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シングルループ学習・ダブルループ学習にみる、組織学習とこれからの仕事論

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昨今、時代や社会の変化は急激に起きているなかで、ESGに代表されるように、自社だけでなく社会全体を考慮した事業運営が求められており、旧来の組織運営をなぞるだけでは対応ができなくなりつつあります。

このような状況下で、各企業や組織は時代の変化を踏まえ、適応することが求められているでしょう。 

一方で、「慣性」という概念が存在します。例えば、電車が発進するとき、乗客には進行方向に向かって見かけの力が働くため、振り落とされずに前に進めます。慣性の法則では、物体はそのままの状態を維持し続けるのです。 

慣性力は企業組織においても働き、何かを変えようとする際に「変わりたくない」という抵抗力が働くケースがあります。 

そのような場合でも、新しいものに挑戦しながら、組織としての力を向上させていく取り組みが重要であることは変わりありません。 

さらに、ジョブ型への移行など、雇用の流動性も高まっていますので、属人性を排除して、知見を個人にとどめるのではなく、集団知にしていくことが必要です。 

その上では、「組織学習」の重要性がますます高まってきているといえるでしょう。組織学習において重要な概念が「シングルループ学習」「ダブルループ学習」です。 

今回は2つの学習方法について、BtoBマーケティング視点も織り交ぜつつ論功します。 

シンプルループ学習・ダブルループ学習とは 

舟津 昌平著『組織変革論』によれば、シングルループ学習とは「組織が持つ既存の価値観や認知枠組みに基づいて、効率化や誤りの修正を目指す学習」を指すと述べられています。対象的に、ダブルループ学習とは「既存の価値観や認知枠組みを疑問視し、それらを根本から見直そうとする学び」とのことです1 

では、これは具体的にどのようなことを意味しているのでしょうか。 

シングルループ学習のアプローチは、「doing things right(正しく行う)」とも表現できます。この場合、既存のルールや枠組みの中での効率的な行動が優先されるため、ルールや枠組みそのものを疑問視することは目的としません。つまり、既存の枠組みの中での最適化、ミスの修正や改善が中心となるのです。 

例えば、BtoBマーケティング文脈では、見込み顧客の獲得のためにメールマーケティングが参考になります。 

メールマーケティングでは、重要な指標としてクリック率やオープン率などが挙げられます。これら指標を向上させるためには「メールのデザイン、件名、コピーライティングの最適化」などの活動が行われます。 

この際、メールマーケティングが最適な手段であるという前提の下での最適化活動が行われますが、これこそまさにシングルループ学習のアプローチです。 

一方、ダブルループ学習は英語で「doing the right thing(正しいことを行う)」という意味合いを指します。この場合、基本的なルールや前提を疑問視し、必要に応じてそれらを変更する考え方を取り入れるというものです。 

同じBtoBマーケティングのメールマーケティングを例に考えてみましょう。前提として、企業がメールキャンペーンを実施し、期待した結果が得られないとします。 

ダブルループ学習のアプローチでは、単にメールキャンペーンの効果向上を図るだけではなく、全体的なマーケティング戦略を見直す視点が求められます。 

具体的には「所持しているデータベース中、自社チャネルには狙いの属性の見込み顧客が含まれているのか」「メールは本当に最適なチャネルなのか」など、根本的な部分からの問い直しが必要です。 

結果として、単にメールマーケティングの最適化だけでなく、マーケティング戦略全体やビジネスモデルを再評価し、最適な方法を模索するアプローチにまで拡大していきます。 

2つの学習方法の違いをまとめると、シングルループ学習は「現状のルールや枠組みの中でどのように改善するか」を考えるのに対し、ダブルループ学習は「初めからそのルールや枠組みが適切なのか」を問うアプローチといえるでしょう。 

ただし、ダブルループ学習は物事の本質的な部分から必要があるため、シンプルループ学習と比較して実行難易度は高いといわれています。 

2つの学習方法の役割 

BtoBマーケティングでは、多くの場面で「PDCA」という言葉が使われます。「計画→実行→評価→改善」のサイクルを通じて、振り返りを行いながら継続的な改善を追求することが多くの場面で大切です。 

PDCAを回し続ける上では、シングルループ学習は組織にとって非常に重要な役割をはたします。なぜなら、絶えず「新しいルールを作り続けるだけ」の組織となってしまうと、失敗からの学びや成功の継続的な拡大の機会を失い、メンバーは変化に追従するのが難しくなるためです。 

一方で、マクロな外部環境が変わっても同じ方法を繰り返すだけでは、最終的には目指すべき結果に到達するのが困難になるでしょう。 

「失われた30年」というフレーズがありますが、これはバブル崩壊以降、日本が他国と比べて成功体験が少なかったと解釈できます。もし「正しいかはわからないなかで、同じ方法で改善を続けるだけ」という姿勢がこのまま続くと、「失われた40年、50年」と続いてしまうかもしれません。 

総務省の統計を見ると「日本人人口は1億2203万1千人で、前年に比べ75万人(-0.61%)の減少となり、減少幅は11年連続で拡大している」と述べられています2 

高齢化率も上がり続け、労働人口が減る時代で、これまでと同じ価値観で業務をこなし、「改善」を繰り返していても、抜本的な解決にはならないことは自明なのではないでしょうか。 

それを踏まえると、シンプルループ学習だけではなく、ダブルループ学習を行えるように、チャレンジしていくことが大切です。 

組織が硬直化する「前例主義」の罠 

企業組織レベルで考えると、このように硬直化してしまう原因の1つに「前例主義」があるといえます。過去の成功事例を引きずるだけでなく、成否にかかわらず「過去はこうだった」というだけでは思考停止状態になり、組織の成長や変革を妨げてしまうのです。 

例えば、とある企業で、新規事業の企画を役員から求められた担当者の笑い話として、「まだ世にない新しいアイディアを提案してほしい」と問われ、企画を作成・説明した際に「この施策に前例はあるのか?」という質問が返されるというものがあります。 

前例があれば一見意思決定のリスクが低くみえます。しかし、俯瞰してみると「そもそも思考停止して前例に従うことそのものがリスク」ともいえます。 

“変革”と呼ばれるほどに既存の価値観を超えて大きく変えていく取り組みや、新たな価値の創出を図る上では、シンプルループ学習ではなくダブルループ学習に根差した考え方の重要度は高いでしょう。 

組織学習の考え方を個人応用する 

ここまでは組織論として、組織全体の意思決定や組織学習に関しての重要性を述べてきました。 

一方で、視点を狭めて組織を構成する個々人の行動や思考にも注目することも大切です。組織としての強さは必要ですが、強い組織を追い求める上では強い個人も重要になるためです。 

「前例主義」とは組織全体の話だけではなく、個人レベルでも「過去の結果や経験をそのまま今向き合う作業に適用すること」が多々見受けられます。 

これは、過去の成功や失敗に基づく“機械的な”判断にほかなりません。機械的にあらゆることを判断してしまうと、それぞれの行動や意思決定がどのような背景や理由のもと行われたのかを理解した上で、あらためて同じ手法や方針を採用することは少なくなってしまいます。 

このような単純な過去の経験に基づく判断は、単に「やっつけ仕事」ともいえるでしょう。しかし、重要なのは、「どのような背景・文脈でその意思決定がなされたのか」「なぜ行ったのか」という思考のはずです(たとえ過去のものであっても)。 

そういった背景を踏まえた上で、いま自分が向き合う仕事においても「何を目的としてどのような意図を持っているのか」「その目的を達成するためにどのような方法や手段を選択すべきのか」ということをきちんと考えることです。 

そういった骨子となる考えや意図を基に、一貫した戦略や方針を策定し、行動に移すことが、今後はより一層求められます。 

変化への対応をする上で必要なダブルループ学習

2023年夏の甲子園で、慶應義塾高校が107年ぶりの全国制覇を達成し、同校のチームのスローガンとして掲げられた「エンジョイベースボール」が話題となりました。一見、このスローガンは「単に楽しむこと」を意味していると思われるでしょうが、実はもっと奥深い意味を持っています。 

慶應義塾高校 野球部 森林貴彦監督の著書『Thinking Baseball』には、以下の一節が出てきます3 

“選手個々がそれぞれに課題の意識をもつことで、練習をオーダーメイド化できるということを記しましたが、実際のゲームになった場合、この意識は“意図“という言葉に置き換わられると思います。プレーの一つひとつに意図を持つためには、選手はワンプレーごとに常に考える必要があり、逆に言えば、意図を持たないということは何も考えないままプレーしているのと同じですから、それでは選手やチームは本当の意味で伸びていきません” 

つまり、「エンジョイベースボール」の真髄は、選手たちが自分たちの頭で考え、目的を自ら設定し、課題を解決するという独自のアプローチにあるのです。この考え方には、前例や既存の方法に縛られず、必要なことを追求するという、強い意志がみてとれます。 

これはダブルループ学習の事例として、組織学習やマネジメントの視点からも非常に参考になるものです。 

組織・個人に関わらず、どのように成長し、変化する時代に対応していくか。常に新しい視点やアプローチを持ち続けることが、今後ますます重要になるでしょう。

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  1. 舟津 昌平著『組織変革論』中央経済パブリッシング []
  2. 総務省「人口推計 2022年(令和4年)https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/pdf/2022gaiyou.pdf []
  3. 森林貴彦書『Thinking Baseball東洋館出版社 []