頼まれた仕事の先に、必ずもうひとつ置いていく
山田
大学卒業後、NTT西日本に入社されると地元の名古屋支店で法人営業をやられていたそうですね。
日比
3年間通信技術のOJT、機器やサービスの営業を経て、その後ソリューション営業のほうに移りました。30歳過ぎまでやって、社会人としての基礎をガンガン叩き込まれましたね。新規開拓は大変でしたが、お客様だけでなく新しいソリューションの市場ごとつくっていける面白さがありました。
約10年間の営業経験を経て、「買う側」へと移った。売ることを知り尽くした人間が購買に入ると何が変わるか。名古屋から大阪へ、部署も場所も変わった。ただ、日比さんの目の向け方は変わらなかった。
山田
売る側から買う側、真逆の立場ですね。
日比
与えられた仕事は価格交渉そのものでしたけど、それだけで終わらせたくないなと。誰かに頼まれたわけではないんですけど、2年半の在籍中、部署内に散らばっていた過去の交渉の経緯や判断材料をひとつにまとめて、誰でも参照できる仕組みをつくりました。属人化していたノウハウが共有されて、誰がやっても同じ高い精度で判断できるようにしたかったんです。
山田
従来の仕事を「こなす」というより、いつもひとつ何かを置いていくイメージがありますね。
日比
そうですね。決まっていることをやるのは当然として、それだけで終わらせたくないんです。自分が動いたことで、その場のやり方が少しでも良くなっているかどうか。そこにこだわっています。
個人の工夫を、組織の力に変える
外資のノキアソリューションズ&ネットワークスに転職。携帯電話基地局構築のプロジェクトマネージャーとなる。
山田
日系企業と外資系企業、働き方は随分違ったのでは。
日比
全然違いましたね。日系がメンバーシップ型なのに対して外資はジョブ型。何を自分が達成すべきかの区切りがはっきりしているのは新鮮でした。納期と予算を守るために朝早くから夜遅くまで、という生活を2年ほど続けましたが、苦しかった記憶はなくて、楽しかったですね。
山田
営業、購買、PMと、職種としてはかなりの変遷です。
日比
プロジェクトマネージャーという仕事も、結局は人とお金とモノの真ん中に立って、調整し続ける仕事なんです。営業が取ってきた話を、技術の担当者や調達の担当者とつないでいく。自分が前に立つことより、ぐちゃぐちゃになっているものを解いて、最後にうまく着地させることのほうに気持ちが向くんです。絡まったネックレスを引いてダメなら押してみる、みたいなイメージですね。解けて綺麗になった瞬間が一番気持ちいい。
5年間で携帯電話基地局のロールアウトプロジェクトをやり切った頃、外資系の求人サイトに登録していた日比さんにアマゾンジャパンから声がかかった。
プロダクトマネージャーとして書籍事業へ。業界も商材も、これまでとはまるで違う世界だった。
山田
その後、Amazonへ。書籍というのもまた、これまでにない世界観ですね。
日比
書籍事業のプロダクトマネージャーとして、在庫の欠品率削減に取り組みました。アメリカの仕組みを日本の商習慣に合わせて作り直すような仕事です。そのあと広告事業に移ったのが、僕にとってマーケティングとの出会いでした。
そこでも同じで、誰に言われたわけでもないのですが、自分が広告キャンペーン運用をしていて面倒だなと感じたことを分析ツールに落とし込んで、他のメンバーも同じやり方で成果を出せるようにしました。自分のためだけにやるなら、そこで終わっていい話なんですけどね。
山田
書籍流通という、それまでにない世界観で戦うことにもなります。
日比
バトルフィールドが変わるだけで、そこに合った戦い方をすればいい。それくらいの感覚ですよ。
どこにいても、ハードルは自分で上げてきた。
現在在籍する東海理化では、これまでとは違う難しさに向き合っている。振り返ってみると、彼が一度も「求められること」だけを基準にしてこなかったことが見えてくる。
山田
今は新規事業の部門で、新しい挑戦もされていますね。
日比
ええ、これまで積み重ねてきたものを総動員しても、簡単にはいかないですね。学ぶことばかりです。それでも、何かひとつ、誰かの役に立つ形のものを残せたら面白いだろうなと思っています。
山田
営業マンから始まってこれまで、業界も会社の文化もまったく違う場所を渡ってこられました。それでも、何かひとつ変わらないものがあるように感じます。
日比
ありますね。少年時代に遊んだ『ドラゴンクエストⅢ』の感覚に近いんです。転職という機能があって、勇者が魔法使いにもなれる。物理も魔法も両方使えたら、それだけ強くなる。でも、レベル2の勇者が魔法を覚えたところで意味がない。ひとつのレベルをちゃんと上げ切ってから、次の力を積み重ねていく。それをずっとやってきた感覚です。
それと、もうひとつ思い出すことがあって。小学生のころ、クラスがぐちゃぐちゃになっているのが嫌で、誰に頼まれたわけでもなく、自分から学級委員に立候補したことがあるんです。リーダーになりたかったわけではなくて、ただ、ぐちゃぐちゃなものを解きほぐして、ちゃんと前に進む形にしたかった。誰かが何とかしてくれるのを待つんじゃなくて、自分で手を挙げてやる。今思うと、あの頃からずっと同じことをやっているんだと思います。
山田
求められることをやりきっただけでは、まだ自分の中で終わったことにはならない、ということですね。
日比
ないでしょうね、多分。求められることをやっている間は、まだ何も終わっていないんだと思います。
見えてきた、ひとつの軸
傍目にはバラバラに見えるキャリアに、実は一本の軸があった。彼自身がそれに気づいたのは、つい最近のことだ。
日比
去年コーチングを受けるなかで、初めて自分のキャリアをちゃんと振り返る機会があって。営業も購買もPMもマーケティングも、結局はどれも「プロジェクト」なんだなと。人とお金と時間をつないで、何かを動かしていく。やっていることは、最初からずっと同じだったんですよね。この先、形がどう変わっていくかは分かりませんが、好奇心が向く方へ、同じやり方でまた動いていくんだろうなと思います。
山田
最後に、当社マーケットワン・ジャパンとの関係についても伺えますか。
日比
新規事業のマーケティング、インサイドセールスにお力添えいただいています。最初ご一緒させていただいた頃は、成果なんてまだ何も出ていないわけです。正直、賭けみたいなものでした。それでも一緒にやろうと思えたのは、結局のところ「人」なんですよね。思うようにいかないことがあっても、「すみません」で終わらない。こういう角度だったらどうかと一緒になって考える。契約や数字の前に、そういうところが伝わってくると、自然と同じ会社の仲間みたいな感覚になっていくものです。
山田
その信頼に甘えることなく、期待を超え続けられるよう、これからも全力を尽くしてまいります。本日はありがとうございました。
(終わり)