2020年代を迎えた日本のBtoBマーケティングにおいて、デジタル化が進展し顧客との接点が多様化した環境下でも、とりわけメール媒体は顧客とのコミュニケーションにおいて中心的な役割を担いつづけています。実際、米Gartnerの2023の調査によれば、「CMOの44%がデジタルマーケティング戦略においてメールマーケティングの重要性を強調している」と判明しています1。
一方で、当社マーケットワン・ジャパンでデジタル領域を中心としたマーケティングの実行支援に従事する筆者は、メール配信は成熟したアプローチ手法でありながら、BtoBマーケティングにおいてはまだその真価が十分に発揮されていないと感じる場面も少なくありません。視覚的に訴求力のあるHTMLメールが選択されるケースも増えてきましたが、だからといって常に高い効果を期待できるわけではありません。特にUI/UXの面では、企業から送られてくるメールにはまだまだ改善すべき余地が残されているように思われます。
そこで今回は、筆者の経験も交え、BtoBマーケティングにおけるメールのUI/UXの重要性と、それを向上させるための理由について考察します。
目次
BtoBマーケティングにおけるメールのUI/UXの現状
まず、UIとUXの定義について触れておきます。
UI(ユーザー・インターフェース)は、「ユーザーと製品・サービス間における接点となるデザインや操作性」を指します。良いUIは、直感的に扱えるため、より情報を明確に伝えられます。
一方、UX(ユーザー・エクスペリエンス)は製品・サービスを利用する際の「ユーザーの体験」を指し、使いやすさやユーザーの満足度が大きく関わってきます。
冒頭で、BtoBのメール配信ではUI/UXの面で改善すべき点が多く見受けられると述べましたが、その背景としては以下が考えられます。
①多くのBtoB企業においてメール配信がインハウスで完結されており、客観的視点を持ちづらい
②BtoBマーケティングでは人的リソースが潤沢ではない
③BtoBの領域では、UI/UXが洗練されていなくても許容される傾向がある
まず①に関してですが、メール配信は多くの企業においてインハウスで実施されているのが現状です。メール配信は、コストを抑えやすく、手間も少ないため、自社内だけで完結させられます。その結果、外部の支援者の客観的な視点を得ることや、他社との比較を行うことがしづらい背景があります。
次に②について述べれば、BtoBではマーケティングの現場をほんの数人で回している場合が多く、デザインやユーザビリティに明るい人材も少ないという実情があります。メール配信に関していえば、専任の担当者がつくとは限らず、メンバーが片手間で運用していることも往々にしてあります。
さらに③に関してBtoBとBtoCの違いについて目を向けると、BtoBの領域では、デザインやユーザー体験が洗練されていなくても許容されると考えてしまいがちな傾向があります。これは、UI/UXやパーソナライゼーションといった考え方が、もともとBtoCの領域で発展してきたという経緯も関係していると思われます。
こうした背景を踏まえると、BtoBのメール配信において、デザインが古いままである、あるいはUI/UXの改善がなかなか進まない現状が理解できます。
BtoBマーケティングでなぜメールのUI/UXを改善する必要があるのか
では、限られたノウハウ・リソース下でも、なぜBtoBマーケティングでメールのUI/UXを向上させる必要があるのでしょうか。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- 顧客のアクションをより効果的に引き出すため
- 自社と見込み顧客との関係を継続的に維持するため
- 企業のブランドイメージを維持・向上させるため
それぞれ、詳しく解説します。
顧客のアクションをより効果的に引き出すため
大前提として、「メールの反応率やキャンペーンの効果を高められるから」という点が挙げられます。メールを配信する主要な目的は、「自社が提供する価値ある情報を顧客に届け、その情報と引き換えに顧客の反応や行動を引き出すこと」といえるでしょう。
具体的には、「自社サイトへの訪問」「資料のダウンロード」といった反応を促すことです。
メールのUI/UXが最適でなければ、自社がどれだけ価値のある情報を持っていても、そこに至る導線上にノイズが生じます。当然、キャンペーン自体の効果にも悪影響を及ぼすリスクがあるでしょう。
関連して、本ブログのデジタル広告運用担当者が語るBtoB vs BtoC -マーケティング施策で自社に貢献するための進め方では、BtoBマーケティングにおけるコンバージョンポイントの設定の難しさと重要性を解説しています。
高単価な商材を扱うBtoBでは、メールをクリックした見込み顧客がいきなり問い合わせを行うケースは稀であり、安易に問い合わせを狙ったコミュニケーションを行うことは大きな機会損失となる恐れがあるのです。
そのため、長期にわたる商談サイクルの序盤に位置する顧客には、資料のダウンロードなど比較的ハードルの低いコンバージョンを設けることで、「まずは価値を提供する」顧客体験の設計が有効となります。
自社と見込み顧客との関係を継続的に維持するため
メール配信は、短期的なアクションを促すだけでなく、見込み顧客との継続的なコミュニケーションを生むためのツールとしても利用意義があります。
しかし、UI/UXが優れたものでなければ、顧客に印象を残すことができず、ストレスを感じさせることさえあるでしょう。その結果、配信停止や迷惑メールの扱いを受け関係性が途絶えてしまいかねません。
米Litmusの調査によると、1つのメールを読むのにユーザーが費やす平均時間は年々減少傾向にあり、2018年時点で13.4秒であったものが、2022年には9.0秒に推移しているようです2。
このデータは、現代のメール配信で見込み顧客にインパクトを与えることのハードルの高さを示しています。
もし、メールが「モバイル/デスクトップのレスポンシブデザインに対応していない」「情報のすべてがバナー画像に詰め込まれてしまい、画像非表示の環境を考慮していない」などUI/UXに難があるとしましょう。
その場合、約10秒という表示時間はさらに低下してしまうでしょう。そうしたメールが常態化すると、見込み顧客との中長期的な関係を築くことはますます難しくなるのです。
企業のブランドイメージを維持・向上させるため
配信メールのデザインや利便性は、直接的に企業のブランドイメージに影響します。古めかしいデザインや使いにくいUIは、顧客に不安や疑念を抱かせる要因となり得ます。
一方、洗練され、一貫性のあるUI/UXは企業の専門性や信頼性を強調する要素として機能し、ブランド価値をさらに高めてくれます。
2020年代は、規模を問わず企業のウェブサイトがさまざまなデバイス環境に対応し、スムーズに作動し、優れたユーザビリティを提供することも一般的になってきました。
一方で、メール配信では、「HTMLのレンダリングが特殊な環境が存在する」「あらゆるメールクライアントに対応するスタイルを実装する技術的なハードルが高い」などの課題がUI/UXの向上を難しくしています。
知らず知らずのうちに、メールデザインが崩れて表示されてしまっているケースも少なくありません。
とりわけ、確固としたブランドアイデンティティを持ち、ハウスリストの規模も大きい大企業の場合は、見込み顧客との重要な接点であるメールで「自社ブランドに対して抱く印象」をコントロールすることは重要でしょう。
BtoBマーケティングでメールのUI/UXを改善するためのポイント
本稿では最後に、メールのUI/UXの改善を実施する際のポイントとなる考え方について、以下の3つを紹介します。
- ブランディングガイドの準拠と活用
- 1メール1メッセージの徹底と導線の最適化
- 多様なメール環境への対応
それぞれ、個別に紹介します。
ブランディングガイドの準拠と活用
1つ目は、MAの活用で知っておきたいメルマガ配信における重要指標でもメール配信で「まず実施すべきこと」として挙げている、「ブランディングガイドの準拠と活用」です。
メール配信における各社のブランディングガイドでは、クリエイティブにおいて使用できるブランドカラーやフォント、ロゴの種類・サイズ、ブランドにふさわしい文体や語り口調(ブランドボイス)などが規定されているのが一般的です。
ブランディングガイドは、自社がステークホルダーとのあらゆる接点において、一貫して「どう見られたいか/見られるべきか」を定義したもので、当然ながらメール配信でも準拠する必要があります。
ガイドそのものがUI/UXを考慮して作られているものであることから、このルールやデザインを順守することで、ブランド価値を守りつつ優れた顧客体験を提供できる可能性も高まるでしょう。
(出典:Spotify「Design Guidelines」)
1メール1メッセージの徹底と導線の最適化
メール本文中あるいは受け手の受信ボックス内という非常に 「インスタントなタッチポイント」において、1通のメールで本当に伝えたいメッセージは1つに絞ることが有効です。
前述のとおり、BtoBの配信メールは自社サイトへ遷移するクリックを促す役割をもつため、適切な位置・数のCTA (Call To Action) を設置することも求められます。
例えば、当社クライアントの事例では「メールで最も訴求したいメッセージやキーワード」をまずメールの件名で表現し、メール中の見出しや本文とも一貫させる手法を採っています。
ファーストビューでは、読者に印象づけるためのHero Imageもメインメッセージに対し関連性を持たせるか、メッセージを阻害しない内容にします。
あるいは、CTA を最適化する意味でHero Imageをクリッカブルにするか、Hero Image上でCTAをそのままクリックできるような配置にする選択肢もあるでしょう。
(マーケットワン・ジャパンのケーススタディ)
このように、メインメッセージを伝え行動へと促す導線をスムーズかつシンプルに構成し、ノイズとなる要素は極力取り除くことで、配信メールのUI/UXが大幅に改善されます。
多様なメール環境への対応
BtoBにおけるメールは、想像以上に多種多様なデバイス/メールクライアントで閲覧されています。
BtoBのメールが閲覧されるデバイス環境は、業界によっても傾向が異なりますが、たとえば製造業ではまだまだデスクトップが主流とみられます。一方で企業の役職者には法人携帯が貸与されているケースも多く、マーケティングメールのモバイル対応の重要性は増しています。
レスポンシブデザインを取り入れるのはもちろんのこと、「モバイル環境でHero Imageや本文中のフォントサイズが適切か」「多くのスクロールをしなくともCTAが現れるか」などの配慮も必要です。
メール環境の変数としては、デスクトップアプリ/ウェブアプリ、OutlookやGmailといったメールクライアント、ライトモード/ダークモードの区別もあります。
特にBtoBでもシェアの高いOutlookは、HTMLのレンダリングが特殊であり、配信してみると意図したレイアウトから崩れていることも少なくありません。同じOutlookでも、Outlook Office 365やOutlook 2021など製品/バージョンの違いによって見え方が異なる場合もあります。
さらに「ダークモード」対応は必須、メールマーケティングでユーザー離れを回避できる理由とは?でも述べたとおり、ダークモードでは意図せず「色が反転してしまう」「ロゴ画像が不格好に表示されてしまう」ケースも散見されます。
こうした多様なメール環境へ対応するためには、Email on Acid3をはじめとする検証ツールでメールの表示性を確認しつつ、テンプレートの改修で品質を担保していくことが有効です。
(メールの表示崩れの例:Mobile環境でHero Imageモジュールの表示が不格好となり、CTAが見切れている)
まとめ
以上のとおり、一定の専門的な知識やノウハウは必要であるものの、配信メールのUI/UXを高めるポイントを精査し、テンプレートや訴求方針といった「型」として落とし込めれば、マーケティングキャンペーンの効果を底上げ・安定化することができるでしょう。
とはいえ、メール制作・配信業務は多くの場合ルーティン化されており、改善の余地にも気づきにくいものです。
そのためまずは、届けたい体験や価値が伝わる設計になっているか、それが望ましい形で表示されているかといった視点を持ち、定期的にいつもと異なる客観的な目を通して見直すことがUI/UXを高める第一歩になるでしょう。
- Gartner「Marketing Channel Strategy: The Complete Guide」https://www.gartner.com/en/marketing/topics/marketing-channel-strategy [↩]
- Litmus「Do You Know How Changing Email Engagement Trends Impact Your Success?」https://page.litmus.com/trends-in-email-engagement [↩]
- Email on Acid https://www.emailonacid.com/ [↩]