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【対談】常識をぶっ壊す ― Sales Marker流 “変化で勝つ”マネジメントの覚悟

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企業の変革を成功に導こうとする時、ただやみくもに変化を求めるだけではうまくいきません。組織が変化を受け入れやすくする土壌をつくるために用いられるのが、「チェンジマネジメント」です。外部要因や事業環境の変化を捉えてキャッチアップするのはもちろん、経営と従業員の相互においても、変化に対するコンセンサスが必要になります。そこで、組織に関わる人々の心理的、文化的側面などを考慮し、彼らが新しい状況を受け入れられるように促すことも含め、チェンジマネジメントが重要な役割を持ってくるのです。

株式会社Sales Marker(セールスマーカー)は、AIを用いてセールスを自動化するSaaSのスタートアップです。共同創業者は4名。その中の一人である取締役COOの荻原 慎太郎氏は、セールスサイドにおける実績を生かしてサービス成長をけん引してきました。荻原氏自身が担う役割の変化はもちろん、急成長するスタートアップにおいて、いかに組織変化に対して向き合い、チェンジマネジメントを実行させてきたのか。荻原氏との対談から、企業のチェンジマネジメントのヒントを考えていきます。

カッコいい、だけじゃない スタートアップのリアルな採用戦略

大橋:Sales Markerは、2025年で創業から4期目を迎えられました。荻原さんは共同創業者のお一人ですが、まずはこれまでの変遷と従業員数の変化などを教えていただけますか?

荻原:創業は2021年7月で、実際にサービスをローンチしたのが2022年3月です。初年度は業務委託スタッフ数十名と取締役のみで、正社員はほとんどいませんでした。サービスが拡大するのに伴って、積極的に採用活動を始めたのが2023年頃ですね。コアの人材採用に注力し始め、この2年くらいで一気に200名近くに増員しています。

株式会社Sales Marker取締役 COO 荻原慎太郎氏

大橋:驚異的な成長ですね。本日の対談のテーマはチェンジマネジメントですが、まさしくSales Markerも荻原さんご自身も、爆発的なスピードで変化の真っただ中にいらっしゃるという印象です。だからこそいろいろなチェンジ、いろいろな挑戦が多いと思いますが、それだけ一気に人数が増えるとハレーションも多かったのではないでしょうか?経営陣は会社の将来像を描くための変化を求める一方で、従業員は会社ではなく自分の成長や未来を思い描く。そうすると、どうしても求めるものの違いからギャップが生じてしまいかねないですよね。

荻原:確かに、会社とプロダクトを一体化させたブランディングをしているスタートアップでは、そういう事態が起こりやすいと思います。日本最速で成長するぞ、グローバルに打って出るぞと掲げている以上、日々のスピード感はとんでもなく速いですし、当然ながらきっちり成果も求めています。非常にタフな環境を目の当たりにして、ギャップを覚える人も少なくないでしょうね。

さらに、我々のサービスはSaaSなので、プロダクトとカスタマーサクセスを組み合わせた付加価値でお客様の期待を超えていかなくてはいけません。キラキラした印象が強かった人ほど、地道にプロダクトを改善し続ける日々に「思っていたのと違う」と感じてしまうこともあると思っています。

大橋:世間に見えているキラキラの裏には、泥臭いプロセスが隠れているでしょうから……。そういったミスマッチを減らすために大切なことって、なんだと思いますか?

荻原:エントリー(採用)の正確さには、かなり注目します。活躍を見込んで採用しても、文化になじまない、成果を出せないというケースは往々にして起こります。その時に「なぜ、この人は合わなかったのか?」を経営会議で言語化し、採用のペルソナに落とし込むんです。もちろん会社になじんでもらうための仕組みや働きかけは大切ですが、ドライに考える瞬間も多いですよ。仮に働き方や待遇の改善を引き合いに出されても、それが会社全体として適正でない限り、たとえ優秀な人材でも寄り添わないし追いかけません。

大橋:ペルソナの解像度を高めていくのはもちろん重要ですが、採用条件がどんどん厳しくなりませんか?サービスや会社に興味があって、努力ができて根性があって、成果を出せて……、といった具合に。そうすると採用候補者の母数が減ってしまうわけで、質と量のバランスが求められますね。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太

荻原:考え方としては、ケイパビリティ(能力や才能)より、コンピテンシー(成果を創出する行動特性)を重視するということでしょうか。スキルは後天的に習得できますが、コンピテンシーは変えるのが難しいですから。目標が上がった時に、できない理由から合理的にやらない選択を取ろうとする人と、どうにかしてできるようにする議論をしようとする人がいて、やっぱり採りたいのは後者の方です。そのため、採用ではケイパビリティとコンピテンシーのウェイトを調整し、採用人数やコンバージョン率を維持しています。

未来のために、「手放す」勇気を持てているか?

大橋:荻原さんご自身の役割の変化についてもお聞かせいただけますか?

荻原:企業経営を戦略と実行に切り分けるとしたら、現在は戦略側ですね。事業開発・セールス・カスタマーサクセスと経営企画は、以前から引き続き管掌しています。

大橋:スタートアップでは、組織やレイヤーを構築していくプロセスが必要になります。ほぼ一人ですべてを担っていたところから、同僚ができ、メンバーができ、マネージャーができ……というように、荻原さんの周辺の環境もご自身の役割も変化してきていると思いますが、これまでにどんな挑戦や葛藤がありましたか?

荻原:それなりに高い目標を掲げているので、それを実現しながらメンバーを動かしていくというのはなかなか大変です。そうすると、正直、自分でやった方が速いということがやっぱりあるんです。会社としての目標達成を優先したいがゆえに自分から手放せず、ボールが集まりすぎてスタックしてしまう状況が多々ありました。ただ最近は人材が揃って階層が整ってきたので、徐々に役割を移譲しているところです。

大橋:「自分でやった方が速い」には本当に共感できるんですが、それでも変えないといけない、変わらないといけないと腹をくくったトリガーイベントがあったんですか?

荻原:1つは、カナダでのアクセラレーションプログラムですね。北米のスタートアップから参加者が集っている中で、自分の働き方を話す機会があったんです。そこで、あるコンサルからめちゃくちゃに怒られました。「CXOのくせにプレイブックもつくらず、オペレーションもつくらず、一体何をやっているんだ」と。

荻原:確かに、短期で見れば自分がこなすことが目標達成の最適解かもしれません。でも、当社は2028年までに時価総額1,000億円を目指していて、現状のARRはまだ30億円超。自分一人だけで中長期の目標を達成できるわけがないんです。すごく合理的に怒られたので、帰路のフライトですぐにプレイブックをつくりました。

もう一つは、成長率の鈍化ですね。人員の増え方に対して売上の伸びが鈍くなってきていて、原因はやはり権限や役割の移譲が不十分だったと感じたからです。それも、変化のきっかけでしたね。

大橋:なるほど。経験と実態から変化に踏み切られたんですね。ちなみに、4名の共同創業者の中で経営に対する意見が割れることってあるんですか?

荻原:大枠の方針が揃っているので、あまりないですね。全員の根底に、人でできたことをプロダクトで解決しようという共通のブレない思想があるんです。極端に言うと、AIを活用すれば人を増やさずとも10倍100倍の売上をつくれるんじゃないか、と、全員が本気で考えています。

たとえば、新しい人材を採用した時、ミスや失敗をまったくしないで成長させるなんて到底無理な話です。でも、プロダクトだったらどうでしょう。基本的に、一度解消したエラーは起こらないし、24時間働けるし、再現性も高い。言語を変えればすぐに海外で適用できます。……ただ、僕らの意見がまったく衝突しない、ということではないですけどね。

大橋:たとえばどんな時に?

荻原:着目するプライオリティが違った時でしょうか。採用課題ひとつをとっても、どこをどれだけ見つめて突き詰めるか、その度合いや目線によってはぶつかることがあります。でも、まずい雰囲気を感じたらオフラインで集うんですよ。経営陣の分裂は最悪のシナリオなので、そうならないように顔を突き合わせて話し合うようにしています。

“相手ファースト”で変えていく Sales Markerの向き合い力

大橋:Sales Markerのサービスは、テクノロジーを用いたプロダクトによって導入企業のチェンジマネジメントにソリューションを提供していると思うのですが、必ずしもその思想や手法を容易に取り込めない企業や領域もありますよね。そういう場合の向き合い方も、ぜひ教えてください。

荻原:対顧客では、製品を現場で活用いただくことになるユーザーや変革をリードする人の感情を大事にします。実際に当社の社員が顧客のもとに出向き、当社サービスを使って一緒に営業させていただいたりもするんですよ。ユーザーと同じように当社の社員もインテントセールスを体験するんです。まさに「同じ釜の飯を食う」。そうすれば現場のリアルな使用感を理解できるだけでなく、「確かに、これを変えるのは大変だ」「逆に、ここを変えたら効率化できる」と、実体験から課題を整理し、同じ目線で話せるようになる。大きなメリットです。

大橋:そこまでできると、単なるセールストークじゃないと伝わりますし、プロダクト改善のヒントも直接的に得られますね。チェンジマネジメントでは「本当にできるの?」という実現性への疑いを乗り越えるのが大変なので、すごく貴重なエピソードだと思います。別角度で言うと、変化の主体を揃えることもチェンジマネジメントの難しい部分です。変わるべきは会社なのか、個人なのか。たとえば会社の成長に向けて課題をテクノロジーで解決していこうという思想は、誰もが理解できますし正論に違いありません。ところが、ミクロの事象や従業員個人に目を向けていくと「その結果、自分の仕事がなくなるんじゃないか?」と感じる人も出てくるでしょう。会社にとっての良いことが、従業員の成長意欲や心理的安全性とコンフリクトを起こすこともあり得ます。そういう時、荻原さんはどのように向き合いますか?

荻原:我々のビジョンに対する大枠の合意形成ができているなら、ビジョンそのものの豊かさや相手にとっての価値を、泥くさく伝え続けるより他にないと思います。仮に現状の業務が不要になっても、スキルやノウハウを突き詰めた人材だったら、他の領域でも必ず生かせるはずなんです。その道筋を描いて見せることは、会社や上長の担うべき重要なパートですよね。

当たり前をぶっ壊す勇気が、次の一手を生む

大橋:よく耳にするのは、既存の事業部から新規事業に移った人が、思想も行動もまったく異なる動き方をしなければならなくなった、という話です。環境的に変化を強いられる状況になりますから。そこで自ら変われるかどうかが、その先の道の分岐点になります。

荻原:大橋さんのお話を伺っていて、業務然り役割然り、既存の何かを残すことを目的とする前提を覆すのがスタートラインではないかと感じました。会社である以上は必ず顧客がいて、ビジネスを通して価値を届けることで対価を得るという原理原則があります。

社内に目を向けるとどうしても保守的になりがちですが、経営から現場の社員まで一貫して顧客を見つめ、最適な価値提供を徹底できていれば、おのずと変化の意義も必要性も腹落ちするのではないでしょうか。

大義名分を掲げ、鏡としての経営陣が一貫してそれを体現しているかどうか。経営が変革を求める時には率先してアクションを起こし、その姿を見せているか。それを貫けていれば、ついてくる従業員も納得できるのだろうと思いました。

大橋:とはいえ、ビジネスを見るか、業務を見るか、という言葉の間には、実際には大きな壁がありませんか?プロダクトをつくる業務を担う人たちが一定数いる中で、業務ではなくビジネスに目を向けてもらうための働きかけについてもぜひ教えてください。

荻原:明確に猶予を定めて変化を求めます。不要な物事に固執していると、その人自身の市場価値が下がってしまうからです。従業員の幸せを思えばこそフラットに考える姿勢を大切にしたいわけですから、何のための業務なのか、誰に価値を届けるのかという部分で納得して変化してもらいたいんですよ。もちろん、猶予もなしに業務をなくしたりはしません。

大橋:変化を求めるべき人が、会社の大多数を占めるマジョリティだったらどうでしょうか。

荻原:やはり、最終的には経営陣の覚悟に尽きると思います。私は共同創業者なので、一般的な経営者とは見解が異なる部分があるかもしれませんが、ビジネスを通して社会や未来を変えようという使命感があるなら、たとえ8割の従業員からの反感が見えていても、一手に受ける覚悟をもって変化させるべきです。

そして、その判断を必ず明確にしなければいけません。全員が同意できるような理想を実現するのは不可能なので、個人的には、嫌われるのも抗われるのも覚悟して経営陣が意思決定できるかどうかがすべてだと思います。

正解はトライ&エラーでつくる 現場×経営の進化論

荻原:もしかすると、小さな成功体験の提供もチェンジマネジメントには大切かもしれないですね。たとえば、デジタルツールの導入に抵抗が大きい企業はけっこう多いと思います。でも、なぜ嫌なのか?という理由って意外とぼんやりしていて「難しそうだから」「AIに仕事を奪われそうだから」とか。

そう言いながらも、社員は全員スマートフォンを持っていて、ECで買い物して電子決済を使っているわけです。そこの矛盾に気づいてもらい、成功体験のきっかけを提供していく長い戦いが、チェンジマネジメントには欠かせないのかもしれません。

大橋:なるほど。確かに、会社が社員に変化を求める時は、ちゃんと自分の居場所は守られているという心理的安全性であったり、変化のきっかけをトップから見せたりしながら、目に見える成果や成功体験を提供していくことが大切になりますね。実際に貴社で取り組まれていることがあれば、ぜひお聞かせ下さい。

荻原:年1回開催している、社員全員を集めたオフサイトミーティングのプログラムで、今年は「AIハッカソン」を開催しました。良いアイディアは誰からの提案であれ、きちんと採用していきます。他にも「学びテーブル」という社内データベースがあって、課題・アクション・結果を全社員が書き込めるようにしているんです。そこでも、良い提案は全社で表彰し、社内制度に取り込みます。提案すれば会社が認めるという双方向の動きを見える化することで、変革を起こしていきたいんですよね。ゲーム化・エンタメ化の雰囲気を持たせることも意識しています。

荻原:双方向性という点では、経営の判断が常に100%正しいとは思っていません。意思決定して、試行して、失敗したら修正する。そのプロセスで必ず改善が発生するので、現場の声に耳を傾けながら全体でバージョンを上げていくことを大切にしています。あとはもう、経営陣が目的やビジョンを何回も何十回もひたすら伝え続けること。飽きるほど伝え続けながら、背中で行動を見せ続けることですね。

大橋:山本五十六の言葉で言うところの「やってみて 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」ですね。チェンジマネジメントの姿勢とアクションについて、非常に実のあるお話を伺えました。変われというだけでは変われないからこそ、全体を巻き込み、何より経営陣が覚悟を持って変化へのアクションを見せること。終わりのない変化に進み続けていくことが大切なのだと、改めて気づきをいただきました。本日はありがとうございました。

対談のまとめ

以前、とある会社役員の方から「会社に変わってほしいと願う一方で自分は変わりたくないという人が多い」という話をお聞きしたことがあります。チェンジマネジメントが難しい理由は多岐にわたりますが、「総論賛成・各論反対」の原因となる変化への抵抗、適応力不足、自分ごととして捉える意識を従業員に持ってもらうためにも、組織として変革に対するサポートとコミットメントを徹底する。まさに、山本五十六の言葉で言うところの「やってみて 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」を実践されていると感じられる対談でした。

プロフィール

荻原 慎太郎
株式会社Sales Marker取締役 COO
キーエンスに入社後、法人営業として輸送や電子部品、食品業界などの企業向けに産業機器を販売する業務に従事。前年比売上400%増を達成し、事業部の営業ランキングで1位を獲得。その後、音声スタートアップVoicyに転職。法人営業組織の立ち上げ、新規営業、営業企画、アライアンス、カスタマーサクセスなど事業拡大を図る幅広い業務を担当した後に、株式会社Sales Marker(旧:CrossBorder株式会社)を共同創業。インテントセールスコンサルタントの第一人者として、累計500社を超える新規開拓営業のコンサルティング実績を持つ。日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS」や北米最大のテックカンファレンス「Collision」など、営業組織やインテントセールスの実践法をテーマに、国内外で複数登壇。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長

Text:Aki Kuroda
Photo:Takumi Hatano
Edit:Tomoko Hatano