジメント層が業務の前提となる知識にも目を向け、包括的なトレーニングプランを提供することが重要です。
表面上のツールの習得だけでなく、背後にあるITの基礎知識も不可欠ですので、“ただ業務を推進するだけ”ではなく、土台となる知識をトレーニングプランに組み込む必要があります。
例えば、上記で上げたITパスポートのような目に見える資格取得も一つの分かりやすい目標となるでしょう。このようにして「わかりやすい目標」を掲げれば、スキルの確認だけでなく、社員のモチベーションアップにも繋がるかもしれません。
MA運用はさまざまな知識を“つまみ食い”しながら全体像を理解していくことが大切
最後に各個人がスキルアップをする上で考えるべき視点を述べていきます。
本稿のとおり、MA運用では広い範囲の知識が必要となり「どこから手を付けてよいかわからない」というジレンマに陥るでしょう。例えるなら「先の見えないトンネル」のなかでキャリアやスキル形成が求められているようなものです。
このような状況下では、上記のような資格試験などで体系的に学ぶだけでなく、実学として、何か具体的なアウトプット目標を設定し、それを達成するために必要なスキルを学んでいくというアプローチが有効です。
例えば、プログラミングを学びたいと思った際に、最初から教科書通りに勉強するのではなく、まずはそれを活用して何かアウトプットとなる「データ成型」「具体的なアプリケーション」などを作成してみるということです。
私自身の経験としても中学生の頃、周囲がWebページを作成していたため、それをきっかけにサービス契約・ドメイン取得の一連の流れやHTMLなどのWeb技術を学ぶことができ、現在の業務にも活かされています。
このように、誰かに言われなくても自分で目標を設定し、具体的なアウトプットを出せるセルフスターターとしての姿勢が、MAを使いこなす上で一番重要なスキルなのです。むしろ、MAの活用だけでなく、マーケティングに従事している人全員に必要とも言えます。
早稲田大学元教授で経営学者の内田和成氏は、著作「アウトプット思考」のなかで「大事なのはアウトプットから逆算し、情報収集になるべく時間をかけず、最大の成果を上げるという視点が必要」であると述べています。2
その上では、通常のメール配信業務などに留まらず、日ごろの運用のなかで常に改善ポイントを探しながら「MAなどのデジタルのテクノロジーを活用して、どのようなことが実現できるか」を探求し続けることが必要です。
アウトプットベースで「さまざまな情報を自分で組み立てる過程で学ぶ × 必要な知識を体系的に学ぶ」という両軸のかけ算こそ、MA運用をする上で必要な素養といえるでしょう。
- マーティン カイン ,クリス・オハラ著『カスタマーデータプラットフォーム デジタルビジネスを加速する顧客データ管理』2022年02月07日初版 [↩]
- 内田 和成著『アウトプット思考 1の情報から10の答えを導き出すプロの技術』 [↩]