円安局面が続き、国内市場の成熟と人口動態の変化が重なるなかで、製造業を中心に「事業初期から海外市場を前提にした案件創出」に取り組む企業が増えているように感じます。
以前MAの海外展開を実現させる勘所|シングルインスタンス・マルチインスタンスの選び方を解説の記事でも海外市場でのマーケティングでの難しさは述べましたが、そういった障壁を越えてもなお、海外マーケティングに取り組む重要性が増している状況です。
実際、足元でも円安をめぐって日本政府当局が強い警戒感を示すほど、為替は経営の前提条件を揺らす要因になっています1。
海外マーケティングに取り組む上で、引き続き重要なチャネルの一つがメール配信です。
展示会後のフォロー、ナーチャリング、アカウントの関係深耕など、BtoBの現場では今なおメールがマーケティング基盤として活用価値が大いにあります。一方で、グローバルに踏み出した瞬間、メールは「コンプライアンス違反のリスクが顕在化しやすい領域にもなります。
ここで論点になるのが、メール配信における顧客の購読管理、すなわちオプトイン/オプトアウトの管理です。
日本でも、BtoCを中心に顧客の興味関心に基づくメール配信が一般的になっていますが、「製品紹介のメールはいらないけれど、クーポン付きのものは受信したい」など、顧客ごとのプリファレンスに基づくパーソナライズといった「攻めの施策」のためには、顧客の購読状況を管理していかなければなりません。
これらは、「サブスクリプションモデル(購読管理)」とも呼ばれ、グローバルでのメールマーケティングを行う上では必要不可欠な考え方になります。
日本では「名刺交換したのだから送ってよい」「問い合わせが来たのだから案内してよい」といった感覚が、長く現場の常識として成立してきました。
しかし、その感覚のまま海外に出ると、同じ行為が「同意の欠如」とみなされ、配信停止の扱い一つをきっかけに、苦情の増加や到達率の低下、さらには監督当局への対応まで連鎖することがあります。
そこで今回は、グローバル展開時のメール配信において、購読管理をどのように設計し直すべきかについて解説します。
グローバル展開ではメルマガの「購読管理」を現地仕様に合わせる必要がある
まず基本として、メール配信における購読管理に関わる基本的な概念を整理しておきましょう。基本となる用語としては、以下のものが挙げられます。
- オプトイン(購読への同意):企業がマーケティング目的の連絡を行うことについて、本人の同意が成立している状態。
- オプトアウト(配信停止):「受け取らない」意思表示を本人が行い、それが反映される状態。
上記のうち、オプトインにはBtoBにおける「明示的(Explicit)・暗示的(Implicit)データ」の活用方法とは?でも解説した2つのデータ種別があります。
Explicit(明示の同意)は本人が「受け取る」と明確に意思表示する同意で、チェックボックスや同意ボタン、同意文言への署名などが代表例です。EUのGDPRでは、同意は「自由意思に基づき、特定され、情報提供を受けた上での、明確な意思表示(声明または明確な積極的行為)」と定義されています2。
Explicitでも厳しい要件としてダブルオプトイン(確認の二段階)があり、これは登録後に確認メールなどで本人が再度承認して初めて購読状態にする方法です。
もう一つのImplied(黙示の同意)は、本人の行動や関係性、状況などから「同意が推認される」ことを指します。ただし、どこまでを黙示の同意と認めるかは、国や制度によって条件や有効期間が大きく異なります。
以上を踏まえた上で、重要になってくるのはオプトアウトが「運用」ではなく「設計」の段階で成否が分かれるという点です。
グローバル展開に踏み出した企業が、特に何も考えず従来のやり方を踏襲すると、次のような事象が起きかねません。
- 海外展示会で集めた名刺に、帰国後いつものテンプレで一斉フォローメールを送る
- リード獲得フォームが日本仕様のままで、国別の要件に合わせた同意取得・記録ができない
- MAに「同意ステータス」や「居住地(適用法域)」が取れておらず、セグメントが切れない
- 各地域・国ごとでバラバラのツールを使っており、同一人物でも購読・購読停止のステータスが統一されていない
こうした状態は、日本で成立していた「Implied(黙示の同意)前提の慣習」を、グローバル標準に読み替えないままスケールさせていることが、原因の一つになっています。
つまり、グローバル展開では購読管理そのものを再定義しない限り、同じ問題が繰り返し発生するのです。個別の注意喚起や運用改善だけでは限界があり、前提となる購読管理の考え方自体を見直さなければなりません。
グローバル展開では「国ごとの同意モデルの違い」と「MAのデータ設計不足」が壁となる
グローバルにメール配信で発生する課題は、国ごとに異なる同意モデルの違いと、それを表現できないMA/CRMのデータ設計が重なっている点だと整理できます。
例えば、EU圏ではBtoBであっても電子メールによるダイレクトマーケティングに対して「事前同意(prior consent)」を求める考え方が強く、ePrivacy指令の枠組みでは原則として事前同意が前提とされています。ここにGDPRの同意定義、すなわち「明確な積極的行為」が求められるという要件が重なるため、「名刺をもらった=送ってよい」という日本的な感覚は、基本的に成立しにくくなります。
一方で、米国はEUほど一律に事前同意へ寄せているわけではありません。CAN-SPAM法の考え方にみられるように、「送る前の同意」よりも「止めたいときに確実に止められる権利」を重視する方向性です3。
日本でも、迷惑メール対策の枠組みの中での同意(承諾)は前提となり、個人情報保護の文脈も存在します。ただし実務の現場では、名刺交換や問い合わせに対して特段解釈や考慮をせずに、「許諾」として扱っている企業が少なくありません。
強調したいのは、「日本は緩い」「EUは厳しい」といった単純な比較ではありません。問題は、推認される同意の射程や条件が国ごとに異なるにもかかわらず、日本で成立していた慣習(名刺交換すれば送ってよい、という前提)を世界共通のルールとして扱ってしまうことにあります。
多くの日本企業のMA/CRMにおいて、次のような前提で構築されているケースを多く見ます。
- 同意ステータスは「購読中/停止」だけ
- 同意の種類(Explicit/Implied)がない
- 同意の根拠(どこで、何を見せ、何に同意したか)が残らない
- 居住地や適用法域(どの国のルールで見るべきか)が取れていない
- 配信停止(抑止)が“システム横断”で統一されていない
この状態では、EU向けには厳格に運用したいと考えても、そもそも切り分けができません。その結果、「全世界一律」で送るか、「リスクが怖いから止める」か、という二択に陥ってしまえば、マーケティングが機能不全に陥るといっても過言ではありません。
実務上は、国情報をもとに同意モデルを切り分ける、といった設計が一般的でしょう。ただし「フォームから取得したデータ」「展示会で得たデータ」「CRM連携で流入するデータ」が、同じ「購読管理の設計思想」のもとで扱われていなければ、どこかで必ず歪みが生じます。
「購読管理の再整備」を放置した場合のリスク
このような「歪み」がある状態でマーケティング活動を続け、購読管理の再整備を後回しにした場合に発生するリスクは、単に「罰金が怖い」という話にとどまりません。
BtoBマーケティングの現場でのクレームが積み上がったり、スパムメールとして認定されてしまったりすると、レピュテーション(評判)が下がり、配信基盤そのものが劣化していくという弊害があります。一度評価が落ちると、「本来届けたい相手」にすらメールが届きにくくなります。これはマーケティング投資効率の悪化であり、結果として営業活動に寄与しない施策が積み上がっていきます。
さらに厄介なのは、国や地域ごとに判断が分かれ、そのたびに現場が止まり、やり直しが発生することです。単発であればまだしも、複数拠点・複数事業が同時に海外市場を向く局面では、同意の扱いが統一されていないだけで、意思決定と実行のスピードが目に見えて落ちます。
とりわけ注意すべきなのは、ここで議論が「誰が正しいのか」という方向に流れてしまうことです。
本来は、各法律から解釈できうる中で、「どこまでを許容するのか」を決める戦略的な判断の話です。しかし実態としては、法務、マーケティング、営業のあいだで運用論の言い争いになり、結論が出ないまま時間だけが過ぎていきます。その間に、海外の競合は着実に関係構築を進めていきます。
海外市場へのリーチがもともと弱いなかで、購読管理、なかでもオプトイン管理が曖昧なまま運用を続けると、「使えないデータ」が増えていき、本来回せるはずの施策が止まり、海外市場における初期接点の母数が細っていきます。
これは単なる配信可否の問題ではありません。市場に対して声を出せない状態に近づいていく、ということです。
特に海外では、認知形成から商談に至るまでの距離が長くなりがちです。そのため、初期接点が欠ける影響は時間差で効き、現場レベルの問題から戦略レベルの問題に発展していってしまいます。
グローバル展開時は「顧客との合意の仕組み」そのものから再設計する
ここまでの内容を踏まえると、購読管理は「法務に正解を出してもらう」のではなく、マーケティングも積極的に関わって仕組みレベルで整えるべきものだとわかります。
重要なのは、法令や各国ルールを理解した上で、ビジネスとしてどこまでのリスクを許容するのかを定義し、その範囲でガバナンスを効かせることです。
実態としては、顧客との関係性に関する“合意”であり、少なくとも次の三つの要素が求められます。
- 何を送るのか(目的・頻度・チャネル)
- どの法域で扱うのか(居住地・拠点・対象市場)
- 止めたいときに止められるのか(撤回の容易性と確実性)
上記を踏まえた上で、グローバル展開時の購読管理の設計で最低限仕込んでおくべき設計を、以下よりみていきましょう。
①:まずMAに必要な情報=データベースの項目を定義する
グローバル前提で購読管理を成立させるには、MAやCRMに何を保持するかを、個別施策や運用ルールより先に決めておく必要があります。購読の可否を判断し、説明責任を果たすためには、少なくとも次の情報が揃っていなければなりません。
<MAに最低限必要なデータ>
- 同意ステータス(購読中/停止/保留 など)
- 同意の種類(Explicit/Implied)
- 同意の根拠(フォーム、契約、問い合わせ、リードソース等)
- 同意取得日時・取得経路(キャンペーン、イベント、媒体)
- 適用法域の推定に必要な情報(居住地/所属国/拠点国のいずれか)
- 利用規約・プライバシーポリシーの許諾(何を提示したか)
- 配信停止の証跡(いつ、どのチャネルで、誰が処理したか)
日本企業では、「居住地=国」の情報を取得していないケースも散見されます。しかし、海外展開を前提にすると、誰にどの国のルールが適用されるのかを判定できない時点で、運用は行き詰まります。
結果として、全世界を最も厳しいルールに寄せるしかなくなり、マーケティングの機動力が落ちていきます。ここで問われているのは、データ項目の多さではありません。後から同意の正当性を問われたときに、判断の根拠を説明できるだけの情報を、取得時点で持てているかどうかが重要なのです。
②:オプトアウトはどの経路から送っても「確実に止まる」ようにしておく
グローバルに見ても、オプトアウトに関しては「手段を用意する」だけでなく、「確実に反映される」ことが強く求められています。
前述した米国のCAN-SPAM法でも、オプトアウト手段の明示や、一定期間内での反映が義務づけられています。ここで改めて確認したいのは、配信停止において重要なのは受け付けたかどうかではなく、組織として止め切れているかという点だということです。
具体的には、次のような観点が問われます。
- MA、CRM、営業の個別配信、イベントツールなど、どのチャネル送っても止まるか
- 停止リスト(サプレッション)が統一されているか
- 一度止めた相手が、名寄せやデータ連携の都合で“復活”しないか
- 停止の反映が遅れて「止めたのに届く」を発生させていないか
ここが整っていないと、どれだけ立派な同意文言を書いても、現場では「止めたはずなのに届く」事故が必ず発生します。これは担当者の注意力では防げません。
そのため、オプトアウトは個別ツールや担当者の運用に委ねるものではなく、組織横断で抑止が効く前提で購読管理を設計しましょう。
合意を取得する仕組みがどれだけ整っていても、オプトアウトが確実に機能していなければ、その合意は守られているとは限りません。逆にいえば、オプトアウトの実効性を見ることで、購読管理全体が設計として成立しているかが分かるのです。
法律を知らないマーケターは、意思決定の場に残れない
最後に、一番お伝えしたいことマーケターも「ルールを語るには、ルールを知らなければならない」ということです。
何も、法律の条文を細かく暗記し法解釈の専門家になる必要はありません。ただ、「どの国が事前同意に寄っているのか」「どの地域がオプトアウト中心なのか」「暗示的な同意に期限がある国はどこか」といった大まかな地図を持たないままグローバル運用を始めると、判断の余地がなくなります。
そうなると、法務から最も厳しい前提条件だけを引き出し、「それなら何もしない方が安全だ」という結論になり、意図せずマーケティングが意思決定の場から外れてしまいます。
重要なのは、会社ごとにリスクの許容度は異なるという点です。
当社マーケットワン・ジャパンの支援現場でも、同じような事業モデルであっても「リスク管理を重視し、厳しい要件で配信を最小限に抑える会社」もあれば、「成長速度を優先し、その代わりに証跡管理や配信停止の最適化に投資する会社」もあります。
これは「どちらが正しい」という話ではなく、自社の事業戦略に沿って、どのリスクを取り、どこを堅く守るのかを決めることが、経営として自然な判断だということです。
そのためには、マーケティング側が最低限のルールを理解した上で、法務と同じ土俵で会話できる必要があります。
グローバル展開における購読管理は、単なるコンプライアンス対応ではなく「事業の成長速度と信頼のバランスをどう取るか」という意思決定の問題です。その議論の場に残れるかどうかは、マーケター自身がどこまでルールを理解し、自分の言葉で語れるかにかかっています。
- Reuters「Japan issues sternest intervention warning, says yen deviating from fundamentals」 [↩]
- Legislation.gov.uk「Regulation (EU) 2016/679 of the European Parliament and of the Council」 [↩]
- Federal Trade Commission「CAN-SPAM Act: A Compliance Guide for Business」 [↩]
